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木曜日 その2
明石は、北公園の東側のJRの駅に降り立った。駅の改札を出るとそこには芳樹が立って待っていた。
「芳樹くん、お待たせ。待ったかな?」
「いいえ、明石先生全然大丈夫ですよ」
「ごめんねー。急に連絡して」
「いえ。今日は俺も休みだったんで」
「この近くで飲めるとことかある?」
「ん〜。今22時半かー。ここら辺あんまり遅くまでやってる店ないんで、
お腹減ってなければ俺の家でもいいですよ」
「え?いいの?迷惑じゃない?」
「いえ。一人暮らしなんで、大したものないですけど」
「じゃあ、何かコンビニで買っていこ」
「先生、お腹は減ってないんですか?」
「俺は夕方ちょっと食べたから大丈夫。芳樹くんは?」
「俺も、さっき食べたんで大丈夫です」
「じゃあコンビニ行こか」
そういうことになった。
芳樹のマンションに着いた。
「芳樹くんの部屋、広いね〜」
「え?そうですか。まあ、ここ2LDKなんで確かに」
「もうここに住んで長いの?」
「えっと、2年くらいですかね。ここ公園が目の前にあって、夜は比較的静かなんで」
「確かにね〜。都会で静かなとこって貴重だもんな」
「先生、どれ飲みますか?俺はこのスミノフ貰おうかな」
「俺はそのレモン酎ハイで」
二人は芳樹の部屋のソファーに向かい合って座った。
「で、先生、話ってなんですか?」
「えっと、とりあえず乾杯」
「あ、はい。乾杯です」
一口飲む。
「実はね今度小さなイベント会社立ち上げようと思ってるんだ。
で、MG事務所の社長や田中さんとも話してて、
声優イベントの仕切りをさせてもらう事になったんだよ。
で、その第一弾として、芳樹くんに若手声優代表として今度する
イベントのトークショーに出てほしいと思ってて」
「え!独立するんですか?すごい!しかも、MG事務所と
手を組むって事ですか?」
「まあ、手を組むというか、応援して頂ける事になったんだよ」
「明石先生さすがですね。田中ディレクター、凄く信頼してますもんね」
「信頼してくれてるのはありがたいよね。
たまたま、MG事務所もそんなこと考えてたみたいで、まあマッチしたというか・・・」
「なるほど・・・。でも凄いです。俺でいいんですか?」
「うん。芳樹君ならしっかりしてるし、
人気あるし相応しいと思って・・・」
「俺でよければもちろんですよ。
MG事務所さんも俺の起用は知ってるんですか?」
「もちろん。
田中ディレクターとこの前の打ち上げでその話したから」
「そうだったんですか?あの時・・・」
「勿論ギャラもちゃんと出るし、芳樹君推しだし俺」
「え?推し?」
「・・・・・」
ゴクリと喉を鳴らして明石は酎ハイを飲んだ。
「で、そのイベントなんだけど・・・」
何事もなかった様に明石は話を続けた。三時間ほどそのイベントの話をした。時間は深夜2時を回った頃だ。
「芳樹君ごめん。気が付いたらこんな時間になってる。俺、そろそろ帰るわ」
「え、明石先生電車もうないですよ」
「大丈夫。タクシーで帰るよ。俺もう三十歳だし、大人だし」
「まあそうですけど。酔ってません?大丈夫ですか?」
「え?酔ってる・・・かな。でも大丈夫だよ」
「じゃあ、タクシー呼びますよ。この辺深夜になると車なかなか捕まらないし」
「うん、お願いします」
そう言うと、明石は酔った顔をしたまま、へへっと笑った。明石先生って酔ったら、ふにゃふにゃしてる・・・芳樹はそんな事を思いながら、新しいイベントへの期待感で胸が一杯だった。
「明石先生。タクシー来ましたよ。起きて」
「んんっ。タクシー」
微睡んでいた所を芳樹に起こされた。タクシーを呼んでから20分が経っていた。少し寝てしまったみたいだ。
「先生、マンションの下まで送ります。さ、起きて。上着着て」
「うん。ごめんね〜。なんだか気が抜けちゃった。へへ」
芳樹は水を一本持ち、明石の腕を肩にかけ、エレベーターを降りていく。
「先生これ水。ちょっと飲んでくださいよ。
自宅はどこですか?ちゃんと運転手さんに言って」
「うん。大丈夫だよ。住所は、〇〇〇〇町の3−2−5」
タクシーの運転手がカーナビに入れる。
「先生、寝込まないでくださいよ。運転手さん困っちゃいますからね」
「大丈夫。大丈夫」
「酔っ払いは大丈夫って言うんですよ!」
「もう、心配性だな〜芳樹君。大丈夫だよ。また近々打ち合わせしようね〜」
明石はそういうと芳樹に抱きつき、芳樹の左頬にキスをした。そしてタクシーに乗り込むと、帰っていった。
芳樹は呆然と見送っていた。
なんだあれ・・・。今のはキス?それとも当たった?いやいや、キスだろ!抱きついてきたし!
ぶつぶつ言いながら自分の部屋へ戻るのだった。
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