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【第3部 荒野に降る】第12話

「アーベルさん、久しぶりです!」 「元気そうでよかった」 「この子も元気ですよ」  そういってシャノンが首の周りに巻いたマフラーに手をかけ、俺に差し出そうとする。即座にむくむくした毛のマフラーは生き返り、シャノンの腕のなかに入って縮こまった。 「そいつ、俺は嫌いなんじゃないか。屋敷から追い出して捕まえた本人だから」 「ええ? 大丈夫ですよー」  王宮の中に新設された師団の詰所は続き部屋で、手前の部屋は両開きの扉を大きくあけはなしてある。シャノンが抱きかかえたテンに似た動物は、鼻面を俺にむけてクンクンと嗅ぎ、またそっぽを向いた。エヴァリストに接したときの態度とは大違いだ。あのときはシャノンそっちのけで、あいつに巻きつこうとしていたくせに。  そのエヴァリストはふらりとどこかへ出て行ってしまい、俺はまた不穏な気分になる。先発隊に同行したあいつの身分は隣国の使節に準ずるものらしく、通行証もあるので俺がどうこういえるわけではないのだが、落ち着かないことに変わりはない。エヴァリストが行ってしまったとたん、動物はクンクンと悲し気な鳴き声をもらしはじめた。シャノンを差し置いてエヴァリストが恋しいらしい。  とはいえこの動物は本来、精霊魔術を使える人間にしか懐かないものだった。精霊魔術師という存在はやはり特別なのだ。王立魔術団に入ったシャノンは俺と初めて会った頃とは打って変わってうちとけた様子だった。王立魔術団にも慣れたというが、あまりに静かなのが落ちつかないときもあります、と漏らす。 「あの人たちは声に出さなくても通じるので、さびしくはないんですが」 「騎士団の連中には会ってるのか?」 「あまり……」 「シャノンが精霊魔術師にとられてから、クレーレがしごきがいのない新兵しかこないとぼやいていたが」 「小隊長とはたまに話しますが、それは初耳です。でもうれしいです」 「御前試合に――」  出たかったんじゃないか。思わずいいかけて、無神経だったとあわてて俺は口をつぐんだが、幸いシャノンはわからなかったらしい。 「試合は見に行きます! すごく楽しみなんです!」  顔を赤くしていい放ったところで、奥の部屋からテイラーがあらわれる。 「そろそろ行こうか。シャノン、悪いけど残業っていうか時間外になるのかな? そっちの勤務体制、よくわからないけど、ちゃんとつけといてね。アーベル、留守番よろしく」  ふたりと一匹が出ていき、俺はひとりになった。詰所の壁にもたれて、意識しないまま、はめこまれた意匠を通して王宮内をめぐる魔力――〈〈力のみち〉〉におかしなところがないかを確認する。  建物の魔力の流れに集中するうち、ひときわ強力な魔力が俺をひきよせるのを感じ、我にかえると目の前にエヴァリストがいた。 「――なんだ?」 「あいかわらず、集中しているアーベルはいいね」  エヴァリストは見慣れた笑み――誰かを誘惑するときにきまってつかう微笑みをうかべていた。俺は体がこわばるのを感じた。その場を離れようとしたが遅く、エヴァリストは壁に手をついて長身で俺の視界をさえぎる。俺は腕で押し返した。 「あんた――引けよ。俺を魔力で魅了するな」 「アーベルを魔力で魅了なんて、するわけないだろう」  こちらに顔を傾け、押し返す力をものともせずひたいに唇をよせてくる。 「その必要なんかなかったからね。ずっと――」  見た目に反して力のある腕が俺の肩を押さえてくるのと同時に脛に蹴りを入れようとしたが、タイミングが合わずそらされた。壁に押さえつけられたまま唇をふさがれる。エヴァリストの魔力が口の中から鼻を通り、直接感じられてくらくらした。これだから魔力の多いやつは始末が悪い。  この野郎、ともう一度思い切り蹴りをいれると今度はきまったらしく、うめき声とともに俺を壁に押しつける力が弱まった。  俺は肩を強く押しかえし、顔をもぎはなすようにしてエヴァリストと距離をとろうとする。やつの魔力で酔ったように世界が揺らぐのに耐えた。 「いいかげんに――」  そのときエヴァリストの向こうに見慣れた姿がみえた。いつになく派手な騎士服を着て、こちらはあてられた魔力でくらくらしているが、それでもすぐにわかる。クレーレだ。  見られた、と思うと同時に顔にかっと熱が上がる。 「いいかげんにどけ!」  エヴァリストをもう一度蹴りつけると今度はあっさり離れた。見なくてもやつがどんな顔をしているのか俺には見当がついた。ゆがんだ皮肉っぽい笑いをうかべているはずだ。 「いまの、例の恋人だろ? 悪かったね」 「――わざとだろう。何を考えている?」 「きみがあんまり夢中みたいだから、嫉妬してしまうじゃない?」 「嘘をつけ」  クレーレは通りかかっただけなのか、それともこの詰所に用事があったのか、俺には見当がつかなかった。彼のことだから次に会っても自分からはいいださないだろう。釈明する時間がとれるかどうかも怪しいのに、というよりも、それがあらかじめわかっているからこそ、エヴァリストはこんな態度に出ているのだ。 「――あんたのそういうところが、俺はほんとうに嫌いだよ」 「え? どういうところ?」  無邪気を装ってエヴァリストが応じたとき、警報が鳴った。

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