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第89話「あったまる、あっためる」
コンコン
「あ、、開いてる!」
窓の外から芽依の顔を覗き込み、鷹夜がガラスを叩いた。
ガチャ、とドアを開けると、やはり少し青白い顔で弱く笑う。
「ごめん、割と遅くなった」
「全然大丈夫!仕事、お疲れ」
助手席に鷹夜が乗り込むと、芽依の胸は驚く程に高鳴る。
いつもの革の鞄を足元に置き、ジャケットはないクールビズ姿の鷹夜がシートに座るとギュッギュッと革の擦れる音がした。
クーラーを効かせるのも体調に悪いような気がして、芽依は車の窓を開けて中に湿気がたまらないよう、風の通りを良くしていた。
「よいしょ」
「体調は?」
「んー、ちょっとくらくらする」
「仕事休めないの?」
「まあ、会社員だし。基本こんなもんだよ」
はは、と笑う顔は暗い車内でも分かるくらいに顔色が悪い。
「、、鷹夜くんの家行っていい?」
「うん。話すにしてもリラックスできるとこがいいや」
「ん。鷹夜くん寝てて良いよ。あ、これ、コーヒーも何かなと思って」
「え、、ありがと」
スポーツドリンクのペットボトルをひょいと目の前に出され、鷹夜は少し驚きながらそれを受け取った。
確かに疲れが酷くて眠い。
胃の中の物を出してしまったせいで腹も減って、起きていられる力がほぼなかった。
鷹夜は渡されたスポドリをひと口飲むと、キャップをギュッと閉めてドリンクホルダーに突っ込んだ。
「ごめん、寝る」
「うん。おやすみ」
ス、と目を閉じると、ゆっくりと車が走り出した。
(鷹夜くんが体調悪いの珍しいな)
午後23時30分少し前。
走り出した車の中で夜道を見つめながら、時折りチラリと隣にいる鷹夜を横目に見たりして、芽依は運転を続けた。
カーナビは再び鷹夜の家を目的地に設定してある。
(俺、これからこの人に告白するんだよなあ)
赤信号に引っかかり、またチラリと彼を見た。
鷹夜は窓に頭を寄せながら静かに眠っており、相変わらず穏やかな寝息が静かに聞こえてくる。
目元に疲れが浮かんでいるように見えた。
クマができているし、まだ顔色が悪い。
(もし付き合えたら、あんまり無理させたくない)
可能性が低い未来ではあるが、こうしたいと考えるのは自由だ。
芽依は赤信号の間、ただ黙ってジッと鷹夜を見つめていた。
「ん、、」
鷹夜がやっと目を覚ますと、見慣れた天井が視界に入った。
「あれ、」
「ん?起きた?」
何かいい匂いがする。
空きっ腹は寝ても覚めても一緒なようで、起き上がってその匂いを肺いっぱいに入れると、ぐう、と間抜けな音がした。
キッチンの方を向くと芽依が立っている。
お玉を握っていた。
「芽依くん、、何してんの」
「お粥作ってた!鍋勝手に使っちった」
「いいよ〜、ありがとね。あー、めっちゃ寝た」
グーっと腕を広げて伸びをするとベッドから足を下ろしてそこに座り、目を擦る。
「あれ?俺、車からどうしたっけ」
うなじをかきながら芽依を見上げると、ニコ、とやたらと整った笑顔が見えた。
「ん。俺がおんぶした」
「は!?」
鷹夜は頬を摩ってから慌てて額に手を当てて、車がコインパーキングから走り出してからの記憶を思い出す。
目を閉じた後に車が動いた感覚がしてからスッと眠り、途中の赤信号で車体が揺れたので起きた。
その後は、家の近くのコインパーキングでやはり起きた気がする。
(眠すぎてよく覚えてない、、いや、確か、)
『鷹夜くん、腕回して』
(そうだ、何の疑いもなくおんぶされたんだわ、俺)
コインパーキングから家まで言われるがまま、されるがままに芽依に背負ってもらい、のっそのっそとゆっくりと歩いて貰ったのを微かに覚えていた。
途端にボッと顔が赤くなる。
三十路の男が歳下の男に、それも女の子達の憧れの的に背負われた事が今更ながらに恥ずかしくなったのだ。
(少女漫画かよ、、)
いつもなら飲み会でキスをされようが何だろうが恥ずかしさは込み上げないのだが、どうにも自分が甘やかされるような状況は鷹夜にとっては恥ずかしくてならない。
「あ、ああ〜〜〜、ごめんね、まじで。ありがとね」
「なに。照れてんの?」
芽依がコンロの火を止めると、ニヤつきながら近付いてくる。
「いやあ、天下の竹内メイ様のお背中をお借りしてしまって、面目ない」
「ぜーんぜん大丈夫。鷹夜くん軽過ぎるけどな。前にだっこしたときもそう思った」
「え!?だっこ!?は!?いつした!?」
わざと、1番最初に鷹夜が自分の部屋に来たときの話しをすると鷹夜は驚いてバッと芽依を見上げた。
彼はいじわるそうに笑っていて、鷹夜はまた顔が熱くなるのを感じる。
「初めてうち来たとき」
「いつ、、」
「ソファで寝たあとにだっこして運んだじゃん。ベッドまで」
「えーー、、、知らねえ、覚えてねえ、めっちゃ恥ずかしい。だっこて、うわあ、マジか」
あーあー言いながら鷹夜がベッドに寝転がると、芽依は笑いながらキッチンに戻っていく。
お粥が入った鍋とコンビニで買ってきたおかずの惣菜を小さいテーブルに並べ、鷹夜のお椀ともともとは日和が使っていたお椀を出して置いた。
「鷹夜くん、飯しよー」
「んー、、はい!」
眠ってそれなりに回復した鷹夜は元気に返事をすると立ち上がってテーブルについた。
顔色は血色が戻っている。
恥ずかしくなってあれだけ赤面できれば、もう大丈夫だろう。
「いただきます」
「いただきます。あ、あとで金払うから」
「んー、、いらない」
「え」
芽依が唐揚げを頬張った。
「鷹夜くんからお金取りたくない、、って言うか」
「、、あ?」
じゅわっと肉汁が溢れて口に広がる。
脂が美味い。
鷹夜は鍋からお玉ですくったお粥をお椀に盛ると、フーフーと息を吹きかけながらスプーンで口に入れる。
コンビニで売っているレトルトのお粥だろう。
適度に塩っぱく、ほぐした鮭の切り身が美味い。
「まあまあまあ!ね!!ちょっと待って食べてから色々話しさせて!!」
「何照れてんの?」
「照れてねえし!!テレビつけていい!?」
「どうぞ〜」
急に顔を赤くした芽依を不審な目で見ながらも、鷹夜は暖かいお粥が胃に入ったことにホッとした。
身体がじわりと温かくなる。
これだけで少し体調が良くなる気がした。
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