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第135話「ツレがお世話になってます」
「い、まから?」
「そう、呼ばれた」
「んん"ぅ」
バチンッと勢いよく額に右手をあて、鷹夜は飲んでいた烏龍茶のペットボトルを握りしめた。
「明日休みでしょ?」
「お前休みじゃないだろ」
「俺は車出すしどうせ飲まないよ。鷹夜くんは飲んでもいいでしょ、休みなんだから」
「お前が飲まないなら飲まない」
「何なのその意地」
いつも通り、金曜日の夜に芽依の家に電車で来た鷹夜はソファに座り、ゴロンと横になった芽依の頭を太ももで受け止めてやっていた。
「何か泰清が話したいことあるらしくて、、それに遥香ちゃんも凪くんも来るって言うし、鷹夜くん連れて来いってうるさくて」
「やぁ〜、それは1人で行ってきたら?俺がいるとさ、ね。そのさ、うん。絵面が」
「えづら?」
うんうんと唸ってペットボトルをテーブルに置く鷹夜を無視して、芽依は連絡用のアプリで泰清に「連れてく」と返事をしてしまった。
起き上がった彼が身支度を始めようとすると、鷹夜は更に慌ててあわあわしながら、寝室に着替えを取りに行く芽依をソファの背もたれ越しに見つめた。
「いーこーうーよ」
「だって絵面が、、」
「だから絵面ってなに、、」
ヒョイ、と寝室から顔を出した芽依を睨んだ。
鷹夜にとっては重要なのだ。
自分だけが明らかに歳上で目立った老け具合にして劣った容姿。
堪らなく居心地が悪いに決まっている。
芽依は呆れたように息をついた。
「俺以外全員美形集団におっさん放り込むんだよ?楽しい?新手のいじめ?」
「何言ってんの。俺の彼氏連れてくだけでしょ!大体鷹夜くんは格好良いの。どうせ信じないだろうけど」
「うん信じない」
「このッ、、まあいいや。こないだ買った服着ようよ〜せっかく俺が選んだんだから」
「んん、、行きたくない」
「ほら着て」
「んん、、」
鷹夜の分の着替えを手に取り彼に近付くと、まだ嫌がって動かない鷹夜の履いているスウェットに手をかけ、思い切り引っ張った。
「えっち!!変態!!痴漢!!」
「うるさいなあ駄々っ子!脱げ!出掛けんぞ!」
「いやだぁあ俺だけおっさんやだぁあ」
「お、に、い、さ、ん、で、しょ!!」
脚をバタつかせてソファの上で逃げ惑う鷹夜を捕らえ、芽依は脚からスルンとズボンを脱がすと先日一緒に買いに行ったパンツを履いた彼の股間を見下ろした。
鷹夜はまだブツブツと何か言っている。
あの日七菜香から聞いた荘次郎のことについて、芽依は泰清に相談をした。
「お前も一応連絡取ってみて」と言われたが、結局、結果は2人とも同じく未読無視。
それについて何か情報を得たらしい泰清から連絡が入ったのが2分程前で、松本、片菊と飲んでいるから今から来いと言われた。
「ついでにタカヤくんも」と連絡が来たのはほぼ同時だった。
(えっちなパンツ選んだ甲斐があったなあ)
黒い地に蛍光緑のラインが入ったボクサーパンツを見下ろし、芽依はムフ、と思わず笑みが溢れる。
ちょうど股間のところに蛍光緑のハートマークがドンと入っているのだ。
鷹夜はまだぶつくさ言っているので、ズボンを履かせるフリをして、芽依は股間にモッ、と顔を埋めた。
「ってオイイイ!!俺の話し聞いてた!?」
芽依的に「えっちなやつ」と判断して買わせたが、鷹夜は柄もものもあまり見ずに芽依に勧められるままに買ったうえ、男の下着に「えっちなやつ」も何もあるか、と思っているので彼の下心にまったく気が付いていない。
「ふがふがふが」
「ふはっ、やめろくすぐったい!」
鼻を股間に擦り付けられ、こそばゆさに鷹夜は肩を揺らして笑う。
そのあと直ぐにべろん、と布の上から亀頭を舐められたので、思わずバシンッ!と頭を叩いた。
「いった!」
「それはやめなさい。後で」
「あん。後でって言い方、めっちゃえっち。早く帰ってこよ」
「だから、俺は行かないってば。行って来なよ」
「紹介させてよ。皆んな俺の友達だから」
「ええー、、」
