136 / 142
第136話「混ざる世界を恐れない」
「いやでも本当に立派です、凄いです、大人過ぎますよ雨宮さん」
「ありがとうございます、あはははは」
松本の力説に芽依は胸が痛くなり、鷹夜は背中に汗をかきながらヘラヘラと笑って返した。
話題は、アレだけ好き勝手してきた芽依を鷹夜が諫め、更生した事についてだ。
松本は冴の事もあり、初めは明るくしていても鷹夜をあまり良くは思っていなかったのだが、話していくうちに「どうして彼相手に竹内メイが変わったのか」を理解し、好感を持つようになっていた。
「鷹夜さんは男と付き合うの初めてですか?」
そんな中、話題を変えたのは泰清だった。
「あ、はい」
「こいつ、一回惚れると長いし、別れたくても多分、あなた相手だと中々引かないと思いますよ」
「え」
少し冷たいようにも思えるその態度に、鷹夜がピク、と肩を跳ねさせる。
芽依は頼んだ串を咥えながら、泰清の言い方が癇に障って彼の方を向いた。
一瞬だけ、2人は睨み合った。
「いや〜〜、これ惚気かもしれないけどそれ分かります」
「は?」
「エッ!?」
そしてそこに響いた意外な鷹夜の声に、泰清は訝しげな表情を作り、芽依はショックを受けて咥えた串をカラン、と皿の上に落とした。
「しつこいから、この子」
ぽん、と鷹夜の手が肩に乗り、芽依は目を見開いて泣きそうになりながらその手を掴んだ。
「や、やめてよ!?捨てるとか今更!いや!いや!!」
妙に高い声で鷹夜に縋り付いていく。
「捨てるときは捨てるよ。芽依が俺に酷いことしたらな」
「しないよ!!」
「え、何回俺に嘘ついたっけえ」
「うっ」
過去の様々な過ちを思い出し、芽依は胸の辺りのTシャツの生地を掴んでうずくまる。
「その節は、その節は誠に、、誠にぃ」
「窪田さん、ありがとうございます。別れるってなったら本気で捨てるので、大丈夫です。でも、別れることになる前に、また更生させます」
「、、、」
泰清は伺うように探るように鷹夜をじっと見つめた。
それに対して、鷹夜も泰清をじっと見つめ返した。
ただ、鷹夜の視線と言うのは泰清と違い、涼しげ真っ直ぐなそれだった。
「この子は結構素直で誠実だと、私は思ってるので」
にこ、と笑いかけると、泰清もフッと口元を緩めて目を閉じる。
黙って2人の会話を聞いていた松本と片菊も、それを見てやっと肩の力を抜いた。
「俺もそう思ってます。つまんねーって」
泰清は鷹夜にニッと笑い返してくれる。
そこでやっと、泰清が放っていた敵意のようなものが消えた気がした。
「つまんねーってなに」
「お前はもう少しさあ〜、人のこと考えられるようになったら最高だよってこと」
「はあ?鷹夜くんのことなら死ぬ程考えてるし」
「はいはあい」
砕けた泰清は、そこから芽依の様々な話しを鷹夜に聞かせてくれた。
初めての映画デビューで共演し、大喧嘩から仲良くなったこと。
3人目の荘次郎と言う存在の大きさ。
スキャンダル中の話し、それから、いかに芽依が「佐渡ジェン」と仲が良く、支え合ってきたか。
どれもこれも、鷹夜がまだ「竹内メイ」として彼を見ていた時間の裏側の話しで、それはどこか遠く寂しいものに聞こえ、同時に今隣にいる男がどれだけ辛いものを乗り越えてここにいるのかを教えてくれるものだった。
泰清としては、先程の質問の答えで鷹夜が芽依にとって大切な人で、鷹夜にとっても芽依が大切な人だと実感できて安心し、そして彼を認めた証にそんな話しをしていた。
芽依にとって鷹夜が大切ならば、それは泰清にとっても大切な人になる。
初めは松本と同じで少し疑い、相手が芸能人だからと浮かれているのではないかと勘ぐっていたのだが、やはり実際に話す鷹夜を見て印象が変わった。
鷹夜こそ、真面目で誠実で、そして芯の強い大人の男だと理解したのだ。
「まあコイツもそれなりに、芸能界に疲れてるんですよ」
泰清は少し寂しかった。
いつまでも3人で仲が良いと思っていたが、荘次郎とは最近疎遠になり、芽依はスキャンダルから立ち直って立派な恋人ができてしまった。
何も変わらずにいようとし続けて来た自分と違い、周りはどんどん変わっていってしまう。
鷹夜を目の前にして、それを今一度深く理解させられたようで、余計に寂しかった。
(良かったなあ、メイ)
それと同時に嬉しかった。
ジェンの引退、内村とのスキャンダルに襲われ、芸能界の片隅で誰にも気付かれないように息を潜め、ひっそりと過ごした1年あまり。
傷付いて荒んだ彼の中身を、傷を、やっと癒やして外に連れ出してくれる存在ができたことが。
(良かったなあ、鷹夜くんがいてくれて)
話し終わると2人を見つめながら、心の底から、祝福を送った。
「鷹夜くん、ごめんね」
酔った松本が暴れ出し、片菊と泰清が両側から取り押さえに入る。
そんな様子を向かい側から見て笑っていると、芽依がコソ、と耳元に唇を寄せた。
「何が」
鷹夜もコソ、と返す。
「あの、何か、泰清が結構ズケズケ言ったり、俺の話しばっかになったり、元カノの話しとかもしたから」
座卓の下で手を重ね、芽依は鷹夜の右手をギュッと握った。
「あとコイツら結構飲むし、うるさいし、業界の話し多いし。鷹夜くんだけアウェイな感じしたかなって」
応えるように裏返し、手のひら同士をくっつけて芽依の左手と指を絡めると、鷹夜は小さく穏やかに、そして弱ったように笑った。
「いいんじゃない」
「え?」
「俺と芽依の日常がちょっとずつ混ざる感じがして」
「、、、」
本当に意外な事を言う人だな、と芽依は肩の力を抜いた。
鷹夜は「美男美女の中に1人だけおっさんがいる」と言う状況が嫌だっただけで、芽依の友達に自分を紹介してもらえる分には一向に構わないと思っている。
芽依のスキャンダル時の話しや、一度2人の間で問題になったジェンの話しを確かに掘り返すようにもう一度詳しく話されたが、それも鷹夜としては嬉しかった。
知らない分の芽依を誰かに聞けるのは、彼を理解する為の近道にもなる。
別段嫌ではない。
ただ、鷹夜の中の芽依の色が、更に濃くなるだけなのだ。
「俺の友達にも今度会ってもらおうかなあ」
「いつでもいいよ!!」
「まあ、東京にはもうあんまいないんだけどね。家庭があって会えないし」
「あ、そっか。結婚してる人が多いのか」
「そうそう」
松本がジョッキのビールを一気飲みし始め、片菊が声を荒げてそれを止めている。
もはや泰清はひっくり返って笑っていて止めようとすらしていない。
2人はそんな3人を眺めながら、芽依がコテン、といつも通りに鷹夜の肩に頭を乗せて寄り掛かった。
結局、馬鹿騒ぎは午前1時手前まで続いた。
ともだちにシェアしよう!