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第133話「コーヒーはまだ飲めない」

「良かった!!やってくれるんだね、メイッッ!!!」 社長・黒田の大声に、芽依と中谷は揃って耳を手でふさぎ、死んだような目をして彼を見つめた。 芸能プロダクション・株式会社黒田エンタテインメント事務所の社長室にて、3人はそれぞれ黒い皮張りのソファに座っている。 目の前に出ているのは、先程中谷が淹れたインスタントのコーヒーの入ったカップだ。 ちなみに、芽依は既にシロップとミルクを大量に入れてカフェオレにしている。 「やるけど条件出していいですか」 「やったー!良かったーー!!って、何その死んだ目。やめてよ、中谷まで何してるのやめてよ。俺今ほんとに嬉しいの。分かる?メイが歌ってくれるんだよ?分かる?」 「分かりましたから、メイの話しを聞いてあげてください、社長」 「あ!!そうだったね!いいよどうぞ何でもOKだよ!!」 1ヶ月ほど前に話していた、ソロ・竹内メイとしての新曲を出そうと言う話しの返事を、芽依は今やっと返した。 9月中頃。 そろそろドラマの撮影は終わりになり、少し時間をおいてから映画の撮影に入る。 芽依が主演を務めた「僕たちはまだ人間のまま」は、原作人気の勢いも後押しとなり、また芽依が原作者・結城一三との対談インタビューで彼女と意気投合した事もあり、特別に映画版のストーリーを書き下ろしてもらえる事になって映画化が決まった。 視聴率も中々良く、これを機に竹内メイ完全復活を果たそうと事務所側も力を入れている。 「ここで1回新曲発表。で、映画は来年の年明け前に公開になるだろうから、それに合わせてもう一曲作る。主題歌にしてもらえる話しは取ったから!」 「え、すご!」 「すごいだろー!監督がね、星降る丘に、の八重元(やえもと)監督なんだよ!メイくんが出るならって企画に参加してくれたんだ!」 「ええっ!?いいの!?」 八重元千聖(やえもとちひろ)は芽依、泰清、荘次郎がまだまだ新人の頃に出演した「星降る丘に」と言う映画の監督も務めた女性だ。 「ラブコメ実写化の巨匠」として今では名高く、邦画では名の知れた人物である。 世の女性達がときめくシーンを的確に見極め、様々な撮り方、演出でいくつもの少女漫画の名シーンを実写で映してきた。 「やば、、と言うか久々、すご」 「すごいだろ〜!頑張ろうな。中谷と一緒にサポートするから」 「あ、うん」 自分よりも黒田の方が喜んでいるのを見て、芽依はクス、と小さく笑ってしまった。 随分長い間心配と迷惑をかけてしまっていた為、彼がこうやって喜んでくれるのは芽依としても嬉しい事だ。 中谷も映画化の話しを持って来たときは興奮気味で、彼女もまたずっと自分を見てくれているのだなと、芽依は改めて2人に感謝をした。 期待に応えよう。 鷹夜と言う1番強い味方がそばにいてくれる今、芽依は自分なら何でもできると心の底から思う事ができている。 今なら歌える。 今歌えればきっと、いつかもう一度あの眩しいコンサートのステージに1人で立つ事ができる。 彼にはそう思えていた。 「で、条件て何かな?」 「あ、うん。あのね、歌詞、俺が作りたいんだけど」 「えっ?」 予想できていなかっただろう。 BrightesTのときですら、芽依は歌詞なんて書いた事がなかったのだ。 その辺は器用なジェンの方が得意としていて、彼は何度か作詞も作曲もしている。 芽依はどちらかと言えばトーク力と演技力に優れていた為、事務所側も無理矢理にはやらせなかったのだ。 「実はそう言おうと思ってもう考えて来てて」 「え、え!?もうあるの!?見ていいのか!?」 ガタンッ 「いったあ!!」 あまりに急な事態に、黒田は焦って立ち上がり、鞄を漁り出した芽依に手を伸ばそうとして脛をローテーブルにぶつけた。 