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第103話「2人の速度」
芽依が真剣だからこそ、鷹夜だって考えたかったのだ。
この先の自分の人生と彼の人生を絡めても、彼が生きていけるかどうか。
自分が途中で子供が欲しくなっても、産んでくれる相手はいないこと。
お互いの家族にかける迷惑や、芽依の職業について。
「、、、」
不安なのだ。
人の人生を背負う事は、それなりに楽しく、そしてそれなりに恐ろしいから。
「芽依くん」
「、、、」
「もうちょっとだけだから、許して」
顔を上げた芽依に見えたのは、少し疲れている大人の男が柔く笑った優しい笑顔だった。
「、、鷹夜くんが好き」
「うん」
「もっかいちゅーしたい」
「え」
いつもは自分より高い位置にある芽依の視線が、今は上目遣いでそこにある。
それだけで、ドク、ドク、とまた胸が高鳴っていく。
辺りに人はいない。
遠くで犬の鳴き声と、別の方向からは海猫の鳴き声がするだけだ。
「、、いいよ。ちょっとだけな」
鷹夜の答えが意外だったのか、芽依は一瞬驚いた顔をした。
その後すぐに身体を起こし、彼に近づいて座り直すと、鷹夜の肩に額を押し付ける。
ガードの緩い鷹夜に、今日は浮かれさせられる事ばかり言われている。
「好きだよ」
「、、うん」
肩に置かれた頭を優しく撫でるとサラサラした髪が風で揺れ、鷹夜は芽依の何もかもが美しく見えて目を細めた。
「好きだ」
芽依は胸に溜まり続ける鷹夜への想いを口から垂れ流して、彼の肩に頭を預けたまま、俯いてコンクリートを見つめている。
(悩むよね、怖いよね)
先程のキスが忘れられない。
けれどそれをまた許してくれる鷹夜が怖がっている大きなものも、理解できる。
この国ではまだまだ認めて貰えない、自分達の将来や日常に大きく関わる性別と恋愛観を。
(俺はとにかく好きだからってこうやって言えるけど、鷹夜くんはそうじゃない。分かってる。そういう真面目なところも全部好きだから、ちゃんと待てる)
絡めた指先の熱を確かめ合っていた。
(こんなに良いところで育って、兄妹や家族に愛されて、優しい人達に囲まれていたから、鷹夜くんは真っ直ぐで怖いくらい優しくて誠実なんだ)
鷹夜が歩んでいるのは、芽依と比べればありきたりな人生だ。
けれど、特別ではなくても、鷹夜は人に優しい。
周りに優しくしてもらった分、人に優しくできる。
彼の中ではそれが当たり前で、常識になっているからだ。
(そっか、だから俺は鷹夜くんが好きなんだ)
鷹夜なら自分を大切にしてくれる。
そう確信できるからこその「好き」や「ときめき」だったんだ、と芽依は触れていた手をギュッと握った。
そうしてくれると分かるから、それを返せる自分になろうと思えたのだ。
「綺麗で可愛い女の子が欲しいんじゃないよ」
今度は芽依がポツポツと小さな声で彼に話し始めた。
「えっちしたいから、キスしたいから人と付き合うんじゃない」
どんなに自分が彼を好きかを、心を込めて言葉にした。
「鷹夜くんだから好きだ。貴方だからキスがしたい」
「っ、、」
顔を上げた芽依の視線は、やはり淀みがなく澄んでいて真っ直ぐだった。
彼らしい純粋な恋心が込められた、愛しいものを見る瞳だ。
「キス、していい?」
「、、うん」
鷹夜がゆっくり目を閉じると、近付いた芽依の唇が柔らかくそこに触れた。
(愛してくれてるんだなあ)
鷹夜は胸が温かくて、あまりにもキスが優しくて、少し泣きそうだった。
(愛してもらえるんだなあ、こんな俺でも)
10年ぶりくらいだ。
こんなにゆっくり恋に落ちて行くのは。
こんなにゆっくり、人に愛されるのは。
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