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第73話「恋と友情の成り立ち」
ガチャ
「やっほー」
「んー、よう。久々」
久しぶりに家に来た芽依に、鷹夜はへらりと笑った。
何だか久々の部屋とぎこちない気持ちに、芽依はグッと下顎を持ち上げて力を入れる。
鷹夜はそんな事は気にせず、彼が手に持ったコンビニの袋を見つめた。
「何買ってきたの?飯?」
キスしそうになった事も、自分の誘いを断って女といた事も知らないであろう鷹夜の笑顔に、芽依は無理矢理口角を上げて応えようとしたのだが、やはり上手くいかなかった。
「あ、いや、プリン」
「ふはっ!こないだ買ってきたの結局食べずに帰ったもんな。俺が2つともいただきました〜」
「あ、そうだったの」
鷹夜を目の前にすると、芽依はまた心臓がどくどく言い出すのが聞こえてきた。
彼の家に唯一ある小さなテーブルの上にコンビニの袋を置き、芽依は心臓の音を誤魔化すように部屋の中を見回す。
前来たときとは違い、部屋の中は片付いていた。
「今日キレイじゃん」
「びっくりすんなよ、、確かに珍しいけど」
「ブフッ、ふはは!鷹夜くん元気そうじゃん!良かったあ」
松本に色々言われたせいで勝手に鷹夜が落ち込んでいるのではないかと思っていた芽依は、やはり思い過ごしか、と肩から力を抜く。
キッチンに立っている鷹夜はゴソゴソと料理をしていて、部屋の中には良い匂いが立ち込めていた。
「何作ってんの?」
「麻婆豆腐」
「え!?作れんの!?」
驚いて鷹夜の手元のフライパンを見に行く。
「レシピ見ながら頑張れば。俺が知ってる中で1番難しい料理だわ」
「はははっ!それ作ってくれるのめっちゃ嬉しい!俺食べて良いんだよね?」
「どうぞどうぞ」
「やったー!あざーす!」
夏の夜は穏やかに過ぎて行く。
「テレビ見て待ってて」
「はーい」
クーラーの設定は24度で外と違って涼しく部屋は過ごしやすい。
芽依が家に来たのが午後21時過ぎで、今は22時少し手前だ。
炊飯器を使いたくなかった鷹夜はレンジで温めればすぐ食べられるカップに入った白米をスーパーで買ってきていた。
箸は以前、日和がこの家にいたときに買ってきてくれた100円ショップで3膳1セットで売っていたものを芽依に手渡した。
「いただきます」
「いただきまーす」
「、、え、美味い」
「だろ?」
恐る恐るのひと口目だったが、鷹夜の作った麻婆豆腐は案外美味だった。
きちんとした料理なんてものをしたのは久々だったが、やればできるなと鷹夜本人も思う程に。
「へえ、鷹夜くんて部屋の片付け以外は何でもできんじゃん」
「部屋も今日は綺麗だろ」
「クローゼットは汚い」
「あれは見るな。飯が不味くなる」
相変わらず部屋の後方にある開けっ放しのクローゼットの中だけは汚かった。
それでも掃除した方なのだが、鷹夜にとって今以上に綺麗にするには何をどう動かしたら綺麗になるのかがまるで分からない。
「この1週間何してたの?」
「んー?芽依くんは?」
「俺は撮影〜」
バク、とスプーンに乗った麻婆豆腐を口に入れる。
「だよなあ。俺も仕事。現場行ったりしてた」
「現場って?」
「新しくできるヘアサロン。図面通りかなー、とか見に行くの」
「ふーん。鷹夜くんの仕事って頭使いそう」
「どの仕事も使うだろうけどね」
「んはは、確かに」
2人は久々にできる他愛のない会話がこれでもかという程楽しくなっていた。
「へえ〜!松本遥香ってそんなにいい子なんだ。確かにバラエティ番組出てるとき面白いし話しやすそう」
「めっちゃいい子!ホントに!」
「あはは。監督さんとは?上手くいってる?」
「んー、最近特には怒られない。何か優しい、逆に」
「良かったじゃんか」
「うん。鷹夜くんは?クソ上司まだ生きてんの?」
「生きてる。早よ死んでほしい」
「悲し過ぎる、、マジで倒れないでよ?一昨日の電話だって、」
そこまで口に出して言うと、芽依は松本に言われた事をやっと思い出した。
「、、、」
「芽依くん?」
思わず言葉を切った芽依に対して、鷹夜は食べ終わった自分の皿を片付けようとしつつ、立ち上がらずに不審な目で彼を見る。
「大丈夫?どした?辛いやつの塊とかあった?」
「あはは、違う。ごめん、何でもない」
心配そうに顔を覗き込まれ、芽依はへにゃっと弱く笑った。
一緒にいて楽しくて、安心して、鷹夜のそばにいると考えなければならない事を忘れる事が多いように思える。
最後の一口を口に入れてしまおうとスプーンを動かすと、芽依の頭の上にポン、と手が乗った。
(あ、、、)
久々の体温にゆっくりと顔を上げると、フッと笑う鷹夜が目に入る。
「ゆっくりしてけよ。疲れてんだから」
「っ、」
優しい、とひと言で言い表すしかないこの人間に何か惜しさを感じた。
そんな簡単なものではないのだ。
鷹夜と言う人間はもっと深くて、芽依にとって特別だ。
軽く説明しただけの松本に、自分と鷹夜のこの空気感や関係性を理解されたように話されたのが今更になって苛立ってきている。
(鷹夜くんは優しい。だから俺だってそれに応えようって、充分大事にしてる筈なのに)
なのに、で言葉が止まった。
この人のようになろうと思ったあの日から、この人と関わる為に嘘のない、騙さない人間になろうと生きてきた。
傷付ける側ではなく、損をしたって優しくする側に回ろうと思ってきた。
(何で大切にしてない事になるんだろう)
冴と鷹夜は別物だ。
大事にしようにも、仕方の違いがある。
女と男で、恋と友情だ。
別物なのだから差はつく。つけるしかない。
『タカヤさんは都合良くメイさんの寂しさ埋めさせられてたってことっすか?』
そうじゃない。
(鷹夜くんで寂しさを埋めたりなんかしてない)
けれど毎日会いたいと言ったのに、先日は誘いを断った。
彼がドタキャンする事になったのを申し訳ないと思って、疲れた身体で無理してでも会いたいと言ってくれたのに。
当て付けのように冴と過ごした。
まだ、付き合っている訳でもないのに彼女を優先した。
(俺、この人のこと大事にしてるよな、、?)
どうしてこんなに自信がないのだろうか。
芽依は胸のつかえで苦しくなっていた。
「俺さあ、」
「んー?」
狭い流しに食器を入れ、水をかけてから鷹夜が振り返る。
(食べ終わったらゲームしたい)
鷹夜は呑気にそんな事しか考えていない。
買っておいたレモンサワーの缶を手に持って口をつけながら、キッチンに寄りかかって話し始めた芽依を見下ろした。
「彼女出来るかもしれない、、と言うか、チューはもうしてて、俺の告白待ち、みたいな」
「え、うっそ、やったじゃん」
「え、」
自分が何を期待していたのかよく分からない。
けれど、鷹夜の返事を聞いた瞬間、胸の中のつかえが確実に重たくなった。
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