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【第3部 荒野に降る】第4話

 型稽古で打ち合いをする騎士たちは、遠目には洗練されたダンスを踊っているようだ。足を踏み出しながら剣を振り、落ちてくる刃を刃で受け、そらして相手の首筋へ剣先をつきだす。間合いを読みながら突き、跳びすさり、上体を低くして、薙ぎはらおうとする切っ先を避ける。  その手前では二人の騎士による激しい鍔迫りあいが展開されて、俺は思わず足をとめた。練習だとわかっているのに剣と剣がぶつかりあうさまに手に汗がにじむ。  剣による戦いに回路魔術の出番はほとんどない。魔術はモノに影響を与えるが、個人の剣の技能をあげるわけではないからだ。しかも剣のように、人間が体の一部のようにして使う道具に回路魔術を組み込むのは難しい。頻繁な調整が必要となる上、耐久性が極端に低くなり、要するに実用的ではない。  しかし肉体が振るう剣の戦いが、モノとモノとの戦いに変わればどうなるだろうか? 背後から跳んでくる鉛の弾丸に対して、体を覆う防具を回路魔術で強化することはできるだろう……。  夢想ともつかないあいまいな考えに沈んでいると、どさっと音がして、打ち負かされた騎士が草の上に投げ出された。手から剣がこぼれおちる。相手の騎士がさらに踏みだし、振りおろした剣を喉元でとめる。  負けた騎士がニヤッと笑い、腕で剣先を押しやった。 「また負けたなぁ…」 「今回はいい勝負だったな」 「うーん、残念だ」 「もう一回やるか?」 「いや、今日はいい」  負けた方はさすがに疲れたよとぼやいて起き上がる。頭を保護する革の防具を外してあらわれた顔に見覚えがあった。以前王城警備隊でクレーレの部下だった騎士だ。 「あれ? おい、あんた」  あわてて足を速めたが遅かった。騎士がしっかり俺を視界にいれ、大きく手をふる。 「アーベルさんだろ――待ってろよ、呼んでくるから!」  誰も呼んでいないという俺の声は背後の剣戟にかき消され、男はたった今まで草の上でへばっていたとは信じられない速さで駆けた。あっという間に、列を組んで型をくりかえす騎士たちを監督する長身の影へたどりつく。影がこちらを向き、俺の方に近寄ってくる。  訓練場のクレーレはすこし雰囲気がちがうな、と俺は思う。ぴんと張った線のようで、厳しくて威圧的だ。それが防具を外して破顔し、急に柔らかくなった。 「珍しいな」 「王宮に呼び出されて、戻るところだ」 「ああ――」いたずらが成功したかのように、クレーレはニヤッとした。 「アルティン殿下だろう?」 「知ってたのか?」 「いや。ただ、話を聞いてみてはどうかと殿下に勧めたからな。あの方は行動が早い」  何食わぬ顔でいってのけるので、俺は脱力する。 「何事かと思ったら、おまえのせいかよ……」 「今の殿下は何よりも情報を必要としている。こちらに知識がなければ隣国の使者が持ってきた話をうのみにするかもしれない」 「使者というのは……いや」  エヴァリストのことかと尋ねようとして俺はためらった。奴についてはできるだけ話題にのぼらないようにしたかった。 「おまえ、訓練が途中なんだろう」とクレーレの背後に視線をやる。 「そろそろ終わる」クレーレはうしろをみやり、すると付近で俺たちの会話をうかがっていたらしい数人の騎士が急に素振りをはじめた。「この後も非番だから――」  俺は先回りをする。「こっちはまだ仕事中だ」 「塔に戻るのか?」 「急に呼び出されたんだぞ」  といったものの、いまさら戻っても今日はもう中断した作業を再開できるわけではなかった。俺はただ、この逆らえない笑顔に逆らってみたかっただけだ。 「アーベル――」 「……わかったよ」  そう俺が返事をしたとたん、クレーレの背後にいた騎士が俺にだけわかるように親指を立てる。 「クレーレ、おまえ――」 「なんだ?」 「しごきすぎじゃないか? いくら御前試合があるといっても」 「近衛隊にいる俺がこういったらおかしいかもしれないが、警備隊が馬鹿にされないようにしたい。こんな機会は二度とないかもしれない」  俺の名前を憶えるような騎士は警備隊にしかいないんじゃないか。そう考えると、クレーレが感じている親心のようなものは理解できなくもなかった。もっとも幾人かはあきらかに「親の心子知らず」といった調子だったが。

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