99 / 142
第99話「都会の友達」
高速道路を降りてからしばらく走り、海を見ながら一般道を20分程行くとようやく鷹夜の実家についた。
打ち合わせた通り、芽依が帽子、マスク、メガネの3点セットを取るのは家の中に入ってからと言う事になり、庭に車を停めると先に鷹夜が降りて家のドアを開けた。
「ただいまー!」
「あっ、鷹夜だ。おかえり〜!」
「お兄〜!お土産は〜?」
「お兄帰ってきた!」
順番に、母、妹の柚月、弟の碧星と居間の戸からドタドタと出てくる。
柚月のお腹は前に見たときよりだいぶ大きくなっており、相変わらず鷹夜に似た顔でニッと笑っていた。
「お兄!おかえり!待ってたよ〜、新幹線で来たの?連れてくるって言ってた友達は?」
「今車から荷物下ろしてくれてる」
「あらあらあら、何してるの、手伝ってあげないと」
「あ、いいから中にいて。連れてくるから、あと1個、注意点があるので聞いて下さい」
とうとう居間から柚月の夫である義理の弟の秀(しゅう)と父親までもが出てきてしまって、玄関には5人がズラリと横並びになった。
祖母は居間か仏壇のある部屋にいるようだ。
久々に帰ってきた実家はどこか懐かしい匂いがしていて、昼時と言う事もあって美味しそうな匂いもある。
いつも通りで代わり映えのない家族の顔を見てから、鷹夜は真剣な面持ちになった。
「なに。まさかヒヨちゃんとより戻したの?」
柚月はプロポーズを断られたことを知ってから、鷹夜の元恋人である日和を嫌っている。
嫌ってはいるものの、呼び方は昔のままだった。
「違う違う」
「じゃあなに」
「誰が来ても大きな声出さないで。大声で名前呼ばないで。これ絶対守って。迷惑になるから」
「何言ってんの。地元の誰か連れてきたん?」
「いいから守ってよ。はい、じゃあ連れてきます」
再び玄関の外へ出て行く鷹夜の背中を見送ってから、家族はそれぞれ顔を見合わせて首を傾げた。
「芽依くん」
「ん、大丈夫そ?」
車に寄りかかりながら、芽依はリュックを背負って手には紙袋を2つ下げつつ、携帯電話を見ていた。
「うん、行こ」
「ん。ごめんね迷惑かけて」
「何言ってんの、全然だよ。俺こそごめんね、無理矢理連れて来て」
「違うよ!来たかったっつってんじゃん!」
「ふはっ、ありがとう。あ、荷物持つよ、最中の方だけ」
「ん、ありがと」
お土産で買ってきた12個入りの最中の箱が入った袋を芽依から手渡される。
彼は少し緊張しているようだった。
運転の途中からかけていたサングラスはとり、いつも通りの度のない黒縁メガネをかけてマスクの中でグッと唇を結んでいる。
鷹夜はそれにも少し笑いそうになったが、堪えて家のドアまで案内した。
「入って、みんないるから。あ、ばあちゃんは部屋の中だけど」
「あ、うん、、お邪魔しまーす」
「こんにちは〜!あらまあ!でっかい子ね!」
ドアを開けて玄関に入るなり、鷹夜の母は口をポカンと開けて驚きながら芽依を見上げた。
確かに、隣に並んでいる自分の息子と比べても20センチ程大きい男がいきなり入ってきたら驚くだろう。
母親以外の面々も大きさだけで充分驚いている。
「こんにちは。初めまして。お邪魔してしまってすみません」
流石にテレビにも出慣れていて色んな人との交流もある分、芽依はニコニコしながらサラリと挨拶をした。
けれど、目深に被った帽子とマスクのせいで、声でしか笑っているかどうかが判断できない。
「芽依くん、帽子とか取っていんじゃない」
「あ、忘れてた」
「、、?」
家族はまだ彼の身長に驚いている。
けれど芽依がヒョイヒョイと帽子とマスク、メガネを取り去り、前髪に少しだけ触れて髪型を整えると、まず初めに異変に気が付いた柚月が奇声を発しそうになって直ぐに手で口元を覆った。
「ッ、え、、え!?嘘でしょ!?え!?」
大きな声を出さないように必死に堪えつつも、興奮して隣にいる秀の腕を掴んでいる。
「え、、え!?マジで!?」
「あれッ!?え、本物!?え!?お、お義兄さん!!」
碧星も目をカッと開き、次に気が付いた秀は震えた声で鷹夜を呼びそちらを向いた。
「あっはっはっ、分かる〜そうなるよね〜。都会で新しくできた友達で、俳優をしてる竹内メイさんでーす」
「えッ!?」
