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【第1部 馬とピザと】第13話

 騎士団宿舎の食堂はからっぽだった。厨房と奥の方にだけ小さな明かりがついて、城下が冬祭りの灯火で照らされているのと対をなしている。今夜から明日にかけて、今年の収穫を祝い、冬ごもりの前に人々は歌いさわぐ。  俺は眠かった。とても長い一日だった。ローブが肩にずっしりと重く感じられる。厨房へ足を向けるクレーレを横目に俺は明かりがついた奥のベンチに座った。そのままテーブルの木目を眺めていたが、知らぬ間にうとうとしていたらしい。かすかな音に目をみひらくと、花の香りがするグラスが目の前にあった。 「料理人が、祭りでたいしたものがないからせめて飲んでくれ、だそうだ」 「ああ……ありがとう」  クレーレがパンとチーズを盛った皿を置いた。前の椅子に腰かけるとばかり思っていたら、当然のようにベンチの横に並んでつめてくる。俺はあわてて座りなおし、クレーレの長い足がローブ越しに触れるのを強烈に意識した。  ほんのすこしのうたた寝でも眠気はさめるものらしい。 「シャノンはどうなるんだ」  俺はつとめてふつうにパンを食べようとした。 「できるだけ本人の希望にそってやりたいが、わからないな。精霊動物とシャノン、両方とも訓練しなければならないんだろう?」 「精霊魔術師の一部は動物の使い方もわかるはずだ。王立魔術団がいやなら施療院に相談する手もある」 「そうだな。考えよう」  思ったより空腹で、パンとチーズだけでもうまかった。黙々と食べてワインを飲む。腕にクレーレの重みがかかり、ふいに腰を抱かれると、首のうしろを暖かい手でさすられる。予期しない気持ちよさに吐息がもれた。 「冷たい」  クレーレがささやき、肩口に顔をうずめた。 「アーベル、俺の部屋に来てくれ」  懇願するような声を聞いて、俺自身がもろくなったかのようだった。今夜だけでも、という思いが頭をかすめた。どうなってもいいから、今夜だけでも。  クレーレの背中に腕をまわし、首筋に唇を落とす。腕の中でたくましい体がぶるりと震えた。俺たちはもつれるようにして立ち上がり、食堂を出た。クレーレは俺の腕をひいて先導し、知らない廊下と階段をたどり、どこかの部屋の扉をあける。入ったとたん俺は扉の内側へ押しつけられ、熱いキスが降ってきた。慌ただしい手がローブの前をあけ、シャツの上を撫でてくる。キスを返しながら肩をゆすり、ローブを床に落とす。重そうな音が鳴る。 「まるで鎧だな」  唇を耳元から首筋に触れさせながらクレーレがつぶやく。 「魔術師にとっては同じようなものだ」 「ずっとこれを脱がせたかった」  シャツのボタンを指がまさぐり、さらけだされた胸にクレーレの唇が吸いついた。俺は鋭く息をのみ、震える足を背後の扉で支える。胸から臍を舌がさがり、舐めていく。熱い手のひらが背中から腰をなで、もみしだく。 「抱いていいか」 「ああっ、わかっ……」  涙目になりながら立ったままは嫌だと訴える。もつれる足ですがるように寝台にたどりつくと、あっというまに裸にむかれ、うつ伏せに押さえつけられた。腰を軽くもちあげられ、胸のとがりをつねられる。耳の裏から首筋、背中へながく愛撫がつづく。立ち上がりかけた俺の中心には触れないまま尻が抱かれ、指でそっと割り広げられた。  鋭い痛みに息をのんだ俺の耳朶をクレーレは甘噛みする。「待っててくれ」とささやく。  俺はなすすべなく、うつ伏せで両腕を枕に投げ、火をつけられた快楽に荒く息を吐く。まもなく背中に重みがかかり、長い指がゆるくすべりながら奥に侵入してくる。ぬるりとした液体が腰を垂れ、すでに濡れている前の方まで流れた。  クレーレは時間をかけて俺の中をほぐしていった。圧迫にたえるうち、苦痛とはちがう感覚が俺を覆っていく。いつのまにか二本になった指が正確に快楽の中心をさがしあて、そこをえぐった。  俺は鋭く声をあげ、反射的に腰をひこうとしたが、クレーレは許さなかった。指の圧迫が抜けてゆるんだところへもっと太く熱いものが押し当てられる。最初の苦痛は大きかった。なだめるように俺の髪や耳、肩口をねぶり、根元まで俺の中へ入ってくると、一度動きをとめた。 「大丈夫か?」  俺はうつむいたままうなずくので精いっぱいだ。クレーレはゆっくりと動きはじめる。揺さぶられるにつれて強烈な快楽が俺の中でうまれ、さらに大きくなっていく。クレーレは俺の前に手を伸ばし、ゆるく握って擦りあげた。もう自分がどんな声を出しているのかわからない。俺は腰を振ってより深く、激しくと求めた。クレーレと俺の律動が重なり、頭の芯が真っ白になっていく。  ひときわ大きな声をあげて俺は果て、衝撃で陶然となっているところへクレーレがさらに突き上げてきた。俺の腰をつかまえ大きく打ちつける。  全身にクレーレの鼓動と重みを感じながら、そのままじっとしていた。息がおさまったクレーレが俺から自身を抜き、気配が遠くなる。敷布の上に丸くなり、片腕を枕に目を閉じる。  指と布の感触に目をあけると、クレーレが「後をきれいにしていいか?」とささやいて、後ろに指をはわせてきた。背中を抱かれながら、指と、かきだされる感触に震える。そのまま抱きこまれ、クレーレがひっぱりあげた毛布にくるまって、寝台で抱きあった。やわらかい疲労が俺をつつむ。とても眠かった。恐れはなかった。幸福な眠りが約束されていた。  薄明るい光が窓から落ちている。あまりにもぐっすり寝たので一瞬どこにいるのかわからなかった。俺はそっと体を起こした。クレーレはまだ眠っているようだ。夜明けの光だけで、部屋の中は薄暗い。  クレーレを起こさないようにそっと寝台を出て服を身につける。久しぶりの情交で体のあちこちが痛む。ローブをさがし、扉のすぐそばに落ちているのをひろい、靴をさがす。 「もう行くのか?」  早朝に聞くクレーレの声はいつもよりくぐもっていた。俺は返事をしようとして、喉がかすれて満足に声が出ないのに気づいた。 「ああ」となんとか発声する。  クレーレは寝台に起き上がり、俺の袖をつかんだ。 「アーベル、昼まで一緒にいたい」  俺は思案した。 「今日は休みなのか?」 「午前中は。午後、王都に戻る王族を出迎える」 「準備とか――」 「いいから」  俺は抵抗できず、クレーレの腕に抱かれて寝台に座る。そのまま顎をとらえられてキスされる。かるく噛むようにしながら、クレーレは何度も俺の唇をついばんだ。 「アーベル、好きだ」  ささやかれた言葉に胸が痛む。俺もおまえが好きだ、と胸のうちで思うが、喉につかえるものがあり、声にならない。喜びとそれ以上のさびしさが入り交じり、俺はクレーレの胸に顔をうずめる。  ふたりでしばらく、そのままでいた。

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