118 / 142
第118話「大問題」
鷹夜は乳首が感じないと言う壁にぶち当たってから1ヶ月。
季節は秋の始め、9月になっていた。
「、、、また会えない?」
忙しい日常に戻った2人は、改めてお盆休みを共に過ごして良かったと実感していた。
何故ならあの日から今日までの約1ヶ月間、2人は全く会えていないのだ。
芽依のドラマの撮影は終盤に差し掛かり、鷹夜は抱えていた案件が一気に色々と決定して大きく進み始め、後輩達の面倒を見ながら残業をこなす日々。
連絡は毎日取り合うものの、たまにその日の最後に「ごめんもう寝る」とだけ鷹夜から芽依へメッセージを送るような日すらあった。
「なぁーーんでだよお〜〜!!」
「ぷぷぷ〜!竹内さん、彼氏にガチギレ?」
「遥香、そう言うのやめなさい」
ロケ撮影中の芽依は、彼らの役が勤めている設定のオフィスに来ていた。
今日は何個か部屋が取れて別々の楽屋に入っていた筈なのだが、結局、人懐こい松本が恋人である片菊を連れて芽依の楽屋部屋を訪れ、ずっと居座っている状況だ。
芽依と鷹夜の事情を全て話したこの2人と芽依は、瞬く間に仲良し3人組になっていた。
「メイくん、そのタカヤさんって人の仕事っていつもそんなに忙しいの?」
「んー、たまーに定時で帰ってくるけどほとんどこんなもん。休みの日も寝てて連絡取れないし、本当に身体壊しそうでいやなんだよね」
[ごめん、週末寝させてくれ]
「、、、」
鷹夜がお昼休みに送って来たのだろうそんなメッセージを見つめて、芽依は重たく大きなため息をまた吐き出した。
一緒に住んでしまえば会えないうんぬんかんぬんの話しはなくなるのだが、ここのところ2人で話し合って決めた「恋人ルール」的には、お互いが合意しなければ同棲はありえない。
そして、鷹夜は同棲を容認してくれていないのだった。
(同棲しちゃえばいいのに)
芽依的には何の問題もない。
鷹夜も別段、芽依と暮らすのが嫌だとか彼が芸能人だからとかで拒絶している訳ではない。
問題は金だ。
(俺が引っ越せばいいのかな、、いや、ダメか)
鷹夜の家に芽依が転がり込むわけにはいかない。
防犯機能が弱く、住んでいる階も低い為、少し無茶すれば部屋に侵入される可能性があり、何より車を置ける地下の駐車場がない。
車の乗り降りを見られない地下駐車場と言うのは便利であり、記者に邪魔されない日常を確保できる貴重な場だ。
だからと言って鷹夜が芽依の家に来るのもまた無理だ。
芽依的には月家賃23万は自分で払える為、彼にそんなものを求める訳がないのだが、真面目な鷹夜は絶対に半分は払おうとする。
半分と言うと11.5万。11万5千円だ。
鷹夜が今使っている部屋は7万6千円。
倍とまではいかないにしろ、金額に差がありすぎる。
これを毎月と言うのは鷹夜的には無理だ。
(一緒に住みたい、、彼氏とずっと一緒にいたいとか当たり前じゃん。家賃どうでもいいから俺の家に来てくれないかなあ。でも鷹夜くんそう言うの嫌だよなあ。好き。そう言う律儀できちんとしたいって思うところも大好き。あーーー、でもえっちもしたいんだよね、俺。こないだは乳首感じないって言うのが妙に鷹夜くんのツボに入っちゃってずーっと笑って結局穴も何も舐めれなかったし)
もんもんと1人で楽屋の椅子に座って考え続ける芽依を、松本と片菊は不審な目で見つめて微笑んでおいた。
(相当悩んでるなあ、会えないこと)
(メイくんファイト。夢は叶うよ)
そして勝手に彼の楽屋に置いてあったポットでお茶を淹れ始めた。
「、、、」
「雨宮さん何見てんすか?」
「わぁあッ!!」
「?」
芽依に「週末寝させてくれ」とメッセージを送ってから数分後。
鷹夜はここ1ヶ月あまりずっと調べ続けている言葉をまた検索エンジンに入れていた。
[乳首 開発 感度]
検索履歴には「乳首」「開発」「感度」「男の乳首」「感じるようになるには」「感度の上げ方」「オナトレ」等、とてもではないが三十路を迎えた男が綴るべきではない言葉が並んでいる。