嫌々ながらも、こちらも先日一緒に買い物に行き、芽依が選んで鷹夜が買ったズボンを素直に履かされていく。
来いと言われた居酒屋は、いつも通り酒処「霧谷」だった。
奥の座敷席に通されて個室の襖を開けると、ヒラリと泰清が手を上げ、ニッと笑って「メイ!」と呼んだ。
手元には相変わらず烏龍茶、コークハイ、ビールとジョッキが3つ並んでいる。
「うわあ、窪田泰清だあ」
芽依の隣で困惑したままの鷹夜が呟いた。
「遅いっすよ竹内さん」
「メイくんこんばんは」
続いて泰清の手前にいる松本が笑って手を振り、片菊がペコ、と頭を下げる。
釣られて鷹夜が頭を下げ、芽依は手を振りながら座敷に上がった。
「遅くなりました〜」
「やっと来たな」
「わっ!わっ!!タカヤさんっすか!?」
鷹夜が中に入って襖を閉めると、松本がテーブルの向かいからズイズイっと身を乗り出してくる。
彼は思わずビクッと肩を震わせ、生で見る松本遥香の美しさに口を半開きにして驚いていた。
「ま、ま、松本遥香、、さん」
「こんにちは初めましてー!竹内さんにはいつもお世話んなってます!」
「遥香、ちょっと下がって、ね」
「あ、こっちは同じドラマに出てる片菊凪です」
「あ、こんにちは、タカヤさん」
「ああ、初めましてぇ、こんにちは。何で皆さん俺の名前知ってるんですか、、芽依、どこまで話してるの」
「全部」
「ハッ?!」
鷹夜の反応に悪戯っぽくクックッと笑い、芽依は上機嫌になりながらドリンクメニューを手に取った。
「ぜ、全部!?」
「アプリの出会いから実家旅行の告白からのお付き合いまでぜーんぶ聞いてます!」
「ええっ!?」
松本がノリノリで話すと、片菊は後から来た2人が飲み物を頼めるようにと襖を開けて女将を呼び、泰清はじろじろとおっかなびっくりしている鷹夜を眺める。
「鷹夜くんとりあえず何飲む?」
「ん?ぁ、んー、、烏龍茶」
「酒飲んで良いって」
「いや、すぐ吐きそうだからやめておく。主に緊張で」
「ああ、そう言うね。おばちゃん、烏龍茶2つお願いします」
「はいよ!今日はたくさんいるのね、お友達」
「みんな仲良し〜」
「あらそうなの!」
襖から顔を覗かせていた女将に飲み物を頼むと、すぐに頭が引っ込んでいなくなる。
片菊はゆっくりと襖を閉めてくれた。
「鷹夜さん、、鷹夜くん、でいいですか?」
「あ、もう何でも」
「窪田泰清です。メイとは高校から知り合いで、同じ事務所です」
「あ、はい。小野田からよくお話し聞いてます。いつもお世話になってます、雨宮鷹夜と申します」
じろじろと見るのをやめた泰清が鷹夜へ挨拶をした。
明らかに昔はヤンキーだったのだろうと言う見た目にビクビクしながらも、礼儀正しい泰清に対して、鷹夜は頭を下げた。
「んははっ!堅苦しいからやめますか、こういうの。改めて、こっちが"僕まだ"でヒロインしてる松本遥香さん。その向こうが、メイのやってる役の恋敵、ヒロインの婚約者役をやってる片菊凪さんです」
「はじめまして〜」
「はじめまして」
「初めまして、いつも小野田がお世話になってます。雨宮鷹夜と申します」
2人に対しても、鷹夜は丁寧に頭を下げた。
「はい堅苦しいの終わり」
パチンッと手を叩いて芽依がそう言うと、ちょうど2人分の烏龍茶が届いた。
鷹夜が受け取り、女将に「ありがとうございます」と言うと、頬の肉をふわっと上げて彼女は豪快に笑った。
「あらあ!可愛らしいお顔立ちの俳優さんね!おばさん疎いから分からないんだけど、何さんて言うの?」
「あ、いえ、私は一般人です」
「あらそうなの!?いいわねえ、類は友を呼ぶ?一般人でもお顔が綺麗!」
「あはは、ありがとうございます」
女将はそれだけ言うと静かに襖を閉めた。
「ん」
「ありがと」
芽依は鷹夜から烏龍茶を受け取り、鷹夜も自分の席の座布団に戻る。
鷹夜だけがピシピシと緊張していた。
何せ自分以外の全員が美男美女の俳優陣で、自分よりも若いのだ。
(おっさん1人、辛い)
乾杯をしても結局、鷹夜はずっと正座をしていた。
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