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【第3部 荒野に降る】第17話

 頭の外側をガンガン叩かれているような気がして、目をあけると今度は宿舎の自分の部屋だった。たしかに音は鳴っていた。扉を叩くコツコツという音だ。部屋は暗かった。誰が俺をここまで運んだのか、それから何時間寝ていたのかと俺は思う。みっともないことこの上ない。  起きあがって明かりをつける。どのくらい待てば回復できるのだろう。またもふらつきながら扉をあけると、意外な顔があった。  クラインだった。  状況がつかめないまま俺は彼の人好きのする顔をみていた。王都に戻って師団に加わったころはクラインは親しみやすく、俺は気安く接していたのだった。実際去年の夏まで彼の近くで仕事をしていたのに、今こうして顔をみていると、何年も前のことのような気がした。 「どうした?」 「様子を見に来たんだ」 「それは……すまない。面倒をかけて」 「ちょっといいか」  クラインは肩で扉を押し、俺を追い立てるようにして部屋へ入ってくる。俺はとまどい、あとずさった。 「何かあったのか?」 「アーベル、まだ具合が悪そうだな。座れよ」  押しやられるまま寝台に腰をかけるとクラインはかがむようにして俺の脛に膝をおしつける。俺が反射的にうしろ手をついて体を支えると、今度は顎を強くつかんだ。前置きもなくいった。 「あの基板、見覚えがなかったか?」  顎にクラインの指が食いこむのを感じながら俺はぎょっとして目をみひらいた。 「俺はあったぜ。あんたの回路は去年隣にいたとき、さんざん見たからな。あのしるし……」  クラインは思わせぶりに語尾をのばした。 「あんたのだろ」  俺はクラインから目をそらさなかった。彼は魔力量もそこそこ多く、いまは膨大な数の試験をこなしている。試験は単調で退屈な仕事だが、経験をつむことに大きな意味がある。回路の些細な差異や特徴に勘が働くようになるのだ。 「――半分はな」  俺はクラインを押しのけようとした。 「俺が失敗して、見込みがないと捨ててきたものだ」 「ゼルテンの装置を無効化する回路を?」 「ちがう。あれは……もともと、武装用の汎用回路だった。しかも失敗作で、俺が捨てたものが拾われたんだ。正確にいうと盗まれた」 「だが現に使えるようになっていたわけだろう。どうしていまここに来るんだ? しかもあんたの知り合いとかいう、あいつが王都へ、隣国の一隊とやって来てすぐに? 偶然にしてはおかしいよな」 「エヴァリストは……まさにあれを追ってきたんだ」 「最初から仕組んでいたんじゃないのか?」 「ちがう。俺はまったく知らなかった。まったく、何もだ。――離せよ」  だがクラインはますます力をこめ、反対に俺はというと肝心なときにまったく力が戻ってこない。最近俺はこんな状況が多すぎないだろうか。  みじめな気分で、腹が立ってくる。クラインが俺をみてにやにやしている。急にこいつは蛇のようなやつだと思う。こいつにくらべたらエヴァリストは千倍ましだ。 「あのレムニスケートが聞いたらどういうかな」 「知るか」 「前は俺とも遊んだくせに」 「あの時は――あんたが俺を嵌めたんだろうが!」  怒鳴りつけたはずみにクラインの膝がゆるんだ。俺は蹴りをいれて押しのけるが、反動でうしろに倒れた。クラインも派手に転んでその先にあった椅子が倒れ、水差しが床におちて割れた。 「――この」  クラインは即座に起き上がり、こっちへ向かってくる。そのときだった。 「何をしている」  扉がバタンと開いて低い声が響き、俺とクラインは同時にその場で固まった。クレーレが扉に大きな影をつくっていた。倒れた椅子や水差しにじろりと目をくれた。 「アーベル? そこのおまえは?」  俺はようやく起き直ったところだ。一方クラインはたちまち体勢を整え、服についた埃をはらった。俺にむかってまたにやりと笑った。 「近衛騎士の参上だ。ちょうどいいじゃないか」  吐き捨てると扉口のクレーレに向きなおる。 「例の持ち込まれた武器の回路、作り手がわかったんですよ。少なくとも半分はね」と自慢げに告げた。  しかしクレーレは、すぐには意味を飲みこめなかったようだ。 「どういうことだ?」 「このアーベルが、元になった基板を作ったんだ。なあ、そういったよな?」  クレーレが俺の方を向く。 「――アーベル?」  近衛隊の騎士服を着たクレーレはいつもと同じように落ち着いてみえた。ふらふらした俺の足元とはぜんぜんちがう――重くどっしりして、錨のようだ。口の中はからからに渇き、声が出ない。俺はまばたきもせずクレーレをみつめる。隣でクラインがまくしたてている。

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