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【番外編】手品の作法(5)
「うーん、いくらアーベルさんでも、勝手にこういうことをされるとねえ……」
デサルグが窓から塔の中庭を見下ろしながら仏頂面でぼやいた。
「いいだろうが。子供だし、素質があるし。適当にごまかしてくれ」
「あなた、誰にものを頼んでるかわかってます? 俺は一応副団長なんですよ?」
「だから頼んでるんじゃないか」
デサルグは俺の顔をみて、中庭をまたみて、ため息をつく。
「団長にはあなたが直接いったほうがいいんじゃないですか?」
「もちろんクレーレは俺がどうにかする。問題は記録だ。アイサムだのデレクだのとの関係を残さずに、孤児を保護したってことにしといてくれ」
「なんでそんなに肩入れしてるんです?」
中庭ではルベーグに手品を教わっているルカがいて、コリンがその横に座っている。今朝から塔の中を連れまわされて、彼はすっかり毒気を抜かれた様子だった。初めて出会う世界だから、だろう。おやじが死んだあと伯父の研究室に連れてこられた俺とそっくりの反応だった。
俺はためらって言葉を探し、結局ひとこと答えるにとどめた。
「素質があるんだよ」
「弟子にでもするんですか」
「さあ」
突然窓の下で声があがった。コリンが両手を突き出してルカの前に立っている。その手首がひらめくと、次の一瞬で赤い布切れが指先に出現した。ルカがぽかんと口を開けてみている。ルベーグが鋭い視線をコリンに注ぐ。
「あれはなんです?」デサルグがたずねた。
「手品がうまいらしい」
俺は眼をすがめてコリンをみつめる。彼は基板の取り外し方を、親のみようみまねで習得した、といった。だが文字は読めない。
「早く作法を教えないとまずいな。ろくなことにならないぞ」
デサルグはため息をついた。
「わかりました。貸しにしますよ」
「それでいい。ありがとう」
「にしても、どこで引き取るんですか、あの子? この塔の中で暮らすんですか?」
「いや」
俺は首をふった。「まあ――どうにかなるさ」
「外に見慣れない子供がいたが」
その晩クレーレは早く帰宅した。石鹸の匂いをぷんぷんさせながら俺の書斎の長椅子にどっかりと腰をおろしている。俺は酒のグラスを渡した。単純な手だが、丸めこむには多少飲んでくれた方がいい。
「黒い髪の子供……新入りの使用人か?」
「そうらしいな。コリンという名前だそうだ」
俺も長椅子の前に立ったまま、自分の酒をひと口すする。
「みなしごだが、亡くなった親は修理屋で、回路魔術の素質がある」
「ほう」クレーレは意外だという表情をした。「めずらしいな」
「俺としては、この屋敷の下働きもいいが、塔で見習いをさせたいと思ってるところだ」
「いいんじゃないか」クレーレはのんびりといった。
「ここから王城へ通わせればいい。弟子にするのか?」
「まだ様子見だ。手先は器用だし、きちんと訓練すれば回路魔術師になれるかもしれない」
「ルシアンに話して、学校がわりに師団の塔へ行かせるか」
やれやれ、うまくごまかせそうだ。多少の罪悪感は感じつつも、デサルグがうまく処理してくれたのを悟って俺はほっとした。この屋敷にコリンを連れてきたときに料理番とメイド長と庭師を抱きこんでおいたのも、うまくいった。
執事のルシアンと俺の関係には時々緊張があるが、他の使用人は俺の味方で、いつも多少の融通をきいてくれる。コリンの見た目がいいのも幸いした。メイドたちがあっという間に彼を気に入ったからだ。
コリンは当面のあいだ手が足りない厨房の下働きに入ることになり、使用人部屋に寝床を手に入れた。厨房なら食うには困らないだろう。
使用人たちには俺の遠縁と話しているが、クレーレに真実を話すのは――まあ、すこし先でいい。手品の種明かしはすぐにするものじゃない。
「アーベル、あの子供――」
グラスの中身を一気に飲み干したクレーレが俺の腕をひく。自分のグラスを落とさないように気をつけながら、俺は長椅子の横に腰を押しこむ。
「すこし似てないか」
「何に?」
「おまえに」
グラスの酒は蒸留酒で、本来なら飲み干すにはいささか強い。ちびちびすすっている俺の手からクレーレがグラスを取り上げる。
「おい、クレーレ。飲み足りないのか?」
「すこしな」
「俺のを取るなよ」
抗議したのにクレーレはにやっと笑って、またグラスを飲み干した。顎を彼の指がたどっていく。首のうしろから髪の生え際をなぞられると気持ちがよかった。
「似てるって、髪が黒いから?」
そうたずねると、クレーレはふと考えこんだ様子になる。
「それもあるが……顔つき――いや、雰囲気?」
「そうか?」俺は笑った。
「それなら魔術師向きだ」
「でも俺の魔術師はひとりでいい」
髭の剃り跡がざらりと俺の頬をなぞった。クレーレの手のひらが顎を囲み、重なった唇からは濃い酒の味がする。
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