「社長、落ち着いて下さい」 「中谷はっ聞いてたのかい!?」 「いえ初めて聞きました」 中谷は黒田に落ち着くよう促しているが、彼女も彼女で手が震えている。 どこに置いたら良いか分からなくなっているらしく、肉食恐竜のように手を構えたまま左を向いたり右を向いたりと落ち着かない。 2人はある一点を心配しているのだ。 芽依の歌詞作成能力についての心配だ。 (メイのことだ。絶対に小学生みたいな歌詞だ。響け俺の歌声!とか、あの日の夕陽に乾杯、とかレッツゴーどうのこうの、とか。と言うかどう言う曲にしようとか話し合ってないぞ、いいのか?ここで歌詞出させてこれで行くね!って即答は絶対できない。でもメイがせっかくやる気なのに、どうしたらいいんだこれは!!) (まずい。メイはBrightesTの周年記念とかだってふざけたのか?ってくらい馬鹿な文章をジェンへのお手紙として読んで話題になったのに、まさかこの心機一転って言うときにすっ転ぶような歌詞並べる気!?まずい、これは避けないと、、!) 2人の心境はこうである。 「はい、これ」 リュックから出した封筒を黒田の目の前に出すと、芽依は少し不機嫌そうな、恥ずかしそうな難しい表情をした。 対して、黒田は生唾を飲み込み無理矢理に笑顔を作ってそれを受け取ろうと手を伸ばす。 「う、うん。じゃあ、」 「あのさ、俺、馬鹿って言うのはよく分かってるし、曲の打ち合わせも何もしてないのにって思うかもしれないけど、結構真剣に書いたんだ」 黒田の手にそれが渡る前に、芽依は声のトーンを下げてそう言った。 「え?」 「だから、ダメならダメでまた頑張るから、今回はダメだったよって言って。どこがダメだったのかも教えてほしい」 「あ、、うん。分かった」 心配はあるものの、芽依の言葉を聞いて黒田はフッと表情を変えた。 以前はおちゃらけて説教もまともに聞こうとしなかった彼が真剣に話す顔を見て、こちらもそれなりに受け止めようと思ったらしい。 茶色の封筒を手に取った。 「一応、何か、、ラブソングって言うのか分かんないけど、そう言うのにしといた。恥ずかしいから俺が帰ってから見て」 「うん」 ちょうど、そう言う歌にしないかと言おうと思っていた。 もしかしたらもしかするぞ、と黒田は封筒の口を開こうと指をかける。 「だあかあらあ!恥ずかしいっつってんでしょ!!帰ってから開けてよ!!」 「あ、そうだった。ごめんごめん」 へらへらと黒田が笑い、封筒を一度テーブルの上に置く。 まさかの展開についていけていない彼らと違い、芽依はリュックのチャックをきちんと閉じると立ち上がり、背負って2人を見下ろした。 「じゃ、帰ります。本当にダメだったら言って。いつかのためにまた書くから」 「うん」 「あと中谷。変な女に捕まってないから心配しないでね。ラブソングって言うか、、何か、もう一回頑張るよ、みたいな、曲だから、これ」 「あ、、うん」 むず痒そうな顔をしてそれだけ言い残し、芽依は部屋のドアへ向かった。 「お疲れ様でした。失礼しました」 「お疲れー」 「お疲れ様」 バタン、とドアが閉じる。 その瞬間に中谷はサッと立ち上がって黒田の隣にドスンと座り、彼が茶封筒を開けるのを待つ。 「ひょっとしたりしてね」 「ですね」 テープが貼られた口を丁寧に剥がして開けると、A4サイズの白い紙が三つ折りで入っていた。 中から取り出すと、紙には小さな付箋が付いている。 [ヘタでごめんなさい] ひと言、それだけだったが、彼の真剣さや緊張感が伝わって来て、2人は思わずニコッと笑い合った。 「あ、、」 そして、A4の紙に書かれた言葉を何度も読み返しながら、2人はゆっくりとコーヒーを飲んだ。

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