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【番外編】手品の作法(1)

「ルカ。見てごらん」  ルベーグの手のひらが優雅に翻る。風に銀髪がなびいて輝き、宝石のような眸が前に立つ少年の視線を誘導する。しなやかに動く指が白いハンカチを三回振る。ハンカチはぱっと消えたと思ったら、すぐに鮮やかな青に変わって、ルベーグの指先にまた現れる。 「うわっ、先生、どうやったんですか! これも回路……?」  ルベーグはうっすらと微笑んでいる。俺は塔の二階の窓からその様子を眺め、ほほえましい気持ちになる。ルベーグは並外れた美貌と能力に几帳面で不器用な性格を溶かして混ぜた合金みたいなもので、つまりいいやつだが、時々融通がきかず、時々同僚の俺たちには思いつかないようなことにハマったりする。 「ただのトリックだ。他にも見たいか?」  最近ルベーグがハマっているのは手品だ。手品である。回路を組むわけでもなく、精霊魔術を使うわけでもない、手先と口先だけで人を騙す手品。  ちなみにルベーグは優秀な回路魔術師だが、精霊魔術も使えるほどの魔力を持っていて、実際それなりに使うことができる。そんな彼がいまさらハマっているのが「手品」なのだから、俺が窓から眺めながらにやにやしてしまうのも仕方ない。  だがルベーグはそんな俺の気配をしっかり感じていたようで、銀髪をひらめかせると唐突に俺を見上げて、鋭い声で「アーベル。笑うな」といった。 「笑ってないぜ」  俺は顔をひきしめながら叫ぶ。 「ねえ、アーベル先生もできますか?」  ルカもこちらを見上げて無邪気にいった。俺は首をふる。 「いや。俺は下手だ。タネは知っているが」 「知ってるんですか?」 「得意なのが昔の知り合いにいたからな」  ルカは好奇心で眼をいっぱいに見開いている。長身のルベーグの半分くらいしかなく、同世代と比べても小柄な方かもしれないが、元気いっぱいだ。もっともこの塔へはじめてきたときはそうでもなかった。彼はルベーグが最近とった弟子なのだ。  以前のルベーグは教えるのは苦手だといって、弟子を頼まれてもことごとく断っていたのだが、騎士団のデサルグが知人の子供だといって連れてきたルカだけはちがう扱いだった。理由は俺にはわからない。十一歳の少年は膨大な魔力を秘めていたが、そのために家族や周囲の人間のあいだでよくトラブルを起こしていたらしい。  そんな子供はたまにいて、学校から精霊魔術師に一時預かりとなる場合が多い(そしてしかるべき年齢になると王立学院へ進学する)のだが、ルカは俺と同様に学校が合わなかったらしく、困った家族が親しい警備隊員に相談し、そいつが上司の騎士に相談し、最後に副団長のデサルグに回ってきたという。  家族は王都に住む平民で、俺の想像ではたぶん、警備隊の下働きにでもやればいいと考えていたのだろう。だが俺とクレーレのおかげで、騎士のくせに師団の塔の事情に通じているデサルグはそうは考えなかった。  騎士団や警備隊に入るのは生まれつき魔力が少ない連中が多いが、現在の騎士団長の方針で、師団の塔は以前より騎士団と近くなっている。王都の警備に関しては共同作戦を行うことすらある。とはいえ騎士と回路魔術の相性自体はそれほど良くはない。回路魔術は精霊魔術のような尊崇を受けていないから、俺たちのことをうさんくさい道具を使う輩だと思っている騎士は多いし、回路魔術師はというと、騎士なんてただの脳筋だと馬鹿にしていたりする。  真に連携を取りたいなら偏見はない方が良いに決まっている。デサルグは双方に理解のある人間を増やしたいのだった。魔力が多いのなら精霊魔術師を頼ればいいのに、師団の塔へ連れてきたのはそのせいだろう。  そしてルカはルベーグを一目見たとたん、子犬や子猫があとをついていくようにルベーグになつき、ルベーグも珍しくルカを拒否せずに、こうやって手品をみせているわけである。不思議なこともあるものだ。  とはいえ、このたぐいの手品が抜群に上手かった――上手いのは手品だけじゃないが――あいつも、最近は連れができたようだし、と俺はかつての相棒の金髪を思い浮かべた。エヴァリストが物騒な気配の赤毛と組むくらいなら、ルベーグが弟子をとることだってあるだろう。  ルベーグは手の中の青い布切れを今度は赤い頭巾に変えている。魔力の気配は一切なく、手先による目くらましにこだわっているのが彼らしい。 