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【第3部 荒野に降る】第11話
王城を囲む城壁には世代がある。
この国の王都は王城を中心に抱え、時代を重ねるにつれて拡大した。王城それ自体も何度か拡張されたから、城壁もあわせて改築され、延長され、拡大した。王城が拡がったからといって、第一世代の最初に築かれた城壁がもっとも内側にあるかというとそんなわけでもない。たとえば師団の塔が直接つながる観測箱を置いた迷路城壁は、王都の建築でも最古の部類に属する。城壁が今の形に完成したのは俺のじいさん――ゼルテンの時代だ。彼が師団の塔を今の位置に決めたのだ。
城壁は城を守る外延だから、王城を守る魔術も城壁にそってはりめぐらされている。城壁の魔術はとても巨大で強力なものだ。なぜなら城壁の深部それ自体が――
「回路を描いているからだ」
強い風に流れる髪をうっとうしそうにフードの中へおしこみながらルベーグがいった。
「合理的な発想だな。作るのはさぞかし大変だっただろうけどねえ」
世間話のような調子でエヴァリストがあいづちをうつ。
「秘密を守るのもな」と俺はつぶやく。
俺とルベーグ、そしてエヴァリストは王宮の尖塔に立っていた。ゼルテンが作った最大の回路魔術は、王城でいちばん高い場所――王宮の最高部にのぼるとようやく全貌がみえてくる。
といっても、城壁それ自体が回路になっていると知っていて回路の仕組みを理解している魔術師、さらに魔力の流れがはっきり見える者でなければ、なかなかそれとはわからないだろう。それに厳密にいうなら、銃を防ぐゼルテンの魔術は城壁の深部に据えられている。壁の上部に張り巡らされた回路は俺たちが先の冬、苦心して更新した新しいものだ。
王城ではあらゆる城壁の開口部は魔力の循環口となっていて、ここで暮らし、行き来する人々の魔力は知らぬ間にすこしずつ防備のために使われているのだが、一人一人にとっては無意識に息を吸っているのと同じことで、意識にのぼるような量ではない。気づいているのは精霊魔術師くらいだろう。彼らが師団の塔に距離をとるのはそのせいかもしれなかった。
しかしゼルテンが深部に据えた回路はひとつながりの巨大なものだから、この魔術は城を守るだけでなく、王都全体を覆うほどの威力をもっている。国が豊かになって王都がさかえ、王城がにぎわえばにぎわうほど供給される魔力も増えるので、回路が損傷しなければ半永久的に維持される仕掛けだ。巨大すぎるので破壊もむずかしい。なにしろ大砲を無効化するのだから。
よく考えられているが、どんなものにも弱点はある。
「で、暗号回路はどの位置になるだろう?」
ルベーグが問いかけ、俺はエミネイターがどこからか持ち出した古い文書を脳裏に思い描いた。秘匿された装置だけあって直接場所を書いた地図の類はみつからなかったが、俺とルベーグはすでに文書の暗号は解いていた。
「謎々の答えが正しいなら――あそこだな」
指さした先には、観測箱を設置した迷路城壁がある。
「あの深部だ。王宮から直結する地下通路があるはずだが……王族も存在を忘れてしまっているらしいな」
「平和っていいねえ」
俺は茶化すエヴァリストを横目でにらむ。ルベーグがぼそりと「レムニスケートの当主は知っているらしい」という。
「観測箱の地下にあるって、やっぱり燈台下暗しって感じ?」
エヴァリストの問いかけにルベーグが「なぜ」ときく。
「だって城を建てるときに最初に調べた跡でしょ。測量するから」
「そうか」
「おい、なんて風が強いんだよ――アーベル、場所はわかったかー?」
背後で声がして、ふりむくと尖塔の突端にいたる跳ね上げ戸からテイラーが顔をのぞかせている。
「わかったらもう行くぞー。ここを早く閉めたい」
「テイラー、入城者の確認はできたか?」
ぞろぞろと一列になってテイラーの方へ戻りながら俺はたずねた。
「それがねえ、アーベル。怪しそうなのはそこにいる人くらいしかいなくてさ……」
即座にエヴァリストが口をはさむ。
「僕が疑われるとは心外だ」
「式典のためのあらゆる準備を整えた僕らに、残業を持ってくる怪しい男がいれば――」
テイラーは冗談をいっているつもりなのだろうが、冗談抜きでそういいたくなる気持ちはわからなくもなかった。
「そういえば婚約式は?」
と俺はきく。王宮の予定を厳密に把握しているのはテイラーだけだ。
「そろそろ始まるよ。儀式用の大広間だ。僕らはそれどころじゃないけどね」
「まだ大丈夫だ。動物は静かにしている」
エヴァリストが鼻をひくつかせる。
「使い手の子はどこにいる?」
「シャノンなら王立魔術団に交渉して王宮詰所に来てもらったよ。どうすればいい?」
テイラーは王宮に新設された師団の詰所でうまくやっているようだった。俺にはとうてい不可能なことだ。エミネイターの直属になった今でも、俺は師団内部の会議すら苦手だった。王城の組織はなんでも大きすぎる。暗黙のきまりも多く、何度出席してもなじめない。
「動物と迷路城壁に居てもらうのがいいだろうな。あそこで匂いを嗅いでもらおう。僕らは当面、交代でひとりかふたりずつ、彼につく」
「これって、どのくらいの残業になるんだろうね……お、そろそろはじまるな」
跳ね上げ戸からテイラーは身を乗り出して、手近な開口部から下方の広場をみつめた。
「近衛隊が出てきた。旗持ちの儀仗兵は豪華だねえ」
「アーベルのレムニスケートはどこに――」
ルベーグがぼそりとつぶやき、俺が黙れという前にテイラーが「この高さじゃさすがにわからないなあ。残念」とぼやいた。
「なんだ、きみの恋人は有名だなあ」
にやにやしながらエヴァリストが肩を叩いてくる。俺は反射的にその手を払ったが、ふりむくとエヴァリストはなんとも捉えがたい表情をうかべていた。俺の視線に気づくと唇をゆがめて笑った。
「アーベルはからかいがいがあるだろう」
俺を無視してテイラーに声をかける。あんな表情をするとき、エヴァリストはいつもろくなことを考えていない。俺のうなじに寒気がさす。嫌な感じがした。
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