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【番外編】空にあらわれる傷 2

「両足を構えて――そう、膝をゆるめる。息を吸う。半分吐いて――吐きながら引金をしぼる――撃つ」  エヴァリストの声のあとに乾いた銃声が響いた。俺は目をすがめて標的をみつめる。 「外れた」  クレーレは銃をおろした。 「最初はそんなものさ。もう一度」  エヴァリストがそういいながら隣の標的へと銃を構えた。鈍い破裂音のあとで標的の中央が凹む。 「さすがだな」 「騎士殿もすぐに慣れる。人殺しの道具としては剣よりずっと素人向きだ。もう一度」  クレーレがまた銃をかまえた。俺たちがいるのは大陸東部、緑豊かな農地と果樹園のはざまの原っぱだ。こんなことをしているのは、三角州の都市を出発する朝エヴァリストが放った無造作なひとことのせいだった。 「クレーレ、武器はどうする?」  クレーレは腰の剣に視線をおとした。 「他に必要か?」 「このあたりはのどかだが、川を越えると荒っぽくなる。アーベルは当てるのがうまいが、騎士殿も撃ち方くらい知っておいた方がいいと思うよ」 「アーベルが?」  おい、勝手にいうな。俺はエヴァリストを睨んだ。 「エヴァリスト、頼んでおいたものは?」 「ここにあるよ」エヴァリストの眸が愉快なものでもみたかのように光る。 「僕は気が利くからね。二丁用意した。クレーレ、アーベルが銃を使えるからって驚くことじゃない。大陸暮らしが長ければ当たり前さ」  ゴトリ。重い音と共に黒光りのする拳銃と弾薬の箱がテーブルに置かれる。 「クレーレ、これはその」  俺は弁解めいた言葉を口にしかけたが、クレーレは落ちついた表情のまま、もう拳銃に手をのばしていた。 「思ったより軽いな。たしかに俺も撃ち方を知っておくべきだ」 「ほら、アーベルも――」エヴァリストはもう一丁を俺の方へすべらせた。「腕前を確認しておこう。久しぶりだろう?」  というわけで俺も自分の銃に弾をこめる。内陸部では銃がある方が安心だから、エヴァリストに手配を頼んだのは俺自身だ。その時はクレーレに銃を渡す必要は感じていなかった。久しぶりに持った拳銃は重かった。たしかに以前大陸にいたとき、俺は銃を持ち歩いていたが、動物を避けるとか、威嚇する以外の目的で使ったことは一度もなかった。  クレーレがまた銃を構えた。俺は自分の銃をみつめていたから、彼が引金を引く瞬間を見逃した。鈍い音が響く。消音器のおかげで普通の銃撃音よりかなり小さい。エヴァリストがヒュウっと口笛を吹いた。 「お、当たったね」 「命中とはいえないな。何とかかすったというところだ」  クレーレは腕をおろした。同心円を描いた的のいちばん外側が凹んでいる。 「アーベル?」  エヴァリストがうながした。俺は小さくため息をつき、腕を伸ばして引金をひく。バンッという音と同時に反動が腕から肩にきて、火薬の匂いが鼻をつく。 「お、さすがアーベル。命中だ」  エヴァリストが手を叩いた。クレーレは的をじっとみつめている。弾は中央をつらぬいていた。俺は顔をしかめた。 「当てるだけなら得意なんだ」 「謙遜するな。才能というものさ」 「できれば使わずにすませたい。クレーレ、どうした?」  俺はぼうっとした目つきのクレーレにいった。はっとしたように眉があがる。 「いや、何でもない――もう一度撃ってもいいか?」 「もちろん」  クレーレは何度か続けて撃った。俺は最後の弾が的の中央をつらぬくのを見届けた。  旅はそれなりに順調に進んだ。  俺たちは三角州の都市から大河をさかのぼった。ずっと馬の背に揺られる旅だ。三角州の八家の領地を通過すると、川の両岸は八家が勃興する以前からこの土地に住む遊牧部族の土地と、彼らを押しのけるように囲い込んだ小さな領国がひしめきあうようになった。  