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第104話「気持ちの整理①」

いつか覚悟は決まるだろう。 けれど、決めて良いのかと言う迷いが消えない。 「鷹夜、まさか揚げ物キツくなったの?あんまり食べないじゃない」 向かいの席の母の声にハッとして顔を上げた。 「ん?んー、歳だよね〜俺も」 「やあねえ、お父さんみたいになっちゃって」 「ん?俺がなに?」 大皿に山盛りの唐揚げが積まれている。 散歩から戻った鷹夜達を迎え入れた家族はすぐに夕飯の準備をしてくれて、18時には全員が食卓についていた。 昼飯のときと同じで、ニコニコしているだけで無口な鷹夜の祖母は碧星にひとつの唐揚げをいくつかに細かくナイフで切ってもらい、小さいけれどひと口ずつ味わって食べている。 飯時以外では結構な饒舌なのだが、食べているときは本当に静かだ。 頬張るとジュワッと肉汁と脂が溢れ出るそれはニンニクと生姜、醤油が効いていて香ばしく、何とも美味い。 芽依がニコニコしながら柚月と碧星と話す中、鷹夜は母親に肘で小突かれていた。 「ちゃんと食べなさいよ。また痩せたでしょ」 「太ったと思うんだけど」 「測ってる?」 「そんな女の子みたいなことしないよ〜」 「もー、ずっとヒョロヒョロなんだから。食べて太って筋トレして筋肉付けて」 「はーいー」 小言を嫌そうに聞きながら、鷹夜は唐揚げの皿に箸を伸ばした。 芽依とキスをしてしまった、と言う事実が今更になって鷹夜の胸を締め付け始めていたのだ。 だからこそ、好物であるはずの唐揚げが中々に胃に重いものになってしまっている。 「鷹夜くん?」 「ん?」 「美味しいね。鷹夜くんのお母さんの唐揚げ」 「、、うん」 芽依の幸せそうな顔に、鷹夜もふわりと笑って返す。 美味い事に変わりはないのだ。 ただ今は、芽依を騙しているような気すらして来て心が痛く、上手く平然を装えないだけで。 (芽依くんはどこまで考えてるだろう) 結婚は。 子供は。 家族には何て言う? 彼にその辺の事は聞いたことがなくて、鷹夜は少し悶々としていた。 容赦なくキスをしてくる男だが、どこまでを思い描いて自分を「好きだ」と言っているのだろう。 「お兄と竹内さんてただの友達なん?」 「え?」 芽依が風呂に入っている間、鷹夜の部屋に碧星が来ていた。 部屋の隅の本棚を眺めながら、借りに来た漫画を探している。 普段鷹夜がここにいないときは、無断で入って勝手に漁っているらしい。 碧星は26歳で、税理士事務所で働いている。 東京に行きたい等、上京に関する興味は全くなく、地元愛に溢れている人間だ。 「何だよ急に」 「さっき、堤防の上でチューしてたろ」 「ゲホッ、んぐッ!!」 「わ、きたね」 飲んでいた炭酸水のペットボトルをテーブルに置き、鷹夜はむせて治らなくなった咳を繰り返した。 「その反応はマジでしてたのね」 本棚を見ていた碧星は振り返り、呆れたようにカーペットの上に座っている鷹夜を見下ろした。 向こうはテーブルのそばに正座をしていて、ゲホッと音がするたびに背中ごと揺れている。 「夕飯だよ〜って海に呼びに行ったら坂の上からお兄達が見えてさ、明らかにチューしてるよなあ〜って思って、邪魔したら悪いから引き返した」 「いや、あの、アレはその、アオちゃんちょっと座って、兄ちゃんとこおいでお願いだから!!」 「やだよお」 「やだじゃないの!!」 「お兄怖いよ」 鷹夜の真っ赤になった顔を見て、碧星は何故だか可笑しそうに笑い、仕方ないな、と彼のそばまで行ってテーブルの向かいに座った。 兄弟2人でこうして話し込むのも久しぶりだ。 何せ鷹夜が実家に帰ってくる事は珍しい。 「アレには色々理由があってな、」 弁解しようと口を開くと、逆に碧星がテーブルに身を乗り出してくる。 「竹内さんはお兄が好きだよね?」 「んん"ッ」 そして的確に突いてくるのだ。 「恋してます〜!って顔、すごいしてるじゃん」 「何でそう言うの分かるの!?」 「見てれば分かるでしょ」 また呆れたような顔をした碧星はテーブルに頬杖をつき、至近距離からジーッと鷹夜を見つめる。 見つめられている鷹夜は冷や汗が止まらず、察しの良すぎる弟の発言に「えと、だから、あのな、えーと、」としどろもどろに、どうやって誤魔化そうかと頭をフル回転させていた。 「お兄ってそっちの人だったの?それとも日和さんと別れたから?お兄、男子校だったし、」 「ち、違う違う違う!!初めからそっちと言う訳でもないし、かと言って今そっちになってるのかと言うとそうでもなくてね、!!」 「いいなあ〜、俺、竹内メイが相手なら全然コロッと惚れる自信あるなあ〜」 慌てる鷹夜と違い、碧星はボソ、とそんな事を言った。 「えっ、、え?アオはそっち?」 「んーん。俺はあっちもこっちもそっちもないなって考えの人」 「あ、そなの」 「人間なんだから人間好きになるよね!分かる!ってだけ。俺、女の子のアイドルも好きだけど、男でイケメンも好きだし。でも今付き合ってるのは女の子だし」 確かに小さい頃から「まさかゲイ、、?」と疑いたくなるほど、碧星はイケメンが好きだった。 持って生まれた感性が強く反応するのがイケメンだったのだろう。 男子校での様々な経験や小さい頃からの碧星の存在があり、鷹夜は「ゲイ」「同性愛」、そう言ったものに偏見はあまりない。 言葉で分けてしまおうと言うのは悪い癖だ。 けれど、自分自身がそこに入るかもしれないと言う現状に、今更ながらにビビり始めてはいる。 「海でちゅーしてたお兄達、びっくりしたけど嫌とはではなかったよ。気持ち悪いとかもなかった。あー、好きなんだなあって思っただけ」 「そうなんだよなあ、、芽依くん、俺のこと好きなんだよなあ」 「あはは!何それ惚気!?いいなあいいなあ〜、竹内メイに愛されるとかドラマじゃん、最高じゃん」 「そうなんだよお〜〜〜」 「そうだ」と言いつつも、言葉に似合わず鷹夜は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。 盛大に惚気が始まると思っていた碧星はびっくりしてそれを見つめ、こちらに向けられた脳天より少し後ろにあるつむじをツンツンと突く。 「付き合ってんの?」 「付き合ってない」 「え!?チューしてんのに!?何その汚れた関係!!」 「うっ、、分かってるよ俺だって、ちゃんと答えなきゃ悪いよなーって思って考えてんの」 はあ、とため息をついた。 考えてみたら、初めて人に芽依との事を話している気がした。

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