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土曜日の夜
その日のバーBitterは土曜の割に忙しくなかった。土曜はスタッフの数も多いのだが、この日はゆっくりしている。
「シノブ君。どうしましたか?今日はなんだか元気がないような気がしますが」
マスターが優しくシノブに声をかけてきた。
「え・・・あ、はい。大丈夫です」
「ならいいのだけど、今日はいつもより覇気がない気がしてね」
「はあ、すみません。ちょっと今週は色々あって、頭の中が、混乱してるんです」
「悩みがあるなら聞きますよ」
「いえ、大丈夫です。マスターすみません」
「そうですか。何か話をしたくなったら、いつでも言ってくださいよ。伊達に君の倍の年齢ではないからね」
「はい。マスターありがとうございます」
そんな会話をしている時だった。入り口から一人の男が入ってきた。明石先生だ。
「おーシノブ君。今日はバイト入ってたのか〜」
「先生、先日はありがとうございました」
「明石さん、先日はどうも。昨日霧島が来ましたよ」
「あ、マスター、そうそう。昨日ばったり霧島先生に駅のホームで会って、そんな話をしましたよ。電話で」
「え?駅のホームで電話?」
「ああ、そうそう。向かいのホームにいてて、気がついて電話したって感じかな」
「なるほど・・・」
「今度一緒に来ようって言ってたんですが、俺、たまたま、今日はこの近くの事務所で打ち合わせがあったんで。ちょっと寄ってみました」
「そうでしたか。明石さんならいつでもウェルカムですよ」
優しい笑顔でマスターが答えた。
「先生、今日は何を飲まれますか?」
「そうだな・・・今日はせっかくカウンターに座ったから、カクテルでも飲もうかな。
マスター、何か作ってくれます?」
「わかりました。どんなものにいたしましょうか。ショートカクテル?」
「そうだな・・・何か今の俺っぽいもので」
マスターは一瞬目を見開いたが、ふふふと笑い準備に取り掛かった。しばらくして明石先生の前にカクテルが出てきた。
「ウォッカギブソンです。カクテル言葉は、”隠せない気持ち”」
「おっと!さすが、マスターです。気づいちゃったかな?」
「はい。先日の飲み会の時になんとなく・・・。明石さん、恋されてるでしょ?」
「バレてたか〜。そ。もうずっと恋してるんだよねー。ほんと、この年でこんなになるなんて思ってなかったけど、わからないもんだね〜」
「恋するのに歳なんて関係ないですよ。それに明石さん、私よりだいぶ若い筈ですが」
「マスターよりは若いけど、俺もう30歳だし。まあまあでしょ?」
「三十歳は確かに男としても色々考える歳ではありますね。
でも、いつでも恋していいんですよ」
「え?じゃあ、マスターは恋してるの?」
「私には妻がおりますから。妻のことを愛していますよ。」
「わ〜お!愛してるとか言われちゃうと、もう何も言えないよね〜。ね!シノブ君」
「あ、はい。なんだか会話が大人すぎて。僕には・・・・」
「え?シノブ君こそ、恋しなきゃ!恋しまくる歳じゃない!!」
「恋しまくる・・・ですか・・・」
「あれ?その首筋、どうしたの?右も左も同じようなところ、虫刺され?」
シノブは両手で首を押さえた。顔は真っ赤だ。
「はは〜ん。な〜んだ。シノブ君も隅におけないねー。若いっていいよね〜」
明石先生は勝手に合点が入ったかのように、ウォッカギブソンを飲みながら僕の方をじっとみている。
「恋はいつでもいいものですよ。勝手に恋していることは自由ですから」
マスターがふと、そうつぶやいた。
「マスターも意味深な事、言いますねー! なになに??」
「いえいえ。幾つになっても恋すると、人間輝くと言う事ですよ」
「あ!なんか逃げられた気がする・・・」
そう明石は言ってぐいっとカクテルを飲み干した。