物騒な出来事がまったくなかったとはいわないが、たいしたことは起きなかった。何しろこの付近で攻防をくりかえす小領国はみなエヴァリストの――つまり大陸にいたころの俺の得意先だったからだ。彼らがふだんどんな小競り合いをしているのか俺にはわかっていたし、対処の仕方も知っていた。俺とクレーレは回路魔術発祥の地から訪れた旅人として、ある時はそっけなく、時には胡散臭そうに、稀に暖かく迎えられた。エヴァリストは道中、弁舌たくみになにやら取引をまとめていた。  この旅の目的は三角州の都市のお偉方のような人々と王国をつなぐだけではなかった。俺はどこへ行ってもあたりで使われている回路魔術に注意していたし、クレーレはクレーレで行く先々をしっかり観察している。彼の発音はどんどん流暢になり、俺が通訳で割りこむ機会もほとんどなくなった。  内陸を西へ進むほど町の規模は小さくなり、やがて川は西へつづく流れと南へ下る流れに分岐する。俺とクレーレは南へ向かうため船で大河を渡ったが、その前にいったんエヴァリストと別れた。この魔術師兼商人には、河口に戻る所用があったのだ。  別れぎわに俺たちはそれぞれの書状――俺は師団の塔へ、クレーレはレムニスケート家と王家に――それに多少の荷物をエヴァリストに託し、南へ向かう隊商の長い馬車列に加わった。南へのびる支流は幅が狭く、川底には岩がごろごろしているため、大型船を使った輸送が難しくなる。俺たちが加わったのは武装した護衛つきで穀物や砂糖、香料を運ぶ大商人の隊だった。ここに雑多なものをあきなう物売り、流しの職人や働き口を探す若者が相乗りした馬車もまじっている。 「風景が変わるな」とクレーレがいう。 「そうだな。だんだん退屈になるぞ」と俺はこたえる。  南ははるか昔、人の住まない乾燥した平原地帯だった。移住者たちが長い年月をかけて灌漑を続けた結果、一部は肥沃な農地へ生まれ変わっていたが、多くはいまだ開拓中の原野だ。  このあたりの農民たちは独自の自治組織を持っていた。三角州の都市の評議会に似ているが、八家のように領地を支配する者がいるわけではない。十字路と建物が数軒ならぶ「町」に隊商が到着すると、平原のいたるところから馬や馬車に乗った農夫たちがあらわれ、たちまち周囲は人であふれかえる。  大商人の護衛は手数料を払って隊に加わった相乗り馬車の職人や若者を小馬鹿にしていたが、俺とクレーレは別扱いだった。クレーレはみるからに腕の立ちそうな武人で、堂々としたふるまいは他の連中とはあきらかにちがう風格があったし、俺は回路魔術師だ。  そしてどこにいても、クレーレはクレーレだった。  宿屋では毎日きちんと服を畳み、眠るときはブーツを並べておく。レムニスケート家は貴族だが、その本質は武人だ。何から何まで召使まかせにするような育ち方はしていないらしい。いつものことだが、俺の方がよほどだらしない。ぞんざいにほうりだしたローブをクレーレは俺のかわりに壁にかけている。それだけでなく、彼は毎晩剣を磨き、銃をエヴァリストが教えた通りに手入れした。 「まめだな」  彼のむかいの寝台に腰をおろして、俺は思わずからかった。 「慣れない武器は危険だ」クレーレは動じた様子もなく答えた。 「俺が撃っても当たらないかもしれないが、弾が出ないよりはいい」 「貸せよ」  俺はクレーレから銃を受け取る。王国では禁止されている殺傷道具を、禁止する立場の張本人に手渡されるのは奇妙な感じがした。前にこの土地にいたときは何度もやったから、分解して組み立てる手順は体が覚えている。 「アーベルは何度これを使った?」 「脅しのためならそれなりに」俺は銃を置き、油で汚れた両手を拭く。 「とはいえ、エヴァリストと組んでいた時はあまり必要がなかった。回路魔術を奪おうなんて考える輩は買うこともできなくなる。