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第132話「幸せな人生におかえり」

「鷹夜くんのひと口ちょーだい」 「ん」 寝る前のアイスは最高だった。 ポテチは食べ終わり、冷凍庫から芽依が取ってきてくれた冷たいそれを舐めていた鷹夜は傾けて芽依の口元に寄せる。 芽依は棒が刺さった平たいソーダ味のアイスで、食感はザクザクしている。 鷹夜が食べているのは、コーンの上に渦を巻いたバニラ味のアイスが乗り、そこにチョコレートソースとたっぷりのアーモンドがトッピングされている。 無論、鷹夜のアイスの方が値段が高い。 「ん!んま〜!」 「美味いだろ〜」 「俺のもいる?」 「ん」 ガリッとかじると、鷹夜の口の中に爽やかなソーダ味が広がった。 「んま」 「ね」 芽依は2人だけのこの穏やかでのんびりした夜が好きだった。 もちろん泰清達と騒ぐ夜も、松本達と飲みに行く夜も好きだが、やはり鷹夜といるのは別格だ。 無理しなくて良い。 どんな自分でも良い。 甘えても、ふざけても、険悪になっても気まずくなっても、どうしようもなく幸せでも、鷹夜はそこにいてくれる。 「、、鷹夜くん」 「ん?」 「えっちの話しなんだけど、今日、指入れたのは嫌じゃなかった?」 「ん、、うん。気持ち良かったし、恥ずかしいけど嫌ではない」 「そっか。良かった」 アイスを頬張る鷹夜を「可愛いなあ」と見つめつつ、少し心配だった芽依は鷹夜にそれを聞いた。 デリケートな話しだが、お互い男同士と言うのが初めてで不自由な分、こうして意識して感想やら意見を共有した方が何かと良い。 「、、そうやって聞いてくれると助かる」 「え?」 鷹夜もそうだった。 カリッと音がして、鷹夜はアイスのコーンに齧り付いた。 「僕たちはまだ人間のまま」は観終わって、今度はテキトーに選んだ海外の街や村を紹介する少し静かな番組を眺めている。 BGMも穏やかで落ち着くゆったりとしたものだ。 トン、と鷹夜がソファに寄り掛かった。 「悪いんだけど尻に何か入れるとか初めてだから。何かする前とかした後に、こうやって話せると、助かる。まあ俺は結構恥ずかしいんだけど、、でも話しておいた方が、今日みたいな誤解や勘違いが起きない訳だし」 彼は少し眠そうで、たまに長く目を閉じてはまた開いてアイスを食べている。 「これからも、セックスのこと以外もこうやってゆっくり話し合える時間があった方がいいな、と思った。最近あんまり連絡取れてないこととか」 「確かに、、俺としては結構寂しくて辛かった」 「ん。俺も」 「え、」 それは意外な言葉で、芽依は思わず鷹夜の顔をまじまじと見てしまった。 見たところで返ってくるのは少し眠そうなとろんとした視線なのだが、それでも構わなかった。 大人、と言う言葉で片付けるには素っ気なさ過ぎる程、鷹夜はドライな部分がある。 仕方ないと割り切った事は、芽依のように掘り返したり問い詰めたり、諦めずにもがいたりと言うのが少ないのだ。 ここ最近、1ヶ月ほど会えなかった事に関しても、芽依は鷹夜なら「仕方ない。仕事だ」で終わりだと思っていたのだ。 「寂しくて辛かった」への共感なんて得られないだろうと。 「俺も寂しかった。会いたかった。あと、乳首と尻の自主トレ疲れた」 「ちっ!!くび、とお尻の、自主トレは意外過ぎて、正直めちゃくちゃ嬉しい」 「あっそ」 この辺の反応は照れ隠しも込められた素っ気なさだ。 「お互いに仕事忙しいのは分かるんだけど、やっぱ、出来る限りは会いたいなあ」 食べ終わったアイスの棒をテーブルの上の空になったポテチの袋にヒョイと入れ、芽依も鷹夜のようにソファに寄り掛かって脚を伸ばした。 こうして比べると長さがだいぶ違う。 「んー、、今忙しいから、もう少し落ち着いたら、一瞬に住むとか考えようか」 「いいの?」 何だか今日は鷹夜のガードが緩い。 一緒に住むなんて話しは彼からは出ないだろうと思っていた芽依は、あまりにも嬉しくて胸が騒いだ。 