その日の明石はご機嫌だった。お店がゆっくりなこともあり、マスターにいろんなカクテルの作り方を教わることができた。ありがたいことに、明石がそれをオーダーしてくれる。一緒にどうぞと、お酒も進めてくれる。マスターに教わりながら、全部で八杯ものショートカクテルを作らせてもらえた。
この日のシノブのシフトは、夜24時まで。まあまあ、酔っている。キッチンのバイトの圭吾と上がりの時間が一緒になった。
「圭吾、ちょっと、今日シノブ君、飲みすぎてると思うから、一緒に帰ってあげてくれないか?家、同じ方向だったよな」
「はい。マスター。同じ方向なので、一緒に帰りますよ」
「すまないな、圭吾。頼むな」
そんな会話が聞こえる。もうすでにシノブは少し眠たくなっていた。
「シノブ君!ここで寝ないでよ!荷物は?着替えないの?帰るよ?」
圭吾が呼んでいる。
「うーん。大丈夫だって。でも水欲しい」
「わかったよ。はい。水!これ飲んで」
圭吾は酔っ払いには慣れている。だがシノブのこんな姿はみた事がなかった。
「ほんと、どんだけ飲んだんだよ。今日」
水を飲むシノブの横で圭吾がぶつぶつ言っている。
「圭吾君、ごめん。酔ってるみたい」
「知ってる。さあ、ベストと、サロンと、ネクタイ外して」
そう言いながら、シノブの首に触れようとした。
「や!やめて!」
シノブが首筋を両手で押さえる。
「ネクタイ外すだけだよ。苦しいでしょ?着替えはいいから、ベストとサロンとネクタイ外してよ」
コクリとシノブがうなずく。圭吾がベストとサロンをとって、ネクタイを外していく。
「あ・・・そう言うこと・・・」
圭吾の目にも、あの両首筋にあるキスマークが目に入った。
「ラブラブなくせに、どうしたんだか・・・ほんと」
「ラブラブ??何それ?こっちは、先輩にやられたの。で、こっちはレオ君」
そう言ってそれぞれの首筋を指で指す。
「なんだかよくわかんないけど、そのレオ君は友達なんでしょ?
迎えに来てもらえたりしないの?今日、歩いては帰れないよ。こんだけ酔ってたら」
「ん〜〜〜。レオ君は友達・・・だけどドキドキする人。迎え・・・来てくれるかな・・・」
一気に気が抜けたのが、シノブはバーのバックオフィスでグダグダになっている。
「シノブ君、携帯かして!」
そういうと、シノブのポケットから携帯を取り出す。指紋認証のロックを解除させて、レオの名前を探す。幸い、レオの表記は、ラインのトップに来ていて、すぐにわかった。ライン電話をしてみる。
「もしもし?シノブ?どうした?」
「あ。もしもし。レオさんですか?僕、シノブ君と同じバーでアルバイトしている、圭吾といいます。今日シノブ君、酔い潰れちゃってて。迎えに来てもらうことできませんか?シノブ君から、レオさんの名前しか聞き出せなくて・・・」
「え?あ!はい。シノブは大丈夫ですか?すみません。なんだか・・・
あの、バーはどこにあるんですか?俺、行ったことなくて。シノブの家から近いですか?」
「えっと、シノブ君の最寄駅の一つ先なんですが、いつもシノブ君、歩いてきてるみたいで。
ただ、この状況だと歩いては無理かと・・・」
「わかりました。じゃあ、タクシーで向かうので、お店の住所教えてもらえますか?」
「はい。すみません。今、このラインで、現住所送るので、それで、お願いします」
20分ほど経った頃だろうか、シノブの携帯がなった。圭吾が出る。
「もしもし、今店の前まで来ました。そのままタクシーに乗せたいので、表まで出て来れそうですか?」
「あ、はいちょっとそのまま待っててくださいね」
そう圭吾は言うと、オフィスから出て、マスターに一声かけた。
「マスター帰ります。タクシーで迎えに来てもらえたので」
「おう、圭吾、悪いな。タクシー代、今日のは店が出すから、領収書もらっておいてくれ。頼んだぞ」
「はい。マスター」
実はこの圭吾はマスターの甥っ子なのだ。マスターの姉の息子。だから圭吾と話す時は、マスターも口調が変わる。裏口から圭吾はシノブを抱え、シノブの荷物を持って、外に出た。タクシーがハザードをつけて止まっている。すぐにこちらに気がついたのであろう。ドアが開く。
