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第134話「お互いの存在がある日常」
「雨宮、お前何か落ち着いたよな」
「んー?」
ドラマの続きをいつ見るか、と芽依と連絡を取っていた鷹夜は、昼休みのいつもの休憩室で、テーブルの向かいの席に座っている駒井にそう言われ、気怠げに視線だけを彼に向けた。
「いつだっけ?彼女欲しいって言ってたの。最近言わねえからさ」
「そうだっけ?んー、まあできるときにできるし、できないときゃ無理せんでも、って思うようになった」
「あ、そーなん」
日和と別れてからいつもどこか切羽詰まったような表情をしていたそれがなくなった鷹夜を、駒井は不思議そうに眺めている。
会社の休憩室の中はいつも通り、部屋の前方にある大型テレビの周りにゴロゴロと色んな部署の若手が集まってそれを見ている。
「昼レギュラー!」の放送時間だ。
今田は朝買い忘れた昼飯を買いに行っていていない。
別段禁止されているわけではないので、油島は1人で食べたいときはオフィスに残って自分の机で食べている。
今日もいないので、多分あちらで昼食を取る事にしたのだろう。
「羽瀬さん外回り?」
「そ。また奥さん出てったって落ち込んでた」
「それを日常にするなよ、、今度は何したの」
「パチンコ」
「やめろっつーのに」
駒井はまたキャラクターものの弁当箱につめられた、彩りをあまり気にされていない茶色だらけの中身をつついている。
申し訳程度に入っている緑のはブロッコリーだろう。
「なあ、あの、友達ってどうなった?」
「え?」
記憶力がいいな、と思ってしまった。
「ほらアプリの、会いに行ったら男だったって言う」
唐突に芽依の話しをされ、鷹夜は一瞬動きが止まる。
手元にある味噌汁のカップを倒さないように意識しながら、テーブルに乗っけていた上半身を起こした。
「ああ、、うーんと。友達に戻った」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。俺がどうのこうの言うより、何か本人がすごい反省してて、めちゃくちゃ気遣いになったし。前より一緒に遊びやすい」
「ふーん、、まあ変なやつかもしれないから気を付けろよ」
「ん」
気を付けろと言われても、現在その男が鷹夜の恋人になってしまっている。
駒井の察しの良さは時たま異常に発達するので、まさか気付かれているのか?と思いつつも、鷹夜はこれだけは話すわけにはいかない、と口を閉ざした。
芽依の事が知れれば絶対に会わせろと言われる。
しかし会わせる事などできない。
相手は俳優の竹内メイでもあるのだ。
鷹夜は手を伸ばし、買ってきたおにぎりの2つ目、鮭が入っている方のビニールの包装を開ける。
(いつか駒井には話せたらいいなあ)
ぼんやりとそう思った。
「午前中に上野さんに怒られてたのは何だったん」
「え?あー、見てたの。現場で休憩多すぎるんじゃないかって。こないだ見に来てたから」
その話題に関してはため息しか出なかった。
いつも通り不機嫌な声で周りに人がいる中呼び出され、会議室に連れ込まれ、座らされ、ぐずぐずと説教を1時間半はされた。
おかげでまた仕事の進みが良くない。
「休憩じゃなくて違う仕事の人から連絡来て受けてただけなんだけど。何か、現場にいるならその現場ひとつに集中しないと命落とすぞとか言われた」
「本当に何なんだあの人、、」
「んー、、まあいいよ。いつか辞めるから」
「え?」
鷹夜は先日芽依に言われた事を思い出し、ほんのりと笑った。
「いつか辞めるから、ここ」
「、、、」
ほとんどの同期達が辞めていった中で、鷹夜と駒井は支え合いながらこの会社で生き残ってきた。
そんな相棒とも言える相手の「辞める」と言う言葉に寂しさと驚きを覚えつつも、ずっとここにいる気だろうか。ずっとあの上司の下でつまらなそうに仕事する気だろうか。と心配していた駒井は、鷹夜のその言葉にどこか安心した。
仕事してるだけの人間ではなくなったんだな、と。
「お前が辞めたら、俺も辞めるかもなあ」
鷹夜の柔らかい表情に、駒井は「誰か」がいるのだと察しがついた。
話してもらえない事については少し寂しいが、けれど、彼が誰にも触らせない「誰か」を作ったのなら、その人が逃げ道になってくれているのだろうと思った。
それが最近の鷹夜の心の余裕に繋がっているのだろうと。
「そう?辞めてどーすんの」
「実家継ぐ」
「マジかあ」
それもいいかもしれないな、と鷹夜はニッと笑った。
「久しぶり」
