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第101話「抑えられない」

けれど鷹夜は、今なのではないかと、この時を逃せる程にできた人間でもなかった。 「したい、けど」 「ぇ、、?」 「今なら、できそう」 そんな言葉を言われたら、芽依からしてみれば今この時における「我慢」とは、拷問にも値するものだった。 「だから、芽依って呼んだの?」 苦しそうな表情だ。 ギシ、と音がする。 芽依の大きな手が頬に触れた瞬間、一気に鷹夜の中の現実感が増した。 ドクッ、ドクッ、と耳の後ろの血管がうるさくて、涙が滲みそうで、それでいて、とにかくキスがしたかった。 「もう1回呼んで」 目の前の芽依は美しくて、鷹夜からすればこんな自分に惚れなくても良いだろう完璧な見た目をしている。 可愛がられるだろう性格で、愛嬌だって良いのだ。 もっと障害の少ない、綺麗な女優やアイドルだっていい筈だ。 そのくせに、鷹夜に下の名前を呼び捨てにされたくらいで彼の胸は痛い程に高鳴り、支配されていく。 鷹夜と言う存在に。 初めてできた同性の好きな人に。 そのぎこちなく、けれど確実にこちらを煽ってくる視線に彼もまたどうしても耐えられなかった。 (ああ、、好きだ、どうしよう、好きだ) 撫でた頬の熱さが愛しい。 鷹夜の目は深い茶色で、窓から差し込む陽の光りの眩しさに小さくなった瞳孔は真っ直ぐ芽依を見つめている。 「、、芽依」 (何で、呼んじゃうの) その声にもう抑えられなかった。 「んっ、」 覆い被さった芽依に顎を持ち上げられ、鷹夜は抵抗することなく降って来た唇を受け入れる。 (あ、これ、ヤバい) 前にしたときとは違う心地良さと、芽依の唇の感触の気持ち良さ。 口を塞ぐだけのキスを終え、一旦口を離し、芽依は鷹夜を見下ろした。 「大丈夫?」 瞳の奥まで見える距離感は、お互いの息を吸うようだ。 嫌ではなかっただろうか、と彼は不安な声で鷹夜に問う。 「ん、ヤバい、ドキドキする」 返ってきた返事は予想もしていなかった言葉で、視線を合わせてくれない鷹夜が照れて頬を赤く染めているのだと分かると、芽依の胸はいっぱいになってしまった。 「っ、何でそう言うこと言うの」 「ンッ」 再び口が塞がれると、今度はぬるりと舌が口内に入ってきた。 「ん、んっ、」 鷹夜は嫌だった。 あまりの気持ち良さに情けない声が漏れるのも、いつもはリードする側の余裕があった筈の自分が芽依に翻弄されて女のように息の仕方すら忘れたのも。 「ん、っ、、んふっ、んっ」 生暖かい他人の舌が自分の舌を舐めて、舌先をくすぐって、息がしたくて押し出した舌にしゃぶりついてくる。 「んふっ、!」 ゾクゾクした。 あまりにも激しくて、甘い痺れが起きてしまって、腰が浮きそうで情けない。 「ん、、鷹夜くん、ん、」 「んんっ」 見下ろしてくる視線は「奪うよ」と言っているように見える。 触れ合う鼻先が愛しい。 夢中で自分にキスをしてくる芽依がのしかかってくる重さすら愛しい。 (ヤバい、ヤバい、これッ) 堪らなく、腰の奥が疼いた。 「好きだよ、鷹夜くん、好き」 「ンッ、、ぁえ、んっ、、」 「好きだ、ん、好きだよ、好き、好き、好き」 熱の籠った声は甘ったるくて重い。 身体に絡み付いて離れなくなってしまう。 洗脳してくる勢いで呟かれる「好き」に、鷹夜は目が回りそうだった。 (あれ、こ、こんなに?こんなに、俺のこと、) キスに応えるのに夢中で、頭は動いていても声が絞り出せない。 「好き、好きだ、鷹夜、好きだ、好きだ」 「ぁ、ん、、んふ、んっ、」 ゴリ、と鷹夜の太ももに明らかに勃起した芽依のそれが当たる。 (勃ってる、、俺とのキスで?) それ以外に考えられる原因はない。 「め、いっん、、めいっ、ま、って」 「名前、やめて、お願いッ、、」 「ンンッ」 鷹夜に名前を呼ばれるだけでも苦しかった。 本当ならめちゃくちゃにしたい存在が、へにゃへにゃに弱った熱があるような甘ったるい顔でこちらを見上げているのに対して、キス以上に手を出したい衝動を抑えるだけでも一苦労だからだ。 (ダメだ、勃起治んねえ) ズボンの中でパンパンに膨れたそこを体勢的に仕方ないとはいえ、鷹夜に押し付けてしまっている。 (可愛い、鷹夜くん) 息が上手くできず、恥ずかしさと苦しさで顔を真っ赤にしている鷹夜をチラ、と目を開いて見てはバレないように目を閉じる。 身体に触りたい欲求を抑えて、芽依は必死にシーツを握り締めた。 (可愛い、可愛い、可愛い) 「ンッ、ンッ、、!」 自分に応えるために懸命に舌を絡め返してくれる鷹夜に胸が高鳴った。 あんまりにも愛しくて、芽依は右手で鷹夜の腰の辺りを探り、同じようにシーツを握りしめていた彼の手を見つけて持ち上げ、指を絡めて手を繋ぐとグッと力を込めて握った。 (芽依くん、そんなに、、俺のことが好きなの?) 告白はされたものの、キスしたいだの触りたいだのは言ってくるものの、こんなに熱烈に彼の感情を感じたのは初めてで、鷹夜の頭は中々追い付いてこない。 握られた手は汗ばんでいて熱く、壊されそうな程に強い力が込められている。 「め、いっ」 「ンッ、、ご、めん」 ちゅぱ、と可愛らしい音を立てて口が離れた。 差し込まれていた舌がやっと出ていくと、鷹夜は足りない酸素をかき集める様に激しく息を繰り返す。 「ごめん、好きだ、、ごめん、怖がらせてごめん」 鷹夜の首筋に顔を埋めて彼にのしかかったまま、芽依は情けない声で何度も謝っては「好きだ」と呟いている。 「はあっ、はあっ、、はあっ、」 熱くなった身体をお互いに沈めるように、2人は息をしながら無言になった。 (あ〜〜これまずいなあ、キスだけでこれか〜〜、めっちゃドキドキしたあ〜〜) (鷹夜くん怒ってたらどうしよう調子乗り過ぎたヤバいヤバいヤバい) 重なり合って呼吸しながら、全く違うことを考えている。 鷹夜は思ったよりもときめいている自分に驚き、芽依は完全に調子に乗り過ぎたキスをしてしまった事に後悔と不安を抱いている。 「め、芽依くん」 「は、はいっ!」 ガバッと起き上がり、手をつっぱった芽依は鷹夜を真上から見下ろした。 「あ、ごめん。ええと、、」 「どしたの、、」 芽依は怒られる!と、びくついた顔をしている。 「その、よ、良かった?です」 「え、、あ、どうも、ありがとうございます」 鷹夜の顔は真っ赤で、つられて芽依も顔を赤くした。 どうやら乗っかっていたのが重くて苦しかっただけらしい。

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