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金曜日

金曜日、シノブはアルバイトが休みの日だ。日曜に自分の声のサンプルをレオに録ってもらう事になっているが、どんな言葉を録音すればいいのか悩んでいた。悩んでも答えは出ない。そんな時は、先輩声優に聞くのが一番だ。せっかく同じマンションに吉木譲治が住んでいるのだ。彼に聞くのが一番いい。ラインをしてみた。 ”吉木さん、シノブです。ちょっと相談があって。 今度、僕の宣伝材料用の声録りをするんですが、 どんな言葉を話せばいいのか悩んでて。 教えてもらえませんか?” すぐにラインの既読がつく。 ”シノブ君、元気?うーんそうだね。 どんなオーディションかにもよるけど、一応は何か小説を一節読むのと、 自分が一番得意なキャラクター(年齢と性別)の声は最低でもいるかなー。 今日は、俺、仕事早く終わって、19時には帰るから、よかったらうちで夕飯でも食べる? あ、今日バイトだっけ?” 返信が返ってきた。 ”今日はバイト休みです。僕も19時くらいに帰るので、帰ったら連絡しますね” ”了解!また今晩ね” シノブは、こんな身近に相談できる現役の声優さんがいることに感謝した。 「もしもし?シノブ君?ごめんごめん、遅くなっちゃった。今家に帰ってきたところだけど」 「もしもし、芳樹さん。お疲れ様です。大丈夫ですよ。僕もさっき帰ってきました」 「じゃあ、まだご飯食べてない?僕の家でピザでも取る?」 「あ、はい。じゃあ、お家にいきますね。えっと、10階でしたよね」 「そうそう、1010号室。待ってるね」 「はい。10分位したら行きますね」 「りょうかーい」 時間は19時半を回った頃だった。シノブは何か飲み物でも持って行こうかと、キッチンを漁った。ちょうど、この前母が置いていった貰い物の中国茶がある。それを手に取ると、カーディガンを羽織り、エレベーターに乗る。同じマンションの、3階上の部屋。1010号室の前に着いた。インターホンを鳴らす。 「はーい。玄関空いてるから、入ってー」 奥から声がする。 「お邪魔しますー」 玄関を開けた。同じマンションに住んでいる為、間取りは一緒だ。玄関からリビングへの廊下の左側の扉から芳樹が顔を出した。 「シノブ君入って入って。リビングに行ってて」 そう言った芳樹はシャワーを浴びた後の様でスウェットに上半身裸、タオルを頭から被っている。 「あ、はい・・・」 そう節目がちに廊下を進んで、リビングに入った。 「適当に座って。ゆっくりして」 芳樹はそう言いながら、濡れた髪を拭きつつキッチンに立つ。 「何飲む?」 「あ、芳樹さん、これ。この前貰った物なんですが、中国茶です。よかったら・・・」 そう言ってキッチンに持っていく。 「お!ありがとう。じゃあ、これとりあえずいただこうか。お湯沸かすね」 「はい」 「ピザでいいの?ご飯。嫌いなのとかある?」 「あ、ピザ好きです。一人だとなかなかデリバリーする勇気なくって」 「そう?じゃあ、シノブ君の好きなの頼んでいいよ。  そこにあるチラシみて選んで」 そう芳樹は言いながらヤカンを火にかける。まだ頭は濡れたまま上半身裸でタオルを肩にかけている。 「芳樹さん、風邪ひきますよ」 「ははは。ごめんごめん。男同士だからついね。気になっちゃった?」 そう言うと、俯いているシノブの顔を覗き込んだ。 「え!いえ。なんか、あんまり人のお風呂上がりって見たことなくて・・・」 そう言いながら顔が赤くなるのが分かる。ふふふと笑いながら、芳樹は寝室からスウェットの上を着て出てきた。 「これなら大丈夫?」 そう聞いてくる。 「大丈夫・・・です・・・」 「ピザ注文するから選んじゃって」 そう言いながら芳樹は携帯でピザ屋のサイトを開いた。 「この4種類の味のやつどうですか?」 「うん。それでいいよ。ナゲットとかは?」 