8 / 31

水曜日

次の日の昼。 シノブはあのディレクターに貰った名刺の事務所に電話をかけていた。 「もしもし、MG事務所さんですか?ディレクターの田中さんから昨日オーディションがあるとの事を伺いましてお電話させていただきました」 「あ!シノブ君?昨日はどうも!田中です」 「あ、田中さん、昨日はこちらこそありがとうございました」 「オーディションの詳細をメールで送るから、メールアドレス教えてくれる?」 「はい。メールアドレスは、shinobu@ooooooです」 「了解。じゃあここに送っておくからそれ見て、  エントリーシートをまたメールで送り返してもらえる?  簡単な経歴書的なやつ。  当日はとりあえず、宣伝材料的な写真持って来てもらったらいいから」 「はい。わかりました。またご連絡いたします。  ありがとうございます」 電話が切れた。シノブは、このチャンスを生かしたいと強く思った。 宣伝材料。 そうなのだ。この宣伝材料という物がこの先活動するにあたって、とても重要になる。今回はエントリーシートと写真でいいと言われたが、よく考えると音声サンプルも用意した方が良い様な気がしてきた。そうなると録音しなければならない。そんな時には、レオに相談するのが一番いい。なんと言ってもレオの父親はスタジオミュージシャンなのだから。シノブはレオにラインをした。 レオはあの日以来、モヤモヤした気持ちの正体がずっと分からずにいる。こんな事は今までに経験がない。月曜にシノブの部屋を出てからおかしい。それだけは分かっていた。 レオの携帯が光った。シノブからのラインだ。 ”レオ君お疲れ様。ちょっと相談したい事があるんだけど今日、今から会えない?” レオは、会えるよと返信をした。そのラインに既読がついた途端レオの携帯が鳴った。 「もしもし、レオ君?今日僕の家に来ない?  ご飯でも食べようよ。今日僕バイト休みだから」 「おう、分かった。じゃあ十八時頃にお前ん家に行くな」 「うん、じゃあ待ってるね。何かご飯作っとくね」 そう言って電話は切れた。 夕方十八時、レオはシノブのマンションのインターホンを鳴らした。オートロックが開く。 7階のフロアにエレベーターが着いた時には、既にシノブは玄関の前で待っていた。その姿を見て、レオはまたあのモヤモヤな気持ちになった。 「突然呼び出して、ごめんねレオ君」 「いや、いいよ。どうせ暇だったし。はい、これ、お土産」 「え?何くれるの?ってビール?レオ君らしい」 そんな会話をしながら部屋に入ると、既にいい食べ物の匂いがしている。 「ひょっとして手料理?なんか悪いな」 「え?いやだって、呼び出したの僕だし、僕自炊結構するから。  レオ君、嫌いな食べ物なかったよね?」 「あ、うん。なんでも食べれるよ」 「お腹減ってるでしょ?早速だけど食べよう。そこ座って」 シノブは出来立てのパスタを皿に盛り付け、テーブルに出した。 「お!すごいな。シノブ毎日こんなにちゃんと自炊してるのか?」 「いつもはここまではしないかな。今日はレオ君来るから、  ちょっとだけ頑張ったんだ。へへ」 テーブルの上には、クリームパスタにサラダ、ガーリックトーストが並んでいる。 お店のちょっとしたセットのようだ。 「レオ君はビール飲むの?僕は、今日はイタリアンだからワインカクテルのキティー飲むけど」 「へ〜、さすがバーで働いてるだけあるな。俺はとりあえずビールでいいや」 そう言ってさっき持ってきたビールを開けた。 「はい、このグラスでどうぞ」 すかさず、シノブがグラスを出してきた。 「はい、乾杯〜」 シノブが言う。えらく今日は機嫌がいいらしい。 「ところでシノブ、相談って何?」 「あ、うんとね。昨日実はお店に声優さん達が偶然来てくれて、事務所の人と知り合えたんだ。で、オーディション参加させてもらえる事になってね。で、宣伝材料の音源ちゃんと作ってなかったから。レオ君そういうの詳しいでしょ?お父さんのスタジオだと録音するの高いのかな?」 「すごいじゃん。お前、それチャンスじゃん!