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第75話「それでもダメなら目潰ししかない」

「鷹夜くん」 「うわっ!?」 ドバババババ、と栓をした湯船の中に勢いよくお湯が溜まって行く。 掃除が終わるとすぐ横にある洗面台の長い蛇口を湯船の方へ向けて湯を注ぎ、その様子を見ていた鷹夜の後ろに急に芽依が立った。 もわもわと湯気が舞い上がる狭い浴室の中で振り返ると、ぶつかりそうな距離に彼がいる。 鷹夜はびっくりして洗面台に腰をぶつけた。 「いって!!嘘ぉ、ビックリするからやめろよもお、これで音聞こえないんだよ今、、」 「これなに」 「え?」 「これなに!!」 「っ、、」 怒鳴られた鷹夜は一瞬表情を歪め、芽依が手に持ってこちらに向けてきている携帯電話を見る。 「あれ?これ俺の、」 「鷹夜くんのケータイだの!!コレ何なんだよ!!」 「は?」 グッと画面を近づけられ、彼は首を傾げる。 湯気の中でよく見つめると、画面には「新しいメッセージが届きました」と表示されていた。 LOOK/LOVEの通知だ。 「んー、え、なに。普通に、新しい女の子と知り合ったんでやりとりしてるだけだけど」 「は?」 「は?って言われても」 鷹夜は携帯電話を受け取ると、わざわざアプリを起動させて「りな」と言う女性とやりとりしているメッセージ画面を芽依に見せた。 「っ、、」 そこには、以前「雨宮」と「MEI」がしていたような会話をしている、別の2人がいた。 「辞めたんじゃないの、これ。アプリ」 ブルッ、と芽依の右手が震える。 痙攣のような震えだったが、一瞬で終わった。 「辞めてないよ。俺普通に彼女欲しいし」 「は?、何でだよ」 「は?」 芽依の大きな手が、無意識に鷹夜の左の二の腕を掴んだ。 「え、」 「何で、、俺がいるじゃん」 「は?」 「俺がいるだろ!!」 「はーあー??」 鷹夜は表情を歪める。 眉間には深く皺が刻まれ、大きく開いた口は喉ちんこまで見えた。 「何言ってんの?芽依くんいるからってなに」 「だって、」 「関係ねーだろ、芽依くんには」 その言葉だけは聞きたくなかった。 「え」 『お前いてもいなくても、彼女じゃねえんだから女は探すだろ』 泰清の言葉が現実になってしまった。 いや、元から現実の話しを泰清がしていたのだ。 芽依は聞こえた言葉に脳を直接鈍器で殴られたような衝撃と痛みを感じた。 いや、違う。 痛いのは胸の奥だ。 「あ、報告しとけよってこと?心配してくれてた?ごめんごめん。大丈夫だよ。芽依くんとは色々あったけど、彼女諦める気はないし。ほら俺はもう30歳だから、ちょっと結婚も急がないとなあ〜乗り遅れてるよなあ〜って思ってる面もあるから、」 「違う」 「え?」 明らかに様子がおかしい芽依を前に、鷹夜は少し不気味に感じていた。 二の腕を掴む彼の手は段々と力を強くしていて、痛みが出始めている。 彼が不安定とは思っていたが、何がどうしてここまで乱されているのかは鷹夜には想像もできなかった。 「違う」 芽依は小さな声で苦しそうにそう吐き出した。 お湯の注がれる音が大きくて、鷹夜はその声を微かにしか拾う事ができない。 「ごめ、なに?聞こえない」 「違う」 「芽依くんどした?落ち着け、な?」 「違う!!」 「っえ、なに」 何処までも茶化そうとへらへらしてくる鷹夜の二の腕をとうとう両手で掴み、力を込め、真っ直ぐ見ろ、と彼に詰め寄ってその大きな目を見下ろして睨んだ。 「安心してたんだよ!!