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【第3部 荒野に降る】第25話

 会議論とはすなわち、懐疑論である。  どこかの誰かから聞いた駄洒落を思いうかべながら俺は居並ぶ師団の幹部たちをながめた。指定されるまま、円卓テーブルの下座、正面にストークスをおがむ堅い椅子に腰を下ろす。塔の上階の会議室も、椅子はやはり堅い。  とはいえエミネイターの直属になってから、師団のさまざまな会議で見える風景が変わったのは否めなかった。ルベーグやテイラーの横にいると何かと発言せざるをえないし、退屈な全体会議はエミネイターの工作によりすっぽかせるようになったのが大きい。持つべきものはよい上司だ。  だが今日突然呼び出されたのは本来自分と無縁な幹部連の会議だから、俺は一刻も早くこの場を去りたくて、おっかなびっくり椅子に座っている。俺が呼ばれた理由はわかっている。議題が例の事件と、そして俺自身だからだ。  正直な話、師団での雇用に関して何かしらの結果が出るのであれば、エミネイターを通して宣告すればよいのにと俺は思っていた。呼び出されるとは不穏である。まさしく会議は懐疑の場所だ。  ストークスが俺を正面から見据えて「ご苦労。よく来てくれた」という。 「こちらの議論がある程度まとまったので、この場できみの意見も聞きたいということになった。まず伝えることがあるから、そこからいこう。きみの功績についてだが」 「功績?」 「そうだ。未然に危機を防ぐ情報をもたらしただけでなく、肝要な時に実際の被害を防いだ件だ」  俺は面食らった。 「……功績になるんですか? 始末書を書いて謹慎していたつもりだったんですが」  ストークスは困ったような笑みをうかべる。周囲に座る他の幹部は、エミネイターも含め、何もいわない。 「始末書は規則なので仕方がないが、繊細な事柄が絡んでいたのでね。謹慎が名目なのは知っていたと思うが」 「情報を持ってきたのは俺の知人ですし、自分は彼に頼まれて成り行きで動かざるを得なかっただけで、むしろ王都に危険を呼びこんだかもしれないと考えているくらいなのですが」 「その件についてはこちらの対応が悪かった」  ストークスはそう断ると、俺の英雄的行為についての美しい物語を説明しはじめ、俺はさらに面食らわざるをえなかった。その物語は数日前俺がデサルグから聞いた、騎士たちの間に出回っている噂の上に、さらなる忠誠や友情の飾りを盛ったていのもので、当事者であるはずの俺にはおよそ非現実的に響いた。 「つまり君の行為は公式にこのように記録される。どうだね?」 「はあ……どうといわれても」  いったい何と答えればいいのか。嘘八百ではないにせよ、ほとんどが美辞麗句で盛られていて俺の身の丈にはあまる。エヴァリストなら皮肉に口をゆがめて笑うのではないか。いや、口をゆがめるどころじゃない。アーベル、そいつはいったい誰だよ、そういって爆笑しかねない。  エヴァリスト。  俺ははたと思いあたる。  ――こんな工作をしそうなのはまさしくあの男じゃないか。 「アーベル、喜びたまえ。魔力が枯渇するほどの負傷もしたのだから、凄みの効いた逸話くらいなければ、わりに合わないだろう」  円卓からエミネイターがつと手をあげて発言し、ストークスがうなずく。 「そしてこの功績を考慮して、君は師補へ昇進する。これが辞令だ」  そして円卓の上に並んだ簡素な紙片を取り上げた。 「は?」 「本来の君の能力からすればいずれ昇進していたはずだ。時期が多少早まったにすぎない。加えて」と今度は円卓から金色の大きな封蝋で閉じられた書状を持ち上げる。 「君は明日の夜、王宮で開かれる舞踏会に招待された。王太子殿下じきじきの招待だ。謹んで出席するように」 「はい?」 「未来の妃殿下が隣国へ帰国される、送別の宴だ。着るものはエミネイター師が手配してくれる。回路魔術師団を代表するようなものだから、粗相のないようにな」  俺は口をぱくぱくさせながらストークスから渡された辞令と書状を眺めた。まったくのヒラからいきなり師補へなるなどおかしいのではないか。師補はエミネイターより下だが、テイラーやルベーグより位が上になってしまう。  師補辞令はあっさりしたものだが、書状には王家の紋章が封蝋にくっきり押され、紙は透かしの入った上質のものだ。いったいこの裏には何があるのか。懐疑させるにもほどがある。 「そんなに恐れなくていい」  俺の疑念を見てとったか、ストークスはさらに言葉を重ねた。 「我々も君や君の家系の性格くらい承知している。何しろ三代にわたるのだからな。この辞令も王家からの招待も、君を師団に隷属させるものではない。ただ――君の伯父は妻の持病を口実に若いうちから城下の屋敷にひきこもったが、君には城下で回路魔術を研究するだけでなく、塔にもいてほしいと思っているのだ。それが今回師補へ任命した理由で、我々の気持ちだと汲んでほしい」 「はあ……ありがとうございます」  俺はもごもごと礼をいうしかなかった。こんな決定が全員一致で行われたとは信じがたいが、辞令も書状もあるわけだから、否定するのもおかしい。 「伝達事項は以上だ。さらにひとつ、君の意見がききたいことがある」 「なんでしょう」 「――君は、大陸の回路魔術が新しい局面を迎えていると思うかね? そうだとすれば、我々の知識と思考はどうやってこれに追いつき、さらに磨いていけばよいと思うかね?」

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