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【第1部 馬とピザと】第3話

 いつまでもぶつぶつ不満をいうクラインに引き継ぎを終え、やっと向かったエミネイターとルベーグ、テイラー、そして俺という面子での「打ち合わせ」は、さっきの会議からは想像もつかないほどすばやく終了した。ルベーグはすでに全体の見通しと予定を立てており、俺の当初の担当も決まっていたからだ。しかし俺は唖然とした。 「まずは騎士団への聞き取り調査だ。行き当たりばったりでやってきたことがテイラーのおかげで明らかになったから、新規の設計の前に騎士団の協力を強化し、使用者側の問題を洗い出す。アーベル、あなたにこれをやってほしい」 「俺が?」  ルベーグの説明にエミネイターが続けた。 「警備部隊のレムニスケート、若い方と懇意だと聞いている。若い方のレムニスケートは頭も柔らかいから、協力してもらえるだろう。古参の連中は新しいものに慣れないからな。馬鹿もいるし」  俺はぽかんとした。 「レムニスケート? 王城の警備部隊に知り合いなんていませんよ」 「第一小隊隊長のクレーレ・レムニスケートだ。休日に城下のきみの家にたびたび行ってるらしいじゃないか」 「クレーレがレムニスケート?」  俺はまたびっくりした。今日はびっくりすることばかりだ。 「レムニスケート家は昔から王宮の設計にもかかわってきた重要な家柄だ。古い記録も持っているし、クレーレは騎士団でも実力が認められているから、あなたが伝手を持っているのはありがたい。こういう調査は地道に聞き出そうとしてもうまくいかないんだ。使い方を覚える頭も持っていないくせに、回路魔術を馬鹿にしてまともに話そうとしない騎士も多い。もちろん、我々はそんな馬鹿にも使えるものを作らなければならないわけだが」  ルベーグはエミネイターを補ったが、外見や冷静な口調とうらはらに言葉はやや過激だった。エミネイターも騎士団を馬鹿馬鹿と毒づいており、この二人は他にもいろいろと含むものがありそうだ。  穏やかにふたりを見守っていたテイラーが片方の眉をあげ俺にめくばせする。さっきの会議では噛んでふくめるような長い説明でうんざりさせていた男だが、この様子を見ていると、どうやらあの説明は、あらかじめ周到に考えられた戦略らしい。自分たちに都合のいい方向へ一発で持っていくために、わざと周囲をうんざりさせていたのではないか。 「もちろんそれだけできみを引き抜いたわけじゃない。ただまずはレムニスケートを通して、騎士団の要求を聞き出し、まとめてほしい。使うのは連中だってことをこちらも長年無視してきたところもある。上の方で感情的にもめてる人もいたりしてね」 「テイラー、私はいつも冷静だし、感情的にもめたことなぞ一度もない」 「はいはい」  まるで掛け合い漫才だ。俺はようやく緊張を解きはじめた。仕事は大変だが、この面子は悪くなさそうだ。ひょっとすると王城の仕事はもっと楽しくなるのかもしれない。 「わかりました。それならクレーレにまず聞いてみます」 「いつからはじめる?」 「休日はよくふたりで飲んでますが、早い方がいいので、これから小隊まで探しに行ってきます」  一日の打ち合わせとしてはもう十分だ。  さっさと出ていこうとした俺をエミネイターがまて、と呼びとめた。まだ何かあるのか。 「レムニスケートときみはどういう関係なんだ? 恋人同士か?」 「ええ?」  いったい、今日は何度驚くはめになるのだろう。 「ただの飲み友達ですよ」 「ふうん」エミネイターはみるからにがっかりしていた。なぜだ。 「つまらないな、ルベーグ、私の負けだ」  ルベーグが鼻をならす。 「だからいったでしょう」 「てっきりそうだと思ったんだがなあ…若い方のレムニスケートは群がる女子をばったばったと振ってるというのに、遠くから来た男子のもとへ通っていると聞けば……」  俺はいたたまれず、あわてて部屋を出た。クレーレがレムニスケート――王政に疎い俺ですら名前を知っている有力貴族だ――というのはもちろん驚きだったが、俺とクレーレの接点や関係についてのうがった見方は想像を超えていた。エミネイターはどうやらほんとうに変人のようだし、彼女と賭けをするルベーグもただの真面目な人間ではなさそうだ。というか全員曲者なのだろう。  それにしても、俺とクレーレが恋人同士? 理由もなく俺は赤面し、鼓動が速くなるのを感じて、誰かと目を合わせないようローブのフードを下げた。  クレーレは騎士団の警備詰所であっさりみつかった。早足で歩いたせいで俺は汗をかき、妙に疲れていた。おなじ王城にあるといっても、回路魔術師の塔は隅の方で、中心にちかい騎士団の詰め所はかなり遠い。一方俺は王都へ来て以来、閉じこもって仕事をしていることが多く体力がおちている。 「……アーベル!」  詰所の入り口でフードを上げると、誰何するクレーレの表情が一度固まり、ついで破顔した。俺は単刀直入に告げた。 「回路魔術師団から要請があってきた」 「驚いた……王城で遭うとは、思ってなかった」 「回路魔術師だと知ってたのに?」 「まあ、そうなんだが……」  クレーレは勤務中で、当然のことながら王城警備隊の制服を格好良く着こなしている。遠目ではすらりとしているが、近寄ると胸板は広く厚く、がっちりした筋肉に覆われているとわかる。またもエミネイターの発言が思い出され、前置きなしに心臓がどくどく鳴りはじめた。とにかく要件を伝えなければならない。 「おまえ、レムニスケートなんだな」 「ああ……まあな。どうして」 「おまえがレムニスケートなのを見込んで頼みがある。回路魔術師団の王城警備更新に協力してほしい」  クレーレは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。 「ああ? それはかまわないが……何をするんだ?」 「回路魔術の使用者にとっての問題点を洗い出すために騎士団に聞き取り調査をしたい。人選や内容を詰めるから、よければ一度打ち合わせをしたいんだが」 「そういえば父が少し前にエミネイター師と話したといっていた」  きっとそれが「若くない方のレムニスケート」なのだろうと俺は思った。エミネイターが馬鹿呼ばわりしていた方だ。  俺は知らん顔をきめこみ「いつならいい? 俺は早い方がいい」とたずねる。  クレーレは少し考え込み「夕食を食べながらでいいだろうか」と続けた。 「打ち合わせということなら、任務の一環だし、騎士団の食堂が良いと思うんだが――アーベルが問題なければ」 「そっちに問題がなければどこでもいい」  休日でもないのにクレーレと食事をするのはおかしな感じがしたが、すでに俺の胸の内側では温かい期待が羽ばたいていた。それは友人と食事ができるという喜びにほかならなかったが、体の奥底でべつのなにかがちろちろとうごめいてもいて、予告なく俺を赤面させそうだった。クレーレは落ちあう時間をきめ、俺は顔を隠すようにフードをかぶった。 「あとでな」

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