「お、ルベーグ、また新しい技を披露しているな?」  テイラーが俺の横にあらわれ、ニヤニヤ笑った。 「あれができるくせにスリにあうっていうんだから、わからないよな」  俺は驚いてテイラーをみつめた。 「ルベーグが? でもあいつほどの魔力があればスリなんて事前に察知できるだろうが」 「ぼうっとしていたんだと。回路のことでも考えていたんだろう。僕の予想じゃ、手品をひと通りマスターしたら、魔力なしでどうやってスリができるのかの実験に移るぜ」 「実験ね」  たしかにルベーグなら、こんな風に問題に取り組むような気がする。いたって真面目で真摯なのだ。しかし方向性は少しおかしいんじゃないか? そう考えた俺は急に、テイラーがここにいるのもおかしいのに気づいた。 「あれ? おまえ今日は王宮づきじゃなかったか?」 「そうだよ。呼び戻されたんだ」テイラーは回廊の奥へと顎をふった。「エミネイターが呼んでる」 「最近回路魔術師を狙う強盗が多発している」  いつもの俺たちの研究室、いつものようにお菓子が供えられた定位置で、上司のエミネイターは重々しくいいはなった。彼女は本日も男装している。あいかわらずの美青年ぶりである。舞踏会に彼女が男装で登場すると、その辺の貴族男性をさしおいて、女性たちの歓声と人だかりができる。 「なんで?」  俺は呑気に聞き返した。意味がわからなかったのだ。回路魔術師なんかを襲ってどうするというのだ。  エミネイターは俺に向かってにやりと笑った。 「アーベル。ローブの前を開けろ」 「え?」 「いいからあけろ」  テイラーが後ろでなぜか口笛を吹き、俺は首をかしげながらローブを開く。何も変わったものは入れていない。ローブの内側にはポケットがたくさんあって、そこには―― 「銀糸と金糸。合金の針金、なめし革。計測器、基板。石英、青玉、羊皮紙、鴉の羽根、工具にトーチにぼろ布に――あとは小銭か」 「それがどうかしたのか? ただの道具じゃないか」 「おまけにほとんどがらくただな」  エミネイターはぼろ布をとりあげて匂いをかぎ、顔をしかめる。 「まあいい。城下に回路魔術師のがらくたを集めて売りさばいている元締めがいる。触媒にする貴石は小さくても貴石だし、基板は修理屋に流せば平民にとってはそこそこの値段になる。で、暗色のローブが狙われる。わかっているだけでこれまでに六人、夜道で襲われた」 「六人?」テイラーとルベーグが同時に声をあげる。 「そう。この塔の連中のことだ、被害届を出していないのもいるだろう。もちろん騎士団は動いている。ケチな窃盗団と思っていたら裏になにかありました――はまずいし、回路魔術師は王都の防備に関わっているから、人的被害が出てはたまらないというので」 「へえ」  テイラーがのんびりした口調でいった。 「僕らの地位もあがったものですねえ。壁の花ならぬ壁のシミみたいな扱いだったのに」  ルベーグがテイラーへ流し目を送った。 「きみが王宮で喋りまくっているせいもあるだろう」 「僕はおとなしいもんだよ」 「そんなわけで、これまでの事件の詳細だ」  エミネイターはかまわず石板を置き、俺たちは回路魔術師が襲われたという城下の場所の一覧を眺めた。 「やり口は単純だ。人のいない、警備隊が手薄な夜道でナイフで脅してローブを奪い取っていく。両手を上にあげさせて回路魔術を使えないようにさせている。そもそも回路魔術師なんてどんくさいのが多いんだが――とはいっても、最後のは追いかけて自分で下手人を捕まえたから、騎士団の尋問で元締めが割れたが、逃げ足の速いやつでまだ捜索中だ」  どんくさい。たしかにその通りだ。精霊魔術師は自分に対する害意を察知できるが、回路魔術師はそうではない。エミネイターは石板をコツコツ叩き、話を続けた。 「まずいのはこのおかげで『暗色のローブは高く売れる』という噂が、王都へ最近やってきた貧しい連中に流れていることだ。だからプロの強盗だけじゃなく、よその食い詰め者が手を出してくる可能性がある。というわけで、しばらく気をつけろというのが塔全体に下されたお達しだ。いっとくが、王宮からじきじきに出ているからな」 「たいそうな話になっているな」  俺は多少呆れながらローブの前を留めた。何を思ったのか、エミネイターが俺をみて愉快そうにニヤニヤ笑った。 「――で、アーベル」 「なに?」 「お迎えが到着だ」

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