「あ、じゃあそれも。サラダも食べたいです」 「OK!4種類のやつのLサイズと、ナゲットと、サラダ。あと、アイスも頼んじゃおー」 ぽちぽちと入力していく。 「Okできたな。あとは、待つだけ」 そう言いながら、冷蔵庫からビールを出してきた。 「俺、先にビールもらうわ。シノブ君はお酒はいいの?」 「はい。今日はバイトもお休みなので、お酒やめておきます」 「そかそか。バイト中に飲むこと多いだろうしね。休肝日ってやつだね」 「まあ、そんな感じです」 ヤカンがシューシューと音を立てだした。 「これ、普通にこのティーバックひとつでいいのかな?」 「多分、それで大丈夫と思います」 お茶の支度もしてくれる。 「はい、これ。すごく良い香りのお茶だね」 「ですね。僕も初めて飲みます」 「ふふふ。とりあえずちょっとゆっくりしてて。髪の毛乾かしてくる」 「はい。お構いなくです」 そういうと、暖かい中国茶を飲んだ。なんだかドキドキしている。男の裸を、久しぶりに見たからだろうか。高校の体育の授業以来、男の裸なんて見てない。男の裸どころか人の裸すら見ていない。シノブの家は、女所帯。しかも、この2年は一人暮らししている。 落ち着け。僕。男の裸みてドキドキなんて何? 今日は、アドバイス貰わなきゃいけないんだから。 そう考えながら、お茶を飲む。ドライヤーの音が止んだ。 「ふー。暑かった。ドライヤー苦手なんだよねー。いつもだったら結構タオル巻いてそのまま」 「それじゃあ、風邪ひきますよ」 「ってよく怒られてた」 オートロックのチャイムが鳴った。 「ピザだね」 そう言いながら芳樹は解錠ボタンを押す。皿を2枚テーブルに並べて、グラスを二つ出した。さっき出したビールの蓋を開け、一つのグラスに注いだ。 ”ピンポーン” 玄関のインターホンが鳴る。 「はいはーい」 シノブは芳樹の後ろに立って、ピザを受け取る。支払いを済ませた芳樹がナゲットを片手にリビングに戻ってきた。 「あの、芳樹さんいくらでしたか?」 「ああ、いいよいいよ。ピザくらい」 「え、でも、今日お願いしたの僕だし」 「じゃあ、今度、コーヒーでもご馳走して。俺、コーヒー好きだから」 「え・・・はい・・・。それでいいなら」 「いいよ。ここは俺に先輩風吹かせてよ」 そこまで言われると、引くしかなかった。 芳樹はビールを片手に持って、乾杯をしようとしている。 「芳樹さん、僕も少しだけビールもらいます」 「え?いいよ。無理しなくて」 「いえ、せっかくだから、乾杯だけでも」 ふふふと芳樹は笑いながら、少量のビールをもう一つのグラスに注いだ。 「じゃあこれで。カンパイ!シノブ君」 「はい。カンパイです」 そういうと、グイッと飲み干す。 「シノブ君、大丈夫?全部飲んだの?」 「え?あ、はい。なんだか緊張して」 そういうシノブ見ながら芳樹はフフフと笑った。ピザを食べたあと、本題に入る。 「シノブ君、宣伝材料の声入れるんだよね?スタジオは手配できてるの?」 「はい。録音は友達が詳しいので・・  その友達のお父さん、プロミュージシャンでスタジオも知ってるので大丈夫です」 「そうなんだ。じゃあ後は内容だね。とりあえずは、自分の声のサンプルだから、普通に何かを朗読しているのは欲しいかな〜。読むのはなんでもいいよ。ちょっとした小説の冒頭とかね。あとは、どんなキャラが出来るかって言うのが必要なんだけど」 「そうですよね。朗読は『走れメロス』あたりを読もうかと思ってます」 「うん、いいんじゃないかな。俺も、最初に作ったサンプルで読んだよ」 「そうなんですね。僕、太宰治好きなんですよ」 「ふふふ。あとは、一通り、子供の声、少年の声、青年の声、中年の声、  年寄りの声を同じセリフで入れたらいいかな〜」 「僕、それが苦手なんですよね。特に中年以上の声が・・・」 「そうだねー。