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【番外編】お揃いのカップ
「これに入れてくれ」
そういってルベーグがローブの内側から取り出したしろものをみて、俺たちはいっせいに眉をあげた。
「ルベーグ、それどうしたんだ」
「どうしたんだよいったい?」
師団の塔で一仕事終え、帰る前に一杯やろうとしていたときである。ルベーグが出したのは|白鑞《しろめ》のカップだ。つまり錫の合金でできたもので、みがかれた表面には浮き出し模様がある。
「アーベル。テイラー。どうしてふたりともそんな顔をするんだ?」ルベーグは不思議そうにいった。「白鑞なんて珍しくもないだろう」
また俺たちは同時に叫んだ。
「するに決まってる! おまえずっとあの欠けたカップを使っていたじゃないか。陶器の、飲み口が二ヵ所も欠けたやつ」
「そうだよ。僕が新しいのを勧めても『まだ使えるから』といって相手にしなかったくせに、なぜ?」
「ルカが欲しいといったから」
ルベーグはあっさり答えた。
「この前の市 で、あまりにも欲しそうな顔をしているので買ってやろうと思ったら、嫌がるんだ。だから自分のカップのついでなら遠慮しないだろうと思って」
「――そんなことでルベーグに新しいコップを使わせることができると?」
テイラーが頭を抱えた。「なんなんだあの子……」
ルカはルベーグの唯一の弟子だ。ずっと徒弟を拒否していたルベーグがとったはじめての弟子で、どれだけ相性がいいのか知らないが、ルベーグはルカを溺愛している。そのことはうすうすわかっていたが、白鑞のカップを見た俺たちはさらに認識を改めることになった。今後のルベーグ対策方法がわかったせいでもある。今後研究室にゴミがたまりすぎてルベーグが恐ろしいときは、先にルカを丸めこむことにしよう。
「ん? ふたりとも飲むんじゃないのか?」
ルベーグはあっけらかんといった。
「あ、飲みます飲みます! じゃあその新しいコップにワインを入れるよ、ルベーグ!」
テイラーがやたらと陽気な声でいう。
「ルカとお揃いというわけだね」
「いわれてみれば」
ルベーグはうなずいた。
「お揃いか。悪くないね」
「ルカが新しいカップを持ってました」
翌朝師団の塔へ向かっていると、俺の横でコリンがそういった。
コリンは俺がひょんなことから拾った子供で、今は俺が住む騎士団長の屋敷の下働き兼回路魔術師見習いだ。一応俺の弟子……みたいなものだ。師団の塔に通い始めたのは最近だが、俺が研究所に使っている町屋敷の手伝いをさせるかたわら文字を教えたりもして、塔では完全に「俺の弟子」扱いだった。
師団の塔では同じ年頃のルカと一緒に作業していることも多かった。ルカの方が徒弟になったのは早いのだが、コリンはやたらと物覚えがよく手先が器用で、追いつくのも早い。
「ああ、ルベーグが市で買ってやったらしいな。おまえも欲しいのか?」
コリンは黙った。俺はうっかりしたなと思った。彼はきつい環境の出身だ。元々口数は少ないし、こんな風に話すとますます黙ってしまう。俺も昔はこうだった。
「カップなら俺も新調しようと思っていたところだ。よく壊れるからな。その辺でいいやつがあったら買おう。白鑞なら壊れない。ついでにおまえのも買うか」
それから何日後だっただろうか。
俺は屋敷の書斎で本を読んでいた。夜中である。当然のように酒を飲んでいたのだが、いつのまにかクレーレが横にいて、そしていった。
「コリンが新しいコップを持っていた」
「ああ」俺は何も考えずに答えた。
「ルカがうらやましそうだったからな。買ってやった。こんなつまらんことで僻ませることもないだろう」
「そいつとおなじだったぞ」
クレーレは俺が酒を入れているカップを指さす。
「一緒に買ったのか?」
「ああ。ひとつだとあいつ、遠慮するから」俺は答える。「面倒なんで同じ柄にした」
「お揃いか」
「そうだ。クレーレ?」
クレーレのでかい手がぬっとのびて俺の酒、いやカップを取り上げる。
「おい、返せよ」
「なるほど」
クレーレはうなずくとカップを俺の手に戻した。
「あれ? これ、コリンのか?」
数日後、気がつくと俺のカップの隣にそっくり同じ白鑞のカップがならんでいる。
「コリン? おまえのは?」
「ここに持ってます」
コリンはぼそっと答えた。ほんとうに彼はあまり喋らない。きちんとした服を着れば見た目はなかなかよく、最近は執事に作法を教えこまれているのもあって、屋敷で働く使用人のウケは悪くない。とはいえ愛想はあまりない。
「じゃあどうしてふたつあるんだ?」
コリンは首を振り、自分のカップを取り出した。たしかに三つある。コリンに呆れたような表情が浮かんだ。
「誰のものだよ」俺はつぶやいた。
「たぶん団長」
「え?」
「騎士団長です」
「クレーレ? なんで?」
「さあ」
コリンは無表情でいった。
「お揃いにしたかったとか」
「え?」
俺はますますあっけにとられた。
「三人でか?」
「さあ」
コリンはふたつのカップの隣に自分のものを置いた。まったく同じ柄だ。同じ店で買ったのだろう。
「揃ってますね」とコリンがいう。
「揃ってるな」と俺は答えた。
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