最近見つけたそう言った方面の調教師のブログを読んでいた鷹夜は、後ろから今田に画面を覗き込まれそうになって思わずバン!!と携帯電話の画面をテーブルに伏せた。
「?」
いつもの休憩室にいた数人の社員がこちらを向く。
呆れた駒井はまた彼らに「何でもないそっち向け」と手を振り、鷹夜の方を向いてため息を漏らした。
「最近そう言う反応多いよな〜?エロサイトでも見てんの?家でしなさいよ。面白いけどよ」
「見てねえよ!!」
「じゃあ何で毎回驚くのよ」
実際、駒井が言っている通り鷹夜が見ているのはある種のエロサイトだ。
昼休憩で集まった鷹夜、駒井、今田の3人は最近近くのビルの目の前の広場によく来るキッチンカーのカレーをそれぞれ買ってきて食べている。
瑠璃が寝坊して弁当がなかったらしい駒井は中辛のバターチキンカレー。
鷹夜は辛口の同じもの。今田は甘口で欧風ビーフカレーだ。
「雨宮さん最近悩んでますよね。それについて調べてます?」
「あ、分かった。禿げてきたんだろ!上野さんに怒られ過ぎてストレス過多で!」
「禿げてねーよ!!言っとくけどうちは父方も母方も禿げない家系だからな!」
「またまたあ。お前から禿げ家系になるかもよお。ストレスで」
クックックッと悪びれて笑う駒井を睨み付け、鷹夜はそっと持ち上げた携帯電話の画面からブログを消した。
「前田」と言う管理者が書いているそのブログはゲイ向けの様々なレッスン、いわゆる感度を上げる為のあれこれや、後ろの穴の構造、前立腺の位置、どう締めれば挿入している側が感じるのか、オススメの体位、アナルグッズ。
そんなものの情報がどっさりと書き込まれている。
ちなみに、前田と言う管理者にも同棲のパートナーKさんと言う歳上の恋人がいて、高校生の頃から付き合っている彼に前田本人が様々な開発を施してきたらしい。
ブログは2年程前から始めているようだが、ネタの多さ的に高校の頃から書き溜めていたのではないかという程に情報が溢れている。
(パートナーに性器を触って貰いながら同時に乳首を攻めてもらうのが1番リラックスでき、感度が高まる近道、、、)
先程まで読んでいたブログの内容を思い出し、鷹夜は下唇を噛んだ。
つまりは芽依に扱いてもらいながら、乳首を吸ってもらうのが1番感度が上がるらしい。
自主トレとしてオススメは鏡の前で乳首をいじり、感じている顔を作ることだそうだ。
「自分は感じている」「乳首を触られてこんな顔をする」「女の子みたいになる」等、視覚的に自分は感じるのだと思い込むところから入るのも大事なんだそうだ。
(いやいやいや、キモい。無理、キモ過ぎる)
実は昨日の夜に疲れてよく分からなくなった勢いとノリで洗面台の鏡の前で致してみたが、まったく何も感じなかった。
ただ無心で乳首をいじる自分を見て、「キモ」としか感想が出てこず、すぐにやめてしまったのだ。
(あとは確か、、あ、そうだ。授乳プレイ)
これは自分の中の父性に訴えかけ、赤ん坊の真似をするパートナーに乳首を吸ってもらい、あやす事で父性から母性を引き出し、やはり女性のように乳首で感じてもいいのだと頭に教え込むらしい。
だが現実的に考えて、あの2メートル近い大きさの男を赤ん坊と思うのがまず難しかった。
(ダメだ、、どうしたらいいんだ、この乳首問題)
最近はアダルトグッズで乳首を吸う機械もあるらしいが、そんなものをどこでどうやって買えばいいのか分からない。
ネットで頼んだところでもし間違えて「アダルトグッズ◯◯」と伝票に表示されたら終わりだ。
それをコンビニ受け取りにしていたら近場のコンビニ店員に「あの人こないだすっごい名前のアダルトグッズ買ってたんだよ。変態だよ」などと言われかねない。
そんなマイナス思考を発動させて頭を抱え、鷹夜は自分の分のカレーを見下ろした。
(乳首、どうにかしないと)
1ヶ月前の芽依のショックを受けていた顔が忘れられない。
乳首が感じない程度で!と大笑いしてしまったが、芽依にとっては大問題だったらしいのだ。
キュッと胸が苦しくなりながら、鷹夜はカレーに手をつけた。
ともだちにシェアしよう!