シノブ君、元々の声が高いし、中性的な声してるからねー」 「それにどんなセリフ言ったらいいのか・・・」 「うーんセリフは色々だろうけど、とりあえず、自分の名前を言ってたかなー  俺は。覚えてもらえるし、自己紹介ならしやすいし」 「そっか。確かに自己紹介で名前を言うといいですね。僕もそれしよっと」 「まあ、一通りそれらを録ってみて。あとは、得意な年齢の声はどれなの?」 「えっと、僕は、二十歳くらいの声です」 「ははは。そのままじゃん。シノブ君そのままの感じだね」 「えっと・・・はい。そうなります」 「じゃあ、雰囲気変えるといいよ。例えば、怒ってる時。例えばセクシーな感じとか」 「え?セクシーな感じ・・・」 「難しい?」 「はい・・・。セクシーってよくわからなくて・・・」 「シノブ君、童貞?」 「へっっっ!?」 「恥ずかしがらなくていいよ。童貞でしょ?」 「・・・・・・はい」 「好きな人はいないの?」 「好きな人・・・・・よくわからないです」 「じゃあ、ドキドキしたりは?」 「ドキドキ・・・ですか・・・」 まさか、さっき芳樹の裸を見てドキドキしたとは言えない。 「シノブくん、顔真っ赤・・・」 「えっっっ!そんなことな・・・い・・・」 「ふふふ。シノブ君、ひょっとして、僕の裸でドキドキしたの?」 「・・・・・」 「かわいいな。そんなに隙見せたら駄目だよ」 そう言いながら、芳樹はシノブの髪を触った。シノブはびっくりして後ろに体を引いた。 「大丈夫だよ。襲ったりしないって。揶揄っただけ」 そういうと、クスッと芳樹は笑った。 「シノブ君、オナニーはしないの?」 「え??オナニー・・・」 まだ顔は真っ赤だ。 「セクシーの一歩はそこからかな〜。幸い今度のオーディションのキャラクターは、そんなにセクシーさは求められないだろうけど、一応、勉強しといた方がいいよ」 「はい・・・・」 「とりあえず、AVでも観てみたら?」 「AV・・・観たことないです」 「全然?」 「はい・・・」 「しょうがないな〜。じゃあ俺のおすすめのAV貸してあげるから観てみて。女優さんの声の出し方とか、男の声の出し方とか。画像見るより音だけ聞いた方がいいかも」 「音だけですか・・・。それならできそう」 「音だけ聞いても、エロいことはエロいんだけどね」 「エロい・・・・・」 また顔が赤くなる。 「シノブ君、これ、2枚貸してあげる。よく聞いてみてね」 そう言ってテレビボードの下から2枚のDVDを出してきた。 「はい・・・。聞いてみます」 「シノブ君、本当にエロいって何か知りたかったら、いつでもこの部屋に来ていいからね」 そういうと、芳樹はフフフと笑ってシノブの手の甲にキスをした。シノブはますます赤くなった。 「トイレ借ります」 シノブはすくっと立って、トイレへ向かう。場所はわかる。 「ごゆっくり〜」 後ろから芳樹の声がする。 シノブは、お酒は少ししか飲んでいない。でも顔から火が出るほど熱い。無性にレオの顔が見たい。どうしてこんなにドキドキしているのだろう。混乱していた。 「芳樹さん、僕帰ります」 「帰っちゃうの?襲ったりしないのに」 「・・・・帰って、練習します」 「フフフ。わかったよ。頑張って」 芳樹は玄関までシノブを見送りにきた。 「はい。このDVD。それと・・・」 そこまで言って、シノブの腰に手を回し、体を引き寄せた。 「んんんっっ・・・・!!!」 シノブの首に吸い付いてきた。 「!!!!!」 「キスマークつけただけだよ。二、三日したら取れるから大丈夫」 シノブは顔から火が出そうなくらい赤い。 「おやすみなさい!!」 そう言ってドアを開け、走ってエレベーターホールまで急いだ。 「かわいいな。シノブくん。あれで、まだ自分の性癖に気がついてないんだもんな・・・  小悪魔だなあれ・・・」 芳樹はつぶやいた。

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