鷹夜くんは婚活してないって、俺以外の奴に興味ないって!!」 「ぇ、」 「俺だけに優しくしろよッ!!」 「なに、ッ、」 言い終わった瞬間、自分より20センチ程小さい身体を掴んで動きを止め、勢いよくその唇を奪った。 (え?) 思考回路が追い付かず、鷹夜は目を見開いて芽依越しに浴室の天井を見上げる。 お湯はまだまだ溜まっていない。けれど浴槽の半分になる前に止めて、今度は水を入れて適温まで冷まさないといけない。 今のままではただの熱湯だ。 (何でキスしてんの!?) 鷹夜はやっと事態が飲み込めた瞬間、思い切り芽依の胸板を殴る。 ドッ!!と重たい音がしたのだが、彼はびくともせず声も上げず、代わりに驚いて半開きになっていた鷹夜の口に舌を滑り込ませてきた。 「んむッ!?」 べろ、と自分の口内で他人の舌が回る。 気持ちの悪い感覚は、いつもなら自分が女性にそうしている筈だからだろうか。 「んっ、ん!!め、いっ、め、やえ、ンッ」 話そうにも離れようにも、全てを芽依が拒否してくる。 洗面台に押し付けられた身体には逃げ場がなく、力が強すぎて振り払う事ができない。 舌は熱く、ねっとりと口の中を犯し、鷹夜の舌を探して絡み付いてくる。 「ん"ッ、やめっ、めい、め、ろっ、やぇろッ!!」 ドンッ!ドッ!ドンッと何度も胸板を叩くが、この馬鹿みたいなキスは終わらない。 (気持ち悪いッ!!) とうとう脚を蹴り始め、本格的に鷹夜が暴れ出す。 空いている手で芽依の後頭部の髪を掴むと、容赦なく後ろへ引っ張った。 「いッ、!!」 終いには口の中にいた芽依の舌に、噛み切る勢いで歯を立てた。 「ふ、はあっ、ハアッ、何してんだよお前!!気持ち悪いなあ!!」 「ッ、うっせえなあ!!」 開けたままのドアへ向かう為に芽依の横をすり抜けようとした瞬間、また身体が掴まれ、今度は蓋の閉まったトイレの方へ押された。 ガタンッ!! バンッ!! 体勢を崩して便座の蓋の上へ尻餅をつくと、トイレの横の壁に勢いよく頭を打ち付ける。 「いった、、!」 「、、、」 「ッちょ、!!」 芽依の右手の親指が口に差し込まれ、鷹夜の下の歯が強い力で下へ押されて顎が閉まらなくなる。 そうすると口が開いて、また迫ってきた彼の舌が鷹夜の口に侵入して来た。 「んん"ッ!!」 指があるせいで舌が噛めない。 差し込まれた親指から鷹夜の飲み込めない唾液がだらだらと床に落ちて行く。 芽依は彼に夢中でキスをしながら、鷹夜の脚の間に膝をついて便座のフタに乗り、右の二の腕を掴んで逃げないように体重をかけた。 「ッ、く、ンッ」 生き物のように器用に動く舌がまた鷹夜の口の中で蠢いている。 掴まれていない自由に動かせる左手で芽依の後ろ髪を掴んで抜いてやる気で後ろに引いたがあまり意味はなかった。 足で蹴ろうにも、身体が近過ぎて自分と芽依の間に入れ込めない。 (何だよこれ、きめえなあッ、クソ!!) 冗談でキスしようとしたときのようなロマンチックな雰囲気はない。 ただ苦しそうな芽依のやたらと整った顔が、少しぼやけながら部分的に視界に入るだけだ。 「んえッ、う、やめ、ろッ」 「ん、、、ん、、」 上手く息ができない。 鷹夜は息が苦しくて、芽依は胸が苦しかった。 「んっ、」 「ね、がい、」 「ンッ、、しゃ、べるなら!!離せッ!!」 「ッ、うえ"ッ」 仕方なく首を掴んで喉仏に親指を食い込ませて潰すと、ようやく芽依が自分から口を離した。

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