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【番外編】手品の作法(3)

 この国では、精霊魔術師が着る白のローブは箔をつける衣装だ。治療師の灰色のローブは患者を落ちつかせる象徴となり、回路魔術師の暗色のローブは、ただの道具箱だ。  現役の回路魔術師がまとっているローブをはじめて手にした者は、その重さを意外に思うらしい。しかし回路魔術を為すのがどういうことかあらかじめ知っていれば、特段驚きはしないだろう。  回路魔術師のローブは内側に鞄が縫いこまれているようなものだ。俺たちは必要な道具をつねに持ち歩く。大陸でも回路を扱う人間は多かれ少なかれ、何らかの形で道具類を持ち歩いている。ここが、物質的な材料を何ひとつ使わなくても魔力を操ることのできる精霊魔術と回路魔術の決定的な違いだった。回路魔術が一段「劣って」いると思われがちな理由でもある。  実際はどうなのか。「力のみち」を操ることにかけて、ひとが作った道具を使うか使わないかなど、ささいな問題にすぎないのではないか。  そうはいっても、みずからの身体ひとつで魔力を操る精霊魔術に俺はいまだに憧れを持っている。だが昔大陸で組んでいたエヴァリストは「精霊魔術など手品にすぎない」と何度もいった。彼の真意を俺は一度も理解できたことがない。 「アーベル」  テイラーの声が聞こえても俺は作業台から眼をそらさなかった。あと少し。もう少しで終わる。 「アーベルってば」  また声がかかる。俺は苛立ちながらペンを置き「もう来たのか。待たせておけよ」とうしろを向いて(ただしろくに見もせずに)怒鳴った。ローブ狙いの強盗団を捕まえると聞いて数日経ってもいまだに俺の「お迎え」は続いていたからだ。思わず「騎士団もいいかげん仕事しろって……」とつぶやいた時、いつもの面々――テイラーとエミネイター、ルベーグの三人が俺のうしろに勢揃いしているのに気がついた。 「なんだ?」 「私としては大変残念なのだが、アーベルの送迎は終了だ」  エミネイターが腕を組んでいった。「王立騎士団はきちんと仕事をしたらしい」  俺はまったく残念と思わなかった。エミネイターの言葉は朗報以外の何物でもない。 「なんだ、早くいってくださいよ」 「だから呼んだ」ルベーグが扉の方を指す。デサルグの巨体がのぞいている。「副団長殿から話があるそうだ」  説明によれば、暗色ローブ窃盗団、もしくは回路魔術師連続強盗団――何と呼んでもかまわないが、俺の不自由の原因となっていた賊は一昨日の夜、元締めを含め全員逮捕されたということだった。そういえば昨夜のクレーレの帰宅は遅かったし、今日も早朝に屋敷を出たから、俺は顔も見なかった。 「全部で七人、うち首謀者とその相棒以外はチンピラです。適当に酒場で拾われたのもいます。首謀者のアイサムはこれまで二回、窃盗で挙げられているけれど、強盗の前科はなし。相棒のデレクは回路魔術を多少かじっていて、そのおかげで思いついたといってます。デレクにはたいして魔力はないんですが、回路を組んでる基板は田舎の村で重宝されるというので、盗品から基板を外して転売していたらしい。それが何かのトラブルで田舎に居れなくなって王都へやってきて、お宝が道端を歩いているのを――彼にいわせればだが、みつけて誘惑に逆らえなかったと」 「なんといっても僕らはどんくさいからねえ」  テイラーが茶々を入れるのにルベーグが横目をくれた。 「ローブを奪う程度で騎士団まで出てくるとは思っていなかったらしく、大事になっているとわかったとたん王都から逃げ出しましてね。近隣の捜索に手間取りました」 「盗品からの基板の転売はよくある話か?」俺はたずねた。 「多少心得がないとすぐゴミ同然になるだろう。そのデレクってやつ、魔力は少なくてもそれなりに回路を扱えるんじゃないか」 「面接したんだが、そこまでじゃないんだ」エミネイターがいった。「転売屋ができていたのも不思議なくらいだ。修理屋にもなれんだろう。回路のことなんかわかってない」 「じゃあ他にもいたんじゃないか? 回路魔術が使えるのが」  俺の問いにデサルグは首を振った。 「村で聞きこみもしたんですよ。周辺にそんな人間がいたというのは出てこない。|騎士団《おれたち》が心配していたのは王都の防備に関する情報が国外に漏れることだったんですが、その心配はないようです。城下の治安は徹底して守ることは示した。アーベルさんも一人で帰れますよ」 「それは――どうも」 「残念だなあ。アーベルの仏頂面が夕方の娯楽だったのに」  テイラーがぬけぬけとほざくのを尻目に俺は首を振った。肩のあたりでボキっと骨が鳴る。 「いや、俺は嬉しいぜ。これ以上おまえらの娯楽になんてなりたくない。今夜はのんびり仕事ができるな。デカい騎士に町屋敷までついて来られるのもさ……」 「今日は城下に帰るのか」ルベーグが俺にいう。「あそこで何をやってる?」 「例の実験中のやつ、耐久試験で走らせているんだ。毎日リアンに記録してもらってる。そろそろ結果が出るころだ」  城下にある俺の家――クレーレと住んでいる騎士団長の屋敷ではなく、実験室代わりに使っている伯父から受け継いだ屋敷――を思い浮かべながら俺は答えた。リアンは近所の家の子供で、回路魔術の素質がある。彼の母親にたまった家事や食事の差し入れを頼む縁もあり、近頃俺は手間賃を払って小さな用事を任せていた。 「お迎えがなくなったからやっと羽根をのばせるな」  そういってテイラーがニヤニヤ笑った。

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