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第100話「3秒前の雰囲気」
休みだと言うだけで特に実家に帰ってきてやる事はない。
仏壇に手を合わせるくらいだ。
鷹夜は手詰まったな、と思いつつ、実家の自分の部屋に「竹内メイ」がいると言う面白い光景を目に焼き付けていた。
「鷹夜くんと柚月ちゃんそっくりだね?」
「だよな〜、気持ち悪いんだよ〜」
昼飯が終わった2人は鷹夜の部屋にいる。
実家の2階、階段を上がって左に進んだ角の部屋だ。
鷹夜が中学生になった際、兄妹3人の部屋決めが行われ、元は鷹夜達家族5人で使っていた寝室を取って自室となった。
祖父が亡くなり、祖母が仏壇のある部屋で寝起きするようになってから両親は1階の元祖父母の寝室を使うようになり、二世帯住宅の2階4部屋を兄妹で分け合ったのだ。
1番東の元寝室が鷹夜、隣の父の書斎はもので溢れていて誰のものでもない。その隣が碧星、西の端の少し狭い部屋が柚月のものだ。
「ふはっ、可哀想その言い方。いやあ〜、人の実家なのにやたらくつろげる〜」
「根っこ生やすの早いね、芽依くん」
カーペットの上にゴロンと寝転がった芽依をベッドに座りながら見下ろし、少し埃をかぶった自分の部屋の中を見回して鷹夜もゴロンと寝転がった。
彼の部屋は8畳程で中々に広く、ベッドの上で1人、床に1人寝ても余裕の広さをしている。
緊張するかと思いきや最初だけで、母と柚月によってやたらと喋らされた芽依は疲れもあってかもうこの家に慣れてきていた。
「やべえ、眠い」
「ごめんな、ずっと運転させてたもんな」
「いいよ、全然。俺がしたかったからしたの」
床に寝そべったままこちらを見上げて微笑む芽依は、相変わらず格好いいのだが、下にしている左の頬がつぶれて肉が盛り上がり、自然と変顔になっている。
「んん"ッ、芽依くんごめん、その顔で笑われてもときめけない」
クックッと鷹夜が笑った。
「いつもはときめいてんの!?」
「うわうるさッ」
うつ伏せから両手を床について上半身だけを起こした芽依のランランとした目に鷹夜が写る。
「あ、ごめん」
「ははは。どーしよっか。ちょっと食休みしたらどっか行く?散歩くらいしかできないけど」
「え、さっきの無視、、、散歩しよ〜、もうね、まったりゆっくりしたい。海の近く歩きたい」
「りょーかい。じゃあ2時半になったらな。それまで寝る」
「ありがとう俺も寝たかった」
13時半を過ぎたところだった。
2人はそれぞれ、またベッドの上と下で横になる。
鷹夜は仰向けになって目を閉じて、芽依は再びうつ伏せに戻るとチラリとベッドの上の彼を見上げた。
(、、触りたい)
芽依は、好きな人といて、好きな人の実家に呼んでもらえただけでも幸運なのは分かっているが、どうにも帰ってきたせいで力や緊張が抜けきり、ヘラヘラニコニコしている時間が増えた鷹夜が先程からずーっと気になっていた。
(今日、可愛すぎる)
ナチュラルに無意識に家族の前で「あーん」までされしまっては、芽依としては少し調子に乗りたかった。
「、、鷹夜くん」
「んー」
眠そうで、ハッキリと意識があるかどうか分からない声の返事が返ってくる。
「鷹夜くんの隣、行っていい?」
甘えたような芽依の声に、鷹夜は左手の小指がピク、と動く。
彼はまだハッキリと起きていた。
(何でそんな可愛い声出すかな)
最近、こう言う言い方や声に騙されそうになる事が多い。
この間の「キスしたい」だってそうだ。
危うく「いいよ」と言いそうになった。
「、、んー」
少し迷った。
「、、いいよ」
「えっ」
「こっち来たら」
「っ、」
ギシ、ギシ、と音がして、鷹夜はベッドの上の窓側に寄る。
実家のこの部屋には日和はもちろん、中学、高校、大学の友達もみんな入った事があって、日和とは当然このベッドで一緒に寝たし、床で並び切らない人数の友達が来たときはあぶれた奴と2人で寝た事もある。
けれど、その思い出は今、どこか遠くにあった。
(振り回してんの俺の方だし)
最近たくさん我慢を覚えて、気遣いを覚えた芽依からの久々のワガママに「いいよ」と言うと、彼はズルズルと歩きながら近づいてきてベッドの上の空けたスペースに横たわってきた。
鷹夜は何やら恥ずかしくて、窓の方を向いて目を閉じてしまった。
「鷹夜くん」
「寝てる」
「寝てねーじゃん」
他人の体温が、呼吸が、隣にある。
「、、、」
「ごめん、今だけ我慢して」
「ッ、」
ズル、と芽依の太い腕が身体に巻き付いて、久しぶりに首元に顔が埋められた。
後ろから抱きしめられるような体勢になっている。
「、、、」
鷹夜の心臓が今までのどんなときよりもうるさく鼓動している。
首筋に芽依の息が当たると、身震いしてしまいそうだった。
「ごめん」
低く心地良い芽依の声。
最近電話で聞く事が多かったけれど、今日は、今は、こんなに近くで聞こえている。
「、、、」
何故だろう。
その瞬間、何もかもが眩しく思えた。
「、、芽依」
「ん、、?」
身体に巻き付いた手に触れて、鷹夜はゆっくりと振り返った。
あまり、ベッドが軋む音が聞きたくなかったのだ。
「、、、」
ああ、何だろうこういうときのこの、甘ったるくて、重怠くて、胸焼けがしそうな空気感。
窓から差し込む陽の匂いが、部屋に満ちている。
「、、鷹夜くん、そっち、向いてて」
振り向いた鷹夜と視線が絡んだ瞬間に、芽依は眉尻を下げて、切なそうな顔をしてそう言った。
「な、んで」
相手の顔が至近距離にある。
鼻先が触れるまであと10センチと言う近さだ。
お互いに何かを察していて、その甘く切ない雰囲気に飲まれそうになった芽依が先に口を開いたのだ。
「キス、しそうだから、、俺」
ゴク、と彼の喉が動くのが見える。
「、、、」
日和相手にならこんな雰囲気を味わった事があった。
するの?しないの?どうしたいの?
そんな視線が扇情的で、そのときの自分が堪らなくなってキスをしたのに、芽依は必死に堪えてくれている。
(俺のこと、傷付けないって言ってたもんな)
優しい。
可愛い。
怯えるような目はそれでもモノ欲しいと語っている。
(俺は女じゃないのに)
そんなに優しくしてくれなくてもいいのに、とも思ったが、次に自分を傷付けたら捨てるとハッキリ突きつけた事を忘れてはいない。
ただ彼の必死さも、誠実さも、男の鷹夜には痛い程だったのだ。
(今は俺が傷付けるかもしれないのに)
散々「好きになれるかも」と言われておいて、捨てられたらどうする気なのだろう。
芽依から伝わってくるあまりにも素直な「好き」と言う感情に、鷹夜は胸が締め付けられるようだった。
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