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【第2部 ローブと剣】第15話
「疲れてるなら、少しは……加減してくれ」
かすれた声でアーベルがつぶやく。
クレーレは濡れた布で彼の体を拭っていた。情交のあとがなまなましく残り、また興奮しそうになるが、さすがに自分もくたくただ。
「今日はどうしたんだ。何かあっただろう――おまえ、変だったぞ」
アーベルは向きをかえるとクレーレの肩に腕をまわした。寝台のうえで横抱きになって肌をあわせると、抱きしめられる感覚に胸の内側まで暖かさがひろがる。
「レムニスケートと回路魔術の因縁を知ったせいだ。父に教えてもらった」
「そういえばそんなことをいってたな――」
いいながらアーベルはあくびをした。
「眠い。明日聞かせてもらえるか?」
「もしかしたらあまり気持ちのいい話ではないかもしれない」
アーベルの肩口にひたいをつけてクレーレはささやく。
「どうしてだ?」
「その……王城での師団の待遇の悪さは、どうもレムニスケートに責任があるらしい」
「なんだ、そういう話か」
くっく、とアーベルは笑った。
「もっとマズイことでもあるのかと思った。俺たちの先祖が殺しあったとか」
「――それは逆だ。最初は協力していたらしい」
「それならいいじゃないか」
クレーレの背中を手のひらがさすっていき、腰までおちる。
「師団にとって目下の問題はおまえだよ。ただでさえ忙しい俺たちの仕事が増えたのは騎士団の試合のせいなんだし、これは元を正せばおまえの案というじゃないか」
「それは違う。考えたのは俺ではなくて、アルティン殿下だ」
「おまえの発案だと第一王子がいってるって、もっぱらの噂だ」
「ほんとうに、考えたのは殿下なんだ」クレーレは抗弁した。
「俺が提言したのは、近衛隊だけの御前試合なんて警備隊の実力者からみると馬鹿馬鹿しいから、むしろやめたほうがいいくらいの話だ。それを殿下が違う方向へふくらませて……結果的にこうなった」
アーベルは一瞬ぽかんとした顔でクレーレをみて、次にせきこむように笑った。
「そんなこといったのか? それはおまえ、勇気なんてもんじゃないよ。そのときの王子の顔を見たかった。よりによって近衛隊所属でそんなこといいだす奴がいるなんて思わないよな」
「たしかに言葉がすぎたとは思ったから……予想外だった」
憮然としたクレーレの表情をみてアーベルはさらに笑う。
「だいたいほんとに御前試合やめるなんてことになったら、騎士団内部でもおまえの立場、マズイだろうが。誰が考えたにせよ、そのあたりも汲んで殿下はおまえの発案だといってるわけだろう。すばらしいな」
「たしかに殿下はたいした器をお持ちだと思う」
アーベルはまだ小さく笑っていた。そんなに面白い話だっただろうか。
「じつは、あのときはどうなってもいいと思ったんだ。一緒に過ごす時間がもっと……減ってしまうと思うと、いらいらしていた」
「――おい、クレーレ」
「結果的に師団の仕事を増やしてしまったのは、申し訳ない」
「……そうだよな」
「でも俺たちについては殿下が認めてくれて、この点は悪くはなかった」
「へ?」
アーベルは妙な声を出す。
「なんだそれ?」
「おかげで父も認めてくれた。俺は――絶対にあきらめないといっただろう」
「ちょっとまて。認めるって、おまえ――」
声をふさぐようにアーベルの髪をかきわけ、ひたい、まぶた、耳もとから唇へと小さく口づけた。
「愛してる」
「クレーレ、」
アーベルは唇をうすくひらき、ものいいたげな目をしたが、何もいわなかった。
手をのばしてクレーレの顎をつかむ。
「御前試合、がんばれよ……おまえ、勝つんだろう」とささやく。
クレーレは躊躇した。
「わからないな。――剣の猛者は多い」
アーベルは微笑んだ。
「馬鹿。勝てよ。――試合の間は、俺が城を守ってやる」
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