頑張れよ!」 「うん。ありがとう」 「録音かー、歌を録るわけじゃないよな?声の録音だろ?それなら、親父のとこで頼んだら金かかるし、簡単なのだったら俺の家で録音できるからそれでしてやるよ。」 「え?ほんと?ありがとう!すごく助かる!!レオ君大好き!!」 満面の笑みでレオを見返してきた。その笑顔を見てレオはまた、ドキッとしてしまっていた。 「お、おう。いつでも都合合わせるから。急ぎなのか?」 「すごく急いでるわけじゃないけど、できれば、今週末とか・・・。」 「分かった。今週の日曜とか?」 こんな感じのやり取りで、日取りは決まった。 「あ〜お腹いっぱい!ご馳走様でした」 シノブは丁寧に手を合わせる。 「レオ君、お酒のおかわりは?まだビール?こないだのブランデーでも飲む?それかまだ赤ワインもあるよ」 「あ、じゃあたまには赤ワインでも飲もうかな。お前がさっき飲んでたやつ」 「OK。じゃあキティーを濃いめに作るね」 そう言いながら、シノブは皿を下げグラスを持って、ソファーに座った。 「はい、これレオ君の。改めて乾杯〜」 本当に、今日のシノブは機嫌がいい。 「シノブ、他に何か俺でできることがあったら言ってくれよな。  俺、お前の夢応援してるから」 「うん。レオ君ありがとう。僕本当に頑張る。  この縁は繋がないとって思ってるから、本当に頑張るよ」 レオは、嬉しかった。自分を頼ってきてくれるシノブがなんだか、可愛く感じた。 ”え?かわいい・・・” そう自覚した途端なんだか恥ずかしくなった。 「レオ君、酔っちゃった?なんだか、顔真っ赤だよ」 「お。おう。少し酔ったかもしれないかな。大丈夫だけど」 「そうだよね。レオ君弱くないもんね」 そういうと、シノブはソファーに座るレオの足元の床に座って、レオの膝に頭を預けてきた。 「おう、シノブ、お前こそ酔ってないか?」 「え?少し酔ってるかな〜。なんかちょっと勢いよく飲んじゃったかも・・・」 テレビでは吹き替えの洋画が流れている。シノブは心地良さそうにレオの左脛に体をあずけ、飲んでいる。 「この映画の吹き替え、初めて見た。いつも英語で見てたから気が付かなかったけど、   この脇役キャラの声の吹き替えの人昨日店に来たんだ。  しかも、アルバイトの帰りにこの目の前の公園でその人に会ってね。  かわいい声してるって褒められちゃった。  しかもその声優さん、このマンションの上に住んでるって分かって。  ほんとびっくり。レオ君知らない?吉木譲治って」 「え?そうなの?この声の人でしょ?なんとなく名前聞いたことあるな」 「でしょ?僕もびっくりしちゃっって。  何かあったら連絡してって連絡先も教えてくれたんだよ。ほんと、いい人。  しかもご近所さんってすごいよね〜」 レオは、その話を聞きながら、複雑な気持ちに益々なるのだった。 ”俺、なんだかシノブに負けてる気がする。俺も頑張らなきゃ。でもまだ、夢も決まってないしな・・・” そんなことを考えていた。 「レオ君、どうしたの?」 気がつくと、レオはシノブの髪の毛を無意識に触っていた。 「くすぐったいよ」 そう言いながら、自分の足元に座るシノブが身震いをしている。 「あ、ごめん。俺何やってるんだろ・・・」 「いいよ。レオ君になら、触られるの嫌いじゃない」 そう言いながらシノブが顔を上に向けた。レオはそのシノブと目があって動揺した。 「お。俺。そろそろ、帰るわ。明日も学校だし」 「え?そっか。分かった。うん。またじゃあ、日曜ね。何時がいいの?」 「お前は土曜バイトだろ?日曜起きたら連絡くれたらいいよ。  俺の家はここからだとJRで5つかな。  駅からは近いから、駅まで迎えに行くよ」 「うん、分かった。じゃあ、日曜に起きたら電話する。  多分お昼十二時には起きると思うから」 「おう。じゃあ日曜な」 そう言ってレオはシノブの部屋を出た。シノブの家からJRの駅に向かう途中、レオはシノブの髪の毛の感触を思い返していた。 ”俺、ほんと何やってんだろ・・・”

ともだちにシェアしよう!