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第87話「出動」

7月31日。土曜日。 むせるような暑さの中、撮影は午後21時で終わった。 久々に早く帰れる日だった。 「、、、」 「メイさん、鈴野さんと別れたのってマジっすか?」 ロケ撮影ではなくスタジオでの撮影で、撮影が終わった松本、片菊、そして芽依の3人は相変わらず狭い楽屋に押し入れられ、帰り支度に取り掛かっていた。 「えっ」 自分が聞いていて良いのだろうか?と思った片菊は気まずそうな声をあげると慌てて芽依へと振り返り、楽屋の入り口付近にいる彼と椅子に座ってテーブルの上の皿に盛ってあった煎餅を頬張った松本を交互に見た。 「うん、ほんと」 「何してるんすか!あんな良い人なのに!」 「遥香、あんまそういうの言うのやめろ」 困惑しつつも流石に口を出しすぎだと感じた片菊は彼女に向かって厳しい意見をぶつける。 一方で、芽依は穏やかに頷いた。 「うん、分かってる。色々あるんだけど、とりあえずまとまったら話すから少し待ってて」 「んぅ、、まあたタカヤさんですかあ?」 どこまで察しがいいのか、松本はバリッボリッと煎餅を噛みながら芽依を睨んだ。 「うん、そう」 「んー、、何とかなったら絶対ちゃんと全部話して下さいね。関わった分、気になって仕方ないっす」 「そうする。凪さんも怒んないで。ありがと。凪さんにもちゃんと話すね」 「メイくんがそれでいいなら、待ってるよ」 少し納得のいっていなさそうな遥香は、きっと先日の飲み会で思ったよりも冴と仲良くなっていたからだろう。 別れた話しも彼女から聞いたに違いない。 芽依はもろもろ反省した。 自分から2人に話せば良かったのだが、ここのところまた忙しくなっていたせいでタイミングを逃していたのだ。 (こう言うところもちゃんとしなきゃな。皆んなにも冴にも失礼だ) 早々に帰り支度を終えると、芽依は黒いキャップを目深にかぶり、マスクをつけてメガネをかけ、2人にヒョイと頭を下げる。 「お先に失礼します」 「はーい、お疲れ様」 「お疲れ様でした!」 ヒラヒラと手を振った松本に振り返すと、すぐにドアの取っ手を掴んで開け、外に出た。 「メイ」 「あ、中谷。帰ってて良かったのに」 楽屋から出たところでちょうど他のスタッフと話し終えた中谷と合流する。 相変わらずふくふくと肉のついた顔でニコッと笑い、彼女はトントン、と芽依の肩を叩いた。 「まあまあ、そう言いなさんな。あんた大丈夫?何かあった?今日ソワソワしてたから」 ここのところ忙しいくらいに目まぐるしく何かが変わって行っている芽依に、彼女は今度は心配そうな顔をして見せた。 「大丈夫。久々に友達に会いに行くから、それかな?」 「あ、そうなの。まああれだ、帰り、事故ったりしないようにね」 「ん、ありがと」 スタジオの駐車場まで連れ立って歩き、各々の車に乗り込んだ。 今日はタイムスケジュールにも21時頃撮り終わりと書かれていて、芽依は前々からこの日に目をつけていた。 土曜日は、ほぼ確実に鷹夜が家にいるからだ。 (会おう。ちゃんと話そう) 会わなくなって、連絡をやめてからもう少しで1ヶ月経つ。 本当なら2ヶ月我慢と言われたのを守りたかったが、今の芽依にその余裕はなかった。 余裕ぶりたかったけれど無理だ。 鷹夜の中から自分がいなくなる前に、彼に「誰か」ができてしまう前に、この気持ちを伝えたい。 初めから会いに行くために乗って来た自分の車のエンジンをかけ、シートベルトを締める。 いつだか設定した鷹夜の家の最寄りのコインパーキングをカーナビの目的地に設定すると、ゆっくりとスタジオの地下駐車場内を走り、道路に乗り出した。 1時間程で鷹夜の家に着いた。 もちろん鍵はないものの、部屋の前までは行ける。 いつぶりか訪れたそのドアの前に立つと、深呼吸をした。 怒られる可能性。もしかしたら友達をやめると言われるかもしれない。 けれど、ここで鷹夜と向き合う事がまず、彼がこの先へ行くために必要なものなのだ。 「、、よし」 緊張して震える手をグッと一度握り締めてから、ぷち、とボタンを押す。 ピンポーンと部屋の中に音が響いた。 「、、、あれ?」 けれどいくら待てど返事はないし、鍵を開ける音も玄関に近づく足音もない。 「寝てる、、?」 彼の事だ、あり得る。 何度か連続してインターホンを鳴らしてみた。 ピンポーン およそ7回目のチャイムだったが、やはり鷹夜は出てこない。 「、、あ、まさか」 そこに来て、彼の会社ではよくある「休日出勤」と言う可能性を思い出した。 「、、、」 この時間だ。 外食に行っているにも少し遅い。 午後22時07分。 入れ違いになる可能性もあったが、芽依は賭けてみることにした。

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