「こんにちは?、え、あ、ごめん気付かなかった。七菜香ちゃんか。久しぶり」
芽依の目の前に現れたのは、初体験の相手、高校2年生のときに付き合った初めての彼女であった、真城七菜香(ましろななか)だった。
「めっちゃ綺麗になったね!あ、前も綺麗だったけど」
出会った頃から今まで大ヒット作には出た事がないが、細々でも女優を続けて生き残っている。
深夜ドラマへの出演が多く、最近は段々と世間にも顔が知られるようになってきていた。
「ふふ、ありがと。相変わらずデカいね、背が」
「んー、たまにドアの上とかにおでこぶつける。まだ」
2人は笑い合った。
芽依が所属する「僕たちはまだ人間のまま」チームと、彼女が所属する深夜ドラマ「世間からはズレた恋愛」チームは、今日、これから撮影に入るバラエティ番組で様々なスポーツゲームで対戦するのだ。
芽依がそろそろ色んな楽屋を回って挨拶に行こうとしていたよりも先に、彼女が楽屋に来てくれた。
衣装に着替える前のようで、白い可憐なワンピース姿をしている。
「ちょっと話してもいい?」
「ん、5分くらいなら。俺、挨拶早めに行きたくて」
「あ、そうだよね。分かった」
彼女と芽依は別れた2人であるにも関わらず、これと言っていがみ合う事はなく、淡々と話す。
この2人は別れ方が嫌な形ではなく、きっと過ごしていくうちに新しい人と付き合いたくなるから別れよう、と若気の至りを充分考慮して快くお互いに「さよなら」を言い合ったので、連絡は取り合ったりしないものの、関係は良好なままだった。
「スキャンダル起きてからめちゃくちゃ心配でさ、一回話そうと思ってたんだけど連絡先知らなかったし、心配してたんだ」
「あー、そっか。色々あって電話番号とか変えたからね」
「うん。でもなんかあれね?大丈夫そうだね?」
ふふ、と笑いながら彼女は芽依を見上げた。
150センチ前半しかない彼女が芽依を見上げるのは中々に大変そうで、グイ、と顎を上げている。
「あー、うん」
「彼女できたんでしょ」
「えっ」
芽依と言う人間はあまり隠し事が得意ではない。
久しぶりに会った友人にもこのザマだ。
会って数秒で見抜かれた事に驚きつつ、芽依はもうその辺は諦めているので、唇に人差し指をあてて「シーッ」と表現した。
「ダマでお願いします。ダマで」
「はいはい、言わない言わない。メイくんは大丈夫そうだからいっかな。ところでさ」
「ん?」
「荘次郎くんと仲良かったよね?」
「うん、、あ、そっか。同じ事務所だ」
「そうそう」
七菜香と荘次郎は同じ事務所だ。
株式会社ドールオンズ。
業界最大手とも言われている高山芸能プロダクションの系列芸能事務所である。
荘次郎はあまり事務所関係の話しはせず、本人も所属は関係なく仲の良い人と一緒にいるので忘れるところだった。
衣装の襟を整えたところで、芽依は楽屋挨拶に向かう為に立ち上がった。
「あ、一緒に行く。まだ他の人終わってないから」
「俺が1番最初?上の人からにしなよ」
「急いで聞きにきたかったの」
「何を?荘次郎のこと?」
2人は連れ立って廊下に出た。
七菜香は廊下に人がいない事を確認すると、芽依に小さな声で聞く。
「荘次郎くんと連絡取れてる?」
ピク、と芽依の左手の小指が震えた。
荘次郎が最近まったく連絡を取っていなかった相手だからだ。
「、、いや、最近全然会ってないし、もともと連絡送ってもたまにしか返ってこなかったし。泰清も最近全然会ってないって言ってたなあ」
七菜香の言葉を不審に感じ、芽依は歩きながらも彼女に訝しげな視線を送る。
ちなみに、彼女と付き合っていた頃から泰清とも荘次郎とも仲が良かったので、泰清の事ももちろん彼女は覚えていた。
「うーん」と低く唸り、彼女もまた眉間に皺を寄せて彼を見上げる。
白い廊下に、2人分の靴音が高く響いている。
「大丈夫だとは思うんだけど、できたら無理矢理にでも会ってあげてくれない?」
「何で」
「いいから!お願い!ね!元カレでしょアンタ!」
「うわあ今それ言う」
「頼んだよ!」
「分かった分かった」
バシン!と腰の辺りを叩かれて、芽依は背筋を伸ばして頷いた。
背の低い彼女の事だ。
多分、背中を叩きたかったのだろうが届かないのだ。
2人はその後、連れ立って出演者達の楽屋を回って挨拶をして行った。
無論、魚角、松本、片菊も今日は一緒に番組に出る。
番組終わりに連絡先だけ交換し直そうと言う話しだけをして、楽屋を回り終わると2人は別れた。
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