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【第3部 荒野に降る】第14話
何の前触れもなかった。
強烈な圧力が直撃し、俺は首から胸を打たれたように壁に押しつけられたかと思うと、反動で前にふっとんだ。「アーベル!」叫び声が聞こえるがなにひとつできず、円の中に倒れこみ、あやうく内部の複雑で巨大な仕掛けに飛びこみそうになったところを後ろから強い力でひきとめられる。エヴァリストが俺の腰をつかんでひきずり、俺は地にうつぶせに崩れる。
「――創始者の直系か」
前方でまたしわがれた声がきこえる。地の底から来るような声だ。ここはすでに地の底に近いだろうが。
俺は膝と両手をつき、なんとか立ち上がろうとするが、顔をあげることもできない。自分の鼓動が割れそうに速く、心臓のあたりがおしつぶされるようで自然に涙がこぼれる。全身の力が抜けている。魔力がこんなふうに直接人にぶつけられるなど聞いたことがない。
うつむいた視界がぱっと明るくなる。誰かがトーチをつけたのか。
足音が耳の横を走り抜け、俺は剣が抜かれる音を聞く。複数の剣戟。「うしろはまかせろ」とエヴァリストの声が聞こえる。やつも剣を持っていたのか。ふやけたような俺の手にやっと力が戻りはじめ、膝をずりながら俺はなんとか上体を起こすが、目が回って今度はうしろに倒れそうになる。クレーレとエヴァリスト、それにシャノンがそいつを奥の壁際に追いつめている。さっき俺に向けられた力――あれは魔力なのか?――は、彼らには向けられていない。
俺はぼんやりとクレーレの剣の動きをみている。なにかがおかしいという気がしてしかたがないが、頭がはたらかない。相手は剣と、鎖のついた鉄球のようなものを振っている。動物がシャノンの肩から手をつたい、相手の指に噛みつこうとして、鉄球にはねかえされる。
「アーベル、大丈夫か」
「いまのは――なんだ?」
テイラーとルベーグが左右にたち、ふたりの手を借りて俺はよろよろと立ち上がる。煙か渦のようにたちのぼる回路の魔力ごしにみえるそいつは、まるで、鉄球と剣を両手にもって踊っているようだ。俺の力を全部吸いとるような衝撃を投げつけてきたのに、他の者には何もせず――あるいは、できずに――そのまま剣で応戦しているのが奇妙だ。左手でぶんぶん鉄球を回し、クレーレたちを近づけないようにしている。そして俺の方向、回路の円を向き、模様を描くようにしながら狙いをつける。
俺の首筋が総毛だつ。
そんな力が残っているとは自分でもわかっていなかったが、俺は走った――いや、ほとんど飛びこんでいた。円の向こう側へ、鉄球を奪いとるために。
これこそ俺の回路が仕込まれている武器だ。
つかみかかったとたん球が俺の胸を直撃する。体の中が絞り出されるような衝撃が走るが、俺は夢中で球がつながる鎖にとびつき、しがみつく。そいつが俺にむかって剣をふるのがみえた。ほとんど風切音が聞こえるほどの距離だった。これで俺は死ぬのでは、という意識が頭をかすめる。
だが次の瞬間、俺は鉄球ごと遠くに投げ出された。
叫び声がきこえる。俺はまた地に転がっている。裂けるような痛みに腹を折りまげて倒れたままだ。
どのくらいそうしていたのかもわからなかった。顔のまわりで振動を感じ、誰かが背中をさする感触があった。俺は横を向き、それからうつぶせになり、膝をつく。
鎖がついたままの鉄球は俺の腹のあたりから地面に転がり出て、手が届かないほど遠くまでいき、止まった。
「見るな」
誰かの声がきこえるが、俺は頭を上げ、そして見た。
剣をさげてクレーレが立っている。地面に人間が倒れている。血だまりができている。
けっこうな量の血だ。首の動脈から袈裟懸けに切られたのか。
「……死んだのか」
胸から腹にかけての痛みではたして自分が声を出せたのかもわからなかったが、届いたらしい。
「そうだな。あれは助からない。――いい腕だ」
エヴァリストがこたえた。
かがみこみ、俺に顔をよせると、「アーベル、あの鉄球――」と小声でささやく。
「あそこにある」
「破壊しないと」
エヴァリストは転がった鉄球――おそらくは爆発物だろう――に近づくが、ルベーグの方が速かった。かがんで慎重に鎖をもちあげる。魔力の光輝に照らされた武器は無骨で醜かった。
「これが例の無効化された武器か」
「僕に持たせてくれないか。危ない」
エヴァリストが声をかけたが、ルベーグは鉄球の匂いを嗅ぎ、耳を近づけ、そして首をふった。
「大丈夫だろう。まず調べる。エミネイターに報告しなければ」
「――この男はどうする」
鉄球に手が届かないとみたからか、エヴァリストは死骸の横にひざをつき、見慣れない装束の中をさぐった。
「死んでしまうと、意図をきくことはできないけど」
「運び出して、とりあえずは警備隊で収容する」
クレーレが剣を鞘におさめながらこたえた。
「持ち物は師団の塔に届けよう。魔術絡みならそっちで調べてくれ」
エヴァリストは死骸の腕をひっくり返した。クレーレを見上げ、早口で告げる。
「それはいいが――もし外せない装飾があったらすぐに呼ぶんだ。自分で触るなと他の騎士にも伝えておいてくれ。こいつは妙な技を使っていた。死体になっても危険だ」
クレーレは微動だにせずに死骸をみつめていた。ぼそりとつぶやく声がきこえる。
「殺すべきではなかった」
「いや、未然に防いだんだ。あの状況で手加減は無理だよ。それより僕はその鉄球を持ち帰りたい」
「慌てるなよ」テイラーが口をはさむ。
「まずは調べないと。それにしても……この男、アーベルを――ナッシュと呼んでいたね」
俺はぼんやりと首をふった。
「誰かと間違えたんだろう」
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