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第105話「気持ちの整理②」

「お悩みなんだね、お兄」 やたらと遅いな、と思ったら、芽依は1階の居間で父、母、柚月、秀の晩酌に捕まったらしい。 一度1階に降りて飲みかけの自分のコーヒーと鷹夜の分をマグカップに入れて、碧星は再び鷹夜の部屋に帰ってくるなり教えてくれた。 ついでに芽依を少し捕まえておいて欲しいと柚月に頼んできたと言う。 「ありがとう。悩んでると言うか、、急に好きだと言われたのもあって色々追いつかないんだよね。考えが」 暖かいコーヒーの入ったカップを受け取り、ふぅ、と息を吹きかけてからひと口飲む。 カフェでバイトしていた経験もあり、碧星の淹れるコーヒーは中々に美味かった。 「ふうん。お兄は竹内さんを好きなの?」 「んー、、好きにはなれると思う。でも、結婚とか子供とか色々諦める事になるだろ。男と付き合ってるって周りにバレたらって言うのもあるし」 「会社辞めさせられるとかもあるもんね」 コト、と同時にテーブルにマグカップを置いた。 時刻は20時を過ぎている。 「、、芽依くんがどこまで考えてるのかよく分からない。格好いいし優しいし、俺じゃなくてもいいのになーって思う」 鷹夜はマグカップの中の深い茶色を見つめていた。 「さっきそれ言ったら、俺がいいんだって言い返されたけど」 「おー、熱烈。んー、そうなあ。お兄っていつまであの会社にいるの?」 碧星は頬杖を外し、テーブルに顎を乗せて鷹夜を見上げた。 「え?んー、それも迷ってはいる」 「じゃあ同性愛してるって周りにバレて会社辞めても問題なくね?遅かれ早かれ辞めるなら。受け入れてくれる会社入れば良いし」 「簡単に言うなよ」 「でも実際そうじゃん。構わないよ〜ってとこも絶対あるし」 「まあ、そうだけど」 雨宮家はごくごく一般的な家庭だ。 父親、母親、自分、妹、弟、それから祖父母がいたが、何年か前に祖父が他界している。 祖父は木工所の社長を務めていた、厳しくて格好の良い人だった。 「じゃあ仕事の件はクリア。次は?友達?」 「、、友達はー、こっちにいる奴らにはバレようがないし、大体あんまり会わないし。地方行っちゃった大学の奴らも連絡してくるけど家庭ある奴もいてやっぱ会わないし」 「会社には友達いないの?」 「駒井とか他の部署のやつかな。駒井はなあ、、奥さんがBLもイケる人だから毒されてそう」 「イケるんじゃん。大体さ、そこ差別する人間と友達でいたくないよね」 「んー、一理ある」 碧星も鷹夜に似て随分しっかりした、良い意味で我の強い人間だった。 考え方は兄妹3人で各々だが、一貫してきちんと自分と言うものがあり、依存やら何やらとは無縁だ。 嫌いなものは嫌いだしいらない。 好きなものは好き。 そこがハッキリしている。 「あとは?」 「、、柚月に赤ちゃんができたから、母ちゃんも父ちゃんも、1人は孫の顔を見れるってことだよね」 「うん」 「孫見せたいと思ってたけど、それは柚月が叶えてくれる」 鷹夜はまたコーヒーを飲んだ。 「だから母ちゃん父ちゃんが今更俺が男が好きって言っても気にしないとは思うんだけど、周りの目がさ、やっぱ気になるなあってさ」 「別に、独り身って言っときゃあいいじゃん。向かいの坂本さんも、後ろの戸田さんもその後ろの塚本さん家も、みーんな40過ぎの息子さんたち独り身だよ?」 「え、そうなの?」 「そだよ。そんなもん田舎にはたくさんいます。ゲイって公表しないといけない訳じゃないんだから、結婚まだです〜ってずっと言っときゃいいだけじゃね?」 「た、確かに」 コーヒーは温かいと言っても、ぬるいくらいの温度をしていた。 「あとは?」 「、、あと、は」 あとは何だろう。 今ゆっくり考えてみると、保身以外はあまり迷う部分がない。 もし途中で別れても芽依なら鷹夜以外の人間ともすぐに出会えるし付き合える。 鷹夜が彼の人生をめちゃくちゃにしたくないと言ったが、めちゃくちゃになりようがない人生を送ってもいる。 あくまでバレなければだが。 やはり問題は自分の事だ。 (芽依くんと別れた後に、俺はまた誰かと付き合ったりできるだろうか?) ずっと頭の中にある問題だが、別れる前提で付き合おうかどうかを迷っているのも何となく悲しい。 ただそんな問題も、ここに戻ってきて家族と過ごしたからか割と薄くなってきていた。 永遠にいてくれる訳ではないけれど、鷹夜には確実に当分の間は帰ってこられる場所と、家族がいて、彼らは何があっても自分を拒絶はしない。 日和にプロポーズを断られてもそうだったように。 そして何より、ここでもう一度考えてみよう。 (プロポーズ断られてる男があと怖がるものってなんだ、、?) 10年、芽依と付き合って、芽依と別れてたとして、鷹夜はそのとき40歳だ。 周りの家にだって40歳を越しても独り身の人はたくさんいるらしいし、40歳になっても独り身と言うのを気にするのは自分くらいなのかもしれない。 ただただ苦しみながら働いて10年間を過ごす訳でもないのだ。 もし、別れたとしても。 そこにはちゃんと感情の詰まった、中身のある芽依との10年間が存在している。 (何もかも今更、か) 芽依の人生を無茶苦茶にしたくないと言った彼ではあったが、元々、鷹夜を選んだのは芽依自身だ。 鷹夜が自分の行動全てに自分で責任を持つように、彼自身も責任を持つ覚悟があるのだろう。 告白のときに、芽依はハッキリと言ったのだから。 『俺、もう鷹夜くんに頼る気はない。1人の人間として、社会人として自分の脚で立つ。ぐだぐだ甘えるのはもうやめる!!』 彼の職業が何だろうと、それは彼が責任を持つ事で、今更鷹夜がカバーしたりフォローしたりするものではない。 鷹夜が彼に自分の仕事の事で迷惑をかけないように勤めるのと同じように、芽依もまた、鷹夜に自分の仕事の責任を負わせる気はない。 だったら、あとは何が問題なんだろうか。 「、、あとは、」 「んー」 鷹夜はいっそう不穏な顔つきをした。 「ケツ、だよな」 「分かる。それだよね」 兄弟は顔を見合わせた。 「どう考えても俺が掘られると思う。だって天下の竹内メイを掘る自信ない。でも俺が掘られる自信もない」 「ふはっ!なにそれ!」 兄の緊迫した顔に、思わず碧星は吹き出して笑った。 2人共、コーヒーは全部飲んでしまった。 「笑っちゃいそうじゃんか!!お尻触らんで、って爆笑しそう、恥ずかしさ故に、、」 「あ〜〜、お兄って雰囲気ぶち壊し魔人だもんね」 「どーーーーしよ」 鷹夜はまた頭を抱えた。

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