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【第3部 荒野に降る】第21話

 王城内はこれまでにない人出で賑わっていた。大きな歓声が響いてくるのは騎士団の訓練場の方向だ。訓練場と隣接する広場にはこの御前試合のために観覧席が設けられていた。豪奢な飾りがもうけられた最上の席に、王陛下、アルティン殿下と姫君、隣国の使節団、その他の王族や貴族たちが座っている。一段下には大商人やギルドのお偉方、とつづき、広場の周囲には庶民が輪を作って見物中だ。  なにしろ今日のこの試合こそが今回の一連の行事の総仕上げで、王城内に招き入れられた平民にとっては最大の見物でもある。予選に勝ち残った者には、役付きでない平民出身の警備隊員もいるのだ。  城下もお祭りムードで、出店が大繁盛していた。試合に出場する警備隊の連中も人々に大人気だ。この分ならアルティン殿下の評判も騎士団の士気もさらにあがることだろう。この世継ぎには血で血を洗うような競争相手がいるわけでもない。殿下にもしものことがあればまだ小さい末の王子があとを継ぐだろうが、殿下の人気が盤石なのは何の不都合もない。 「きみの騎士、ぶっちぎりらしいね」  で、俺はまた迷路城壁のてっぺんの、観測箱のそばにいる。  真下の石段からテイラーが上半身をのりだして、そんなことをいう。 「なにが」 「トーナメントの最終予選だよ。どいつもこいつもあっという間にやられて、最初に勝ち抜いてしまったってさ」 「いやそりゃ……強いんだろうからな……」 「あの警備隊のでっかいのも当然残ってるから、最後はあの二人の試合が楽しみだって、ちまたの評判だ。賭け屋が大繁盛だな」 「城下の取り締まり、どんな調子だ」 「役には立ってるみたいね。うちで貸し出した装置も。まあ、気にするな。アーベルは始末書が受領されるまでは表向き謹慎ってことになっているから、のんびりしていなよ」  テイラーは石段に座りこみ、観測箱に設置した器具を調整していた。ルベーグが城壁にもたれて、声が響いてくる方向へ目をすがめている。  そうなのだった。俺は一時的に師団の業務から外されている。ひとまず謹慎という名目でおとなしくしていろとエミネイターから伝言があった。  あのあと近衛隊のクレーレの部屋でめざめたときは日も高くなっていて、もちろん部屋の主はおらず、清潔な着替えと俺のローブが置いてあった。俺は師団の塔に戻ったものの、宿舎に閉じこもっているのにうんざりしていたところに、テイラーとルベーグが迎えにきたのだ。名ばかりの謹慎もいいところだが、本来予定されていた師団の業務に携われるわけではない。  師団の回路魔術師は本日、警備隊を補うために師団独特のやり方で支援するべく、ほうぼうに駆り出されていた。だがエミネイターの直属であるテイラーとルベーグはゼルテンの装置の監視名目で、別部隊となっている。  今は師団の塔にいるのも居心地が悪かった。規則上は始末書どまりとはいえ、師団は今後の俺の扱いを決めかねているようだった。最初鼻高々にしていたクラインも俺同様に謹慎をくらったし、なにより噂があっというまに流れ、俺とナッシュ、そしてゼルテンの関係を師団の全員が知ったらしい。  これまでも伯父を通じて幹部の一部――少なくとも師団長であるストークスは知っていたにちがいない、ある時点からはエミネイターも知っていたのではないだろうか。レムニスケートがナッシュの記録を――俺にそっくりの絵姿も含めて――保管していたからだ。  とはいえ暗色のローブとすれ違うたびにぎょっとしたように見られたり、うしろでささやかれている気配を感じるのは気持ちよいことではなかった。そして俺はこうなってはじめて、この塔を居心地のよい場所、自分の属する場所と感じていたのだと気づく。 「だいたい、きみの家系はおかしいんだよ」  自分の異常さを完璧に棚に上げて、塔で出くわしたエヴァリストはこうのたまった。 「ゼルテンにしたって、組織にあわないっても、叙勲を蹴って放浪しに行くなんて、馬鹿だろう」 「そりゃどうも」 「なにしろ魔術師のはみだし者、ナッシュが創始した回路魔術だ、もともと奇人変人やもっさりしたのがそろってるものだけどね、そもそも師団設立のきっかけになった大立者が出ていって、数十年後に孫が戻ってきたとなれば、ひそひそ話くらいするというものだよ」 「それもどうも」 「ただ一応断っておくと、僕は回路魔術に関しては例外だ。もっさりしていない」 「十分奇人変人だし、危険人物でもあるけどな」 「それ、きみのレムニスケートにそう見られているのはわかった。視線で人を殺せるなら、僕はもう何回か死んでるね」 「殺しても死なない根性のくせに」 「おや、そんな風にいわれると嬉しくなるかも」 「ならなくていい」  エヴァリストは御前試合をみるのだといって塔を出ていった。使節団に席を用意してもらったという。態度が以前と変わらなかったのはテイラーとルベーグだけだった。救われたと思ったのもつかのま、彼らは彼らで、そろってクレーレの話ばかりふってくるのには閉口した。  午前のうちに最終予選を終えた御前試合は、午後からが本番だ。最初は演武からで、隊列を組んだ騎士たちによる型の披露、つぎに刃をつぶした剣での寸止めの模擬試合。貴族出身の近衛騎士の多くはこの演武で華麗な身ごなしを披露するのだと、皮肉すれすれの言質を吐いてテイラーが笑う。 「その次がみんなと賭け屋がお楽しみの本番さ。武器を落として地に転んだ方が負け。寸止めだが真剣で」 「エミネイターは貴族席にいるかな」  ルベーグが城壁に手をかけ、弾みをつけて体を引き上げる。日光が銀色の髪にあたって反射する。 「もっと近くへ見にいくか?」  テイラーは立ちあがり、石段を上がって観測箱を閉じた。ついで石段の入り口を閉め、魔力で封じる。ルベーグがにこりとする。 「アーベルの騎士を見たい」 「ルベーグ、誰に賭けてる?」  テイラーは閉口している俺を完璧に無視してルベーグに問いかける。 「もちろんアーベルの味方だから、わかるだろう」 「オッズをみたか? 前評判が良すぎるのもつまらないぜ。僕はダークホースを狙う」 「どうせ複勝で賭けてるんだろう」 「三連単を狙いたい」  おいおい、と俺はふたりに向かって声を大きくした。 「まともな計算ができるなら、賭けなんて胴元が儲かるだけって知ってるだろうが」  テイラーもルベーグもそれがどうしたんだといいたげな顔をした。俺を無視して話をつづける。 「どのあたりがよく見える?」とテイラー。 「庭園の壁の上はどうだ」ルベーグが即答する。  警報が鳴るだろうが、という俺の抗議は「なに、点検モードにすればいい」とテイラーが流した。ルベーグが形のいい眉をあげて、俺をしげしげとみつめる。彼が俺のことを気遣っているのがなんとなくわかった。 「アーベル、この期におよんで照れるのもどうかと思うし、せっかくなんだから楽しむべきだ。とはいえきみの騎士は一番人気がすぎるな。オッズが低すぎだ」 「あのなあ……」 「いやいや、ルベーグ。やっぱり問題は儲けじゃなくて、勝つことさ」  テイラーが先に立って速足で歩きはじめ、俺とルベーグは急ぎ足であとにつづく。

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