鷹夜は鷹夜なりに芽依を好きで、彼を想い、慣れないながらも「愛してる」と表現しようとしているのだろう。 芽依の考えに添い、自分に無理のない範囲だと判断して口にした「同棲」と言う言葉は重たく、何より思いやりと愛が詰まっていて、芽依は少し泣きそうになった。 「俺も芽依といたいから」 テレビを見ていた鷹夜はゆっくり芽依の方を向き、優しく笑ってそう言った。 「まあ落ち着いたらだから、先になると思う。確約できなくてごめん」 「全然いいよ。鷹夜くんの気持ちが知れただけでいい」 充分過ぎる優しさと彼自身の想いに、芽依は泣きそうになりながら鷹夜を抱き寄せた。 スン、と匂いを嗅ぐと自分も使った筈の同じシャンプーの匂いが、妙に甘く香った。 「俺、鷹夜くんの恋人になれたんだね」 「そうだよ。何言ってんの」 「嬉しいなあ。こんな幸せでいいのかな」 芽依が擦り寄ると、鷹夜は困ったように笑いながら首筋の匂いを嗅ぎ始めた芽依の頭をワシワシと撫でる。 鷹夜からしても、彼の髪の香りはやたらと良い匂いに思えるのだから不思議だ。 「いいんだよ。人から嫌なことされたり、人生ってつまいないって思ってるときがおかしいんだから。幸せな時間を多く感じられてるのが正常な人生」 「名言過ぎる」 「だろ」 お互いに言えた話しだった。 芽依はスキャンダル後のドン底をずっと歩いていて、とうとう人に嫌がらせをして鬱憤を晴らし始めた矢先に鷹夜と出会い、人生が変わった。 鷹夜はプロポーズを断られ、嫌なことだらけの会社で働き続けて自分の人生を見失いかけていた矢先、芽依と言う人間と出会い、何気ない日常の大切さが蘇った。 アプリを始めなかったら。 芽依がMEIでなければ。 鷹夜が会社で働いていなければ。 お互いに出会う訳がなかったのだ。 「あ、そうか。芽依、おかえり」 「え?」 突然、何かを思い付いた鷹夜は芽依から身体を離し、彼の顔を真っ直ぐ見つめてそう言った。 「俺たち、お互いに人生のめちゃくちゃ嫌で鬱みたいな時期に出会っただろ」 「確かに。鬱だったなあ、あの時期」 「だから、」 芽依はこうやって、鷹夜が弱ったように優しく笑う瞬間が好きだ。 「幸せな人生に戻ってきたから、おかえり」 誰かを、特に恋人を失ったり、恋人に裏切られたりする辛さを2人とも知っている。 鷹夜は諦めずに前を向いて良かったと思った。 芽依は不貞腐れて拗ねて終わりそうだった時期に、鷹夜を信じようと決めて良かったと思った。 誰よりも、自分自身がまだ「この人といたい」と思える人間に出逢おうともがける力を持っていて良かった、と思った。 人生のドン底は、確かにあのとき終わったのだ。 出会って初めての瞬間、かすみ草と薔薇の花を持ち寄った出会いのときに。 「、、好き」 「は?」 「好き!!抱いて!!」 「うわあッ!!」 格好つけている訳ではない。 けれど、鷹夜が自然と口にしてくれるこう言ったひと言に、芽依は自分でも驚く程彼に対してときめいてしまう。 「ありがとう!カッコ悪い俺でも好きになってくれて、ありがとう!!」 「んー、重い。お前デカいんだから体重かけないでよ、、どういたしまして。カッコ悪い小野田芽依くん」 アイスを食べ終わっていて良かった。 鷹夜は芽依に抱きつかれて体重をかけられ、抵抗できずに後ろに倒れてしまったのだ。 テレビの音が小さく部屋に響いている。 のしかかる芽依の体重は重たいのだが、やはりどこか心地良く、肌から伝わる彼の鼓動は、どこか愛しくなるものだった。 (安心する、、) 芽依の広い背中に手を回し、ぎゅ、と抱きしめ返すと、鷹夜はふぅ、と息をついた。 「好きだよ、鷹夜くん」 「ん、、俺も芽依が好きだよ」 今なら、何でもできる気がした。 鷹夜がいれば、良い方向に転ぶ気がした。 彼がいる限り、芽依が生きるのは幸せな人生なのだから。

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