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日曜日 その2
オートロックのインターホンが鳴った。
シノブはオートロックを解除し、レオが上がってくるのを待った。玄関に足音が近づいてくる。レオが玄関のインターホンを鳴らす直前に、シノブは玄関の鍵をあけた。
「おー!!シノブ!!元気だったか?久しぶり〜」
「レオ君こそ久しぶりだよ。ささ。上がって」
家に招き入れ、玄関の鍵を閉めた。その瞬間、レオはシノブに抱きついた。
「えっっ??レオ君どうしたの? 大丈夫??」
シノブはびっくりして立ちすくしてしまった。レオの体はシノブよりも10センチほど大きい。1分ほどレオに抱きしめられたまま時が過ぎた。
「レオ君、苦しい・・・」
「ごめん。いきなり抱きついて。さっきお前が怖いこと言うから。公園走ってきちゃってさ。でも俺酒飲んでるから、息があがって上がって。なんかお前の顔久しぶりに見たら安心してさ〜」
シノブは自分の顔が赤くなっている事に気がついた。だがそれに気が付かれてはいけないと、レオの腕をすり抜けキッチンに向かった。
「レオ君、そこ洗面だから、手洗ってね」
「お、おう・・・」
レオは、やってしまったと思った。子供の時から実は暗い所が嫌いな事、それに動揺して抱きついてしまったこと。洗面台の鏡を見て恥ずかしくなった。顔も洗ってしまおうとしたところへ、シノブがタオルを持って現れた。
「レオ君タオル、ここに置いておくね」
レオは勢いよく顔を洗った。シノブはキッチンに戻りヤカンを火にかけた。レオが顔まで洗って、タオルを手にリビングに入ってくる。
「シノブ、ほんと突然悪かったな。久しぶりなのに、突然電話しちゃって」
「え?いいよ。最近どうしてるかな〜って思ってたところだし。明日僕もバイトないし、夜更かししてたし」
「いや〜、飲んでたのがここら辺だったから、マジ助かったわ〜。俺の実家はもう引越してるからさ〜」
「あ。そっか。そうだったね。レオ君の実家、お父さんの地元に引っ越したんだったね〜」
「そうだよ。気がついたら俺だけ。母さんも親父も地元でゆっくりするんだって」
「え?でもレオ君のお父さん、ミュージシャンでしょ?仕事、引っ越しても大丈夫なの?」
「あ〜。親父の地元って言っても、車で1.5時間くらい田舎に行った所だから、どうしてもスタジオ来なきゃいけない時は車で来てるよ。まあ俺が学校あるから、こっちで一人暮らししてるだろ?たまに、親父泊まってくけど、狭いのなんのって」
「ふふふ。レオ君のお父さんなら全然お構いなしっぽいね」
「そうだよ!ミュージシャンは道でも寝れる!っていつも言ってるような親父だろ?でかい男が二人でワンルームで寝てるなんて地獄絵だよ。まあ親父は、確かにどこでも寝れるタイプみたいだけどな〜」
そういうと、大きく笑ってみせた。シノブは、このレオの笑顔が好きだった。昔から変わらず、自分にも豪快に笑って見せてくれる。そんな友達はレオくらいしかいなかった。
「それにしてもお前の部屋、一人暮らしの割に広いよな〜」
「うん。このマンション、僕の母さんがたまに仕事しにくるんだよ。だから、2LDKで、一部屋は母さんの仕事べや兼衣装部屋。家賃も一部払ってくれてるから」
「え?まじ?お前の母さん何の仕事?」
「あ〜、ずっと専業主婦してたんだけど、僕が高校入った頃からメイクの勉強し始めて、今やメイクアップアーティストとかしてるよ。なんか、おばさま向けの講演とかもしてる。元々美容師だったみたいだから、その時の繋がりもあるらしくて」
「お前の母さん、何だかすげーな」
「そう?まあ母さんは、やるって言ったら猪突猛進するタイプだからね〜」
「確かにな。うちの母さんとも仲良かったもんな〜」
懐かしい話に花が咲いた。ヤカンからシューシューと音がし始めた。
シノブはマグカップを二つ用意し、レオに聞いた。
「ねえ、レオ君、何飲む?コーヒ?紅茶?あ、ココアもあるよ」
「え?酒は?」
「え?お酒?飲んできたんじゃないの?うちには今、お酒は・・・ブランデーとワインしかない・・・かな・・」
「まじ?お前えらくオシャレな飲み物飲んでるのな・・・」
レオは苦笑いをしている。
「レオ君まだお酒飲みたいの?じゃあ・・・ワイン?」
「お前も飲む?」
「え?僕はこの時間からワインはちょっと・・・。ブランデーのお湯割りなら付き合うよ」
「そうだな、俺も今からワイン一本は無理だわ〜。じゃあ俺もそのブランデー飲んでみる」
「飲み方はどうする?普通はストレートだけど、もう今日飲んでるもんね」
「え?おすすめの飲み方でいいよ。俺わかんないし」
「わかった。じゃあ一応ストレートにしとくけど、キツかったらロックでも、お湯割りでも」
そういって、ホットグラスを二個出した。一つは自分用のブランデーのお湯割り。もう一つはストレートで。
「はい。レオ君はこっち」
そういってレオにブランデーを手渡し、二人並んでソファーに腰掛けた。
「お前いつもこれ飲んでるの?」
「ううん。いつもってわけじゃあないけど、たまに風邪引きそうな時とか寝れない時とかに、お湯割りにして少し飲むんだ。ブランデー好きの人からは、割るなって怒られそうだけど・・・」
シノブは笑ってみせた。
レオは何だか、同じ歳のシノブが自分より大人に見えたことに少し嫉妬した。