それにあいつは剣も銃もそこそこ使えるし……」  俺は妙な雰囲気を感じて顔をあげた。 「クレーレ?」  クレーレは肩をすくめた。 「おなじ金属のかたまりでも俺は剣の方が得意らしい」 「それでいいだろう。帰れば不要だ」  クレーレの膝が俺の足に触れた。手首を引かれて俺は前のめりになり、そのままクレーレの胸に抱きこまれてしまう。 「なんだよ、急に」 「急じゃないさ。アーベル――」  唇が重なってきた。王国ではこんなふうにクレーレと朝から晩まで顔をつきあわせていることはなかった。俺は師団の塔、クレーレは近衛騎士として王宮や王城のあちこちで任務についていた。ところが旅に出てからというものは四六時中隣にいて、夜もおなじ部屋――時におなじ寝台だ。  それなのに、こんな風に抱きしめられると俺の心臓はどきどきして、すぐに息があがってくる。背中にまわった手のひらが腰へおりて、シャツの下に入り、肌に触れる。俺は負けじと腕をのばし、クレーレの舌に自分の舌を絡ませて吸う。 「う……ん」  いつのまにか寝台に倒されてしまっても、あいまにお互いの吐息がもれるだけで唇は離れない。寝台に重なったまま、布ごしにお互いの欲望を感じる。クレーレの手はいつのまにか俺のボタンを全部外していた。長い指が敏感な場所に触れ、俺はびくりと反応して、唇を離してしまう。 「あ……」  クレーレは容赦なく俺の下衣に手をつっこみ、引き下ろした。俺の膝を曲げ、広げさせて、ランプの明かりの下にさらけだす。まっすぐに俺をみつめる眸の下で、欲情が濃く影を落としている。 「クレーレ、そんなに……みるなよ」 「どうして?」  潤滑油が股間を流れるのを感じ、俺は思わず目を閉じた。クレーレの手が俺自身を覆い、柔らかく愛撫して、さらに下の小さな入口を押し広げる。俺のそこは今ではすっかりクレーレの指と彼自身に慣れ、軽く触られるだけでひくひくと蠢く。指が動き、濡れた音がこぼれた。 「あっ……」  焦らすように続く愛撫に俺は待ちきれなくなり、腰をゆすりながら目をひらく。たくましい裸身をさらしたクレーレが俺のすぐ上にいる。 「ああ、もう……待たせるな」  俺は思わずつぶやいたが、クレーレは余裕たっぷりの微笑みをうかべただけだ。俺はもりあがった筋肉に手を這わせ、上にいる男にさらに近づこうとする。ぴったり肌をあわせようと尻をゆすると、腰を持ち上げられ、潤滑油で濡らされた場所に熱い楔が押し当てられる。 「アーベル……」 「ん、あ……ああっ……」  俺は声をかみ殺す。宿の壁は薄いのだ。クレーレはゆっくり入ってきて、俺の中にある、さらに敏感な場所を突いた。揺さぶられるたびに真っ白の快楽が体をつらぬく。びくびくと自分の中がうねり、クレーレを締めつけているのがわかる。いま、俺はこの男にすべてを明け渡しているのだ――ふとそんな思いが頭に浮かぶが、つながったまま愛撫されたとたん、俺のぼんやりした考えは消し飛んでしまった。 「ああ……はっ、あ、あ――」  俺は自分の腹に白濁を吐きだし、クレーレはひときわ激しく俺の奥に打ちつけた。俺たちは重なったまま荒い息をつく。  だるい両足を閉じようとしたが、クレーレは濡らした布で勝手に後始末をはじめていた。まったく、まめな男だ。俺は目を閉じて、深く考えもせずにつぶやいた。 「不思議な気分だ」 「何が?」 「ここが大陸で……俺たちがこうしているのが」 「そうか?」 「ああ。こんなことが俺に……起きるのが」  目をあけるとすぐ近くにクレーレの眸があった。 「そうか? 俺はただ嬉しいだけだ」 「なぜ?」 「おまえと共にいられる」  俺は照れくさくなって目をそらしたが、クレーレの唇はまた俺の頬をかすめている。

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