鷹夜の言葉にやっと声を出したのは鷹夜の父で、母親は呆気に取られながら「かっこいい、、」と本当に小さな声で呟いた。
「初めましてこんにちは!お世話になります、竹内メイです!」
芽依がそう言ってニコッと笑うと、柚月と碧星がその場に崩れ落ちた。
碧星は何故か嗚咽を漏らしている。
「はあ〜〜!!じゃあ本当に最近友達になったのねえ!」
「はい〜!でも俺、鷹夜くんホントに好きで、しょっちゅう遊ぼ遊ぼって連絡しちゃってて」
「えー、何でお兄がいいんですかあ。面白いかなあ〜、カードゲームとテレビゲームしてるとこしか最近見てなかったからなあ〜」
「鷹夜は帰ってくると自分の部屋に篭るからねえ〜」
「えー、僕とはいっぱい遊んでくれますよ!ゲームもいっぱいしますけど」
ひと通りサプライズタイムが終わると、まだ興奮冷めやらぬ女性陣の相手をしつつ、家族と芽依で昼食となった。
鷹夜の家ではよくある温かいうどんと蕎麦を食べている。
冬は掘り炬燵として使える居間の大きなテーブルをみんなで囲い、1番テレビの見やすい誕生日席に芽依が座らされた。
白出汁に少し醤油を足した汁に、ネギ、しめじ、たまご、ワカメ、ほうれん草、油揚げ、豚肉。
それから、うどんか蕎麦の好きな方を選んでそれぞれ食べていた。
(鷹夜くんと打ち合わせしといて良かったあ〜)
蕎麦を啜りながら、芽依はそんな事を思っていた。
鷹夜の実家に着く1時間程前に、友達になったきっかけを聞かれた場合の打ち合わせをしておいたのだ。
鷹夜が飲み歩いている事は家族全員が知っているので、駒井と飲み歩いていたときにたまたま入った店で出会い、意気投合したと言う設定にした。
ここで「出会い系で僕がネカマして出会いました」とはやはり言えない。
「鷹夜ってばもー、言ってくれれば良かったのに!」
「言ったらパーティーとかしようとするでしょ、母ちゃんは。柚月は友達呼びそうだし。アオ、食欲ないの?食べな?」
「お兄、ごめん、マジで竹内さんなんだと思ったら緊張して食えない」
「アオちゃん好きだものね〜、イケメン」
興奮し緊張している割には母と柚月はガツガツとうどんを吸い込み、テーブルの中央にある急いで父親に買ってこさせた天ぷらも食べている。
けれど、弟の碧星はイケメン、もとい俳優、ダンサー等の表現者が大好きで推している芸能人が多く、その中に竹内メイも入っていたせいで本物の登場に誰よりもメンタルをやられていた。
「アオ、ごめんな。そんなにイケメン好きだと思ってなくて、、」
「大丈夫、あの、あとで食べるから、、ウッ」
「死にそうじゃねえか」
「、、、」
一方で、鷹夜の落ち着きように芽依は少し面食らっていた。
「碧星くん、ごめんね」
「大丈夫ですよ!!ホントに!!」
興奮した碧星がバッと芽依の方を向き、目が合った瞬間に顔を真っ赤にしてまた俯いて胃の辺りを摩り始めた。
「芽依くん気にしないで食べてな」
「はーい、、」
コソ、と小声で隣にいる碧星の背中をさすりながら、鷹夜が芽依に囁いた。
「、、、」
もっと芸能人が友達だぞ!と胸を張っていくのかと思っていたが、やはり周りの友人と違って鷹夜はそう言った事がない。
芽依はそこに驚いていた。
自慢話をするでもなく、ただちょっと周りに驚かれやすい友達、くらいの感覚で家族の中にグイグイと芽依を引き込んでくる。
それが終わるといつも通り、平然としてヘラヘラしている彼に戻ってしまった。
(鷹夜くんからしたら、小野田芽依を連れて来たって思ってるんだろうなあ)
「竹内メイ」は鷹夜の中ではあくまで画面の向こうの自分の事を言うのだろう。
芽依はそれがどこか嬉しく、思わずニコ、と鷹夜に笑って見せる。
「ん?」
蕎麦を啜っていた鷹夜はそれに気が付き、口から麺をだらりと垂らしたまま芽依の方を向いて首を傾げた。
「んーん。鶏の天ぷら取って」
「ん」
ズルッと啜り終わると、腕を伸ばしてヒョイと自分の箸でテーブルの中央にある天ぷらの山の中から鶏肉の天ぷらをつまみ、それをそのまま芽依の口元に持って行く。
「ん」
「ッ、え」
何でこう言う事をするかな、と思いつつも、芽依は素直に口を開けて天ぷらの端を噛み、それを受け取った。
「あとは?」
「ん、、ナスも欲しい」
「ん」
次もまさか、と構えていたのだが、ナスの天ぷらはボト、と蕎麦の器の中に落とされてしまった。
ともだちにシェアしよう!