「やっぱり社会に出ると、俺ら学生とは違うよな〜。俺らビールか酎ハイだもんな〜」
「え?僕もそうだよ。でも僕あんまりお酒強くないから、学生の時から飲み会とか苦手だったし」
「そうだったな。去年の成人式の後皆で集まった時も、お前飲んでなかったもんな。僕車なんで・・・とか言ってさ。まあそう言ってくれてたから、俺、潰れてもシノブが面倒見てくれるか・・とか思って飲みまくったけどな」
「そうだよ。レオ君すごく飲むから僕心配しちゃって、気が気じゃなかったもん。しかも気がついたら寝てたし」
「あ〜あの時は悪ぃ悪ぃ〜。結局俺の親父に迎えにきてもらったんだったわ」
「そうだよ、僕がレオ君のお父さんに電話したんだよ。当時僕まだ実家だったし。ほっとけないし」
「そうだったな〜。なのに半年でお前、卒業してバイトして、引っ越したもんな〜。しかも今はブランデー飲んでる。めっちゃ大人だわ〜」
レオは豪快に笑った。
「そんな事ないよ。僕は今声優として駆け出しだし・・バイト先でも助けてもらってるし」
「あ。お前、バイト何してんの?」
「バイトは、バーで働かしてもらってる。まだ初めて間もないんだけど、週に3日行ってる」
「え?お前バーでバイトしてんの?お酒弱いのに?」
「うん、お酒弱いってマスターにも言ったんだけど、知識があれば大丈夫だからって。どれが飲めて、どれが飲めないかとか、おしゃれに断る方法も教えてくれるって言うから・・・」
「なるほどね〜」
「声優学校時代の先生の友達のバーだから、過去にも声優の卵がバイトしてくれてたって言ってたし、お客さんも紳士的な方ばかりだから、無理に飲まされることもないし。時給も昼職より効率よく稼げるし」
「そっか〜。お前やっぱり俺より大人だわ」
「そうかな〜。必死なだけだよ。このブランデーもマスターが教えてくれたんだ。お湯割りとか、ホットにして、寝酒がわりに飲む人もいるよって。少し体を温めたい時にはちょうどいいって。あとカクテルもいくつか教えてもらったよ」
「なんかすげ〜な。俺ら学生はとりあえず飲めたら何でもいいって感じだもんな」
「レオ君はブランデーの味嫌い?」
一口ストレートで飲んでみる。
「うお!これまあまあきついじゃん!お前これ飲めんの?」
「ううん。少しなら飲めるけど、酔っちゃうからお湯割り。へへ。でも味は結構好きかな〜」
「そっか、俺これ飲んだら撃沈するわ。この時間だし」
「本当はね、ちゃんとブランデーグラスに入れて、手のひらの熱で温めながら香りを楽しんでゆっくり飲むんだって。そしたら香りも立っていいらしいよ」
「ヘ〜。何だかいちいちオシャレだな」
「ハハ。そうだね。確かにいちいちオシャレ。でもうちにはブランデーグラスないから、ホット用のグラスでごめんね。氷とか入れる?」
「そうだな。このままストレートで飲んだら、俺そっこー寝ちまうから氷入れてくれる?」
「うん。ちょっと待ってね」
冷蔵庫に氷を取りに行ったシノブは、少し嬉しかった。自分の部屋でレオとお酒を飲んでいる。実はバーで働き出してからいつかはレオと二人きりで飲んでみたいと思っていたのだった。外で飲むことを極力控えていたシノブにとっては、初めてのことだった。
「はい、氷お待たせ。それとこれ。チョコレートあったから。ブランデーに合うってマスターからこないだ貰ったんだ。店でお客さんに貰ったから持って帰っていいよって・・」
「え?これゴディバじゃん。いいの?」
「うん、二週間くらい前にもらってたんだけど、一人で食べるのはもったいなくって。賞味期限とか大丈夫だよね?僕気にしない人だから」
「え?チョコにも賞味期限とかってあんの?俺そもそも知らなかったわ」
「多分ある。でも冷蔵庫入ってたし、大丈夫と思う・・・」
そう言ってシノブは一つ口にした。レオはその姿を見て、少しドキッとしてしまった。思いのほかシノブが色っぽく見えたのだ。
え?俺なんでシノブにドキッとしてんの?
「レオ君も一つどうぞ〜」
そう言って、シノブからチョコを差し出され思わず口をあけた。
「え?あ〜んしてる?」
レオの顔は真っ赤だ。俺、なんで口開けてんだ?
「仕方ないな〜、はいあ〜ん」
口の中にチョコレートが入ってきた。レオは顔から火が出そうになってる自分がいることに戸惑っていた。俺、まじで何してんだ?酔ったのか?ブランデー?そこからのシノブとの会話は完全に上の空になっていた。
「レオ君!レオ君!しっかりして!眠たいなら、もう寝よ。毛布出してあるから。ソファーで寝ていいから」
シノブに声をかけられてはっと気がついた。そうだ。もう深夜1時半を回っている。
「レオ君、電気消すよ。僕はあっちの寝室で寝るからこの毛布被って寝てね」
「お。おう。おやすみな。今日はありがとな」
リビングの電気が消される。レオは、出された毛布に包まってそのまま寝た。シノブは電気を消して寝室に入ったが、妙にテンションが高い自分に驚いていた。確かにレオとは半年ぶりに会ったし、近況報告もできた。少しレオより大人になったと言われて嬉しかった。でも、さっきからのこの胸のドキドキは何なのか。ブランデーのお湯割りなんて、週に2回は飲んでいるし飲み慣れている。一体自分がどうしたのか、わからないままベッドに入った。
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