「圭吾さん、ですよね・・?すみません、シノブが迷惑かけました」
「いえいえ。こちらこそ、呼び出してすみません」
「圭吾さんは、自宅はどちらですか?一緒に送ります」
「ああ、ちょうど、そのつもりでした。マスターが、このタクシー代は店で持つから、領収書をもらってこいとのことだったので」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて、このまま一緒に帰りましょう」
「はい」
そう言ってグダグダのシノブを後部座席に乗せる。レオはシノブの横に乗って、圭吾は助手席に乗った。
「レオさん、シノブ君のマンションわかりますか?」
「はい。運転手さん、北公園の南端にある、北公園グランメゾンまでお願いします」
「承知しました」
タクシーの運転手が答える。
「そこで二人おりて、その後、僕の降りるところ、また言います。」
そんな会話の中、タクシーが動き始めた。シノブはレオの肩にもたれて寝息を立てている。
「圭吾さん、こいつ、今日何杯飲んだんですか?」
「いや〜、俺も詳しくはわからないんですよ。俺、キッチン担当なんで」
「そうですか・・・こんなにベロベロなんて、見たことなくって」
「僕も初めてみました。なんでも今日は暇だったので、お客さんとカクテルの作り方で盛り上がって、色々作らせてもらって飲んだみたいですよ。」
「こいつ、昨日色々あったみたいで、今朝も一緒にいたんですよ」
「ああ、どうりで。さっき、首筋についてるキスマークに敏感になってましたから」
「え??」
「カウンターでもそんな話になってたっぽいし。俺はキッチンなんで、はっきり会話は聞こえてないですけどね」
「そうですか・・・やりすぎたかな・・・俺」
「レオさんは、シノブ君の彼氏ですか?」
「え???なんで??」
「いや〜なんとなく・・・。ネクタイ外すときに首触られるの異様に嫌がってて。でも、キスマーク見つけて冷やかしたら、こっちはレオ君って嬉しそうに言ってたんで」
「え?嬉しそうでした?・・・今はまだ俺の勝手な片思いって感じです。こいつ鈍感なんで」
「そうなんだ。でも、レオ君はドキドキする人って言ってましたよ。酔っ払いながら。酔ってる時には嘘つけないから、きっとそれがシノブ君の本音ですね。レオさん頑張って!ほっといたら、攫われますよ!シノブ君。小鹿ちゃんって裏では呼ばれてますから!」
「小鹿ちゃん・・・確かに・・・」
そんな会話をしていると、シノブのマンションの下についた。
「すみません。圭吾さん。お金ほんとにいいんでしょうか?」
「大丈夫ですよ。マスターは俺の叔父なんですよ。だから、遠慮せずに」
「そうなんですね。すみません。なんだか色々迷惑かけて」
「シノブ君、早く落としちゃってくださいね。頑張って!」
そういうと、タクシーは走り去っていった。
「シノブ!大丈夫か?」
やっとのことで、玄関まで連れてきた。痩せているシノブではあるが、ここまで寝ている成人男性を抱いて、部屋まで来るのはガタイのいいレオでも大変だった。
「俺、もっと筋トレしよ・・・」
そうつぶやいて、もう一度シノブを抱き上げる。今度はお姫様抱っこだ。寝室まで連れてきたところで、ベッドに雪崩れ込んだ。
「ん〜〜〜。レオく〜んん。」
寝ぼけているのか甘えたな声を出す。レオはなんだかムカついてシノブの服を脱がせていく。
「なんで俺ばっかりこんなに好きなの??こいつほんとまじ、どうしてくれよう・・・」
そう言って、シャツを脱がせて、ズボンを脱がせる。露わになったシノブの肌が窓の外の光に照らされて、白く光っている。着ていた服をハンガーにかけ、いつも着ているパジャマを着せようとしたが、こんなに脱力している人間には、上手に着せられない。もう服を着せることは諦めた。レオも着ていたデニムを脱いで、Tシャツ一枚になった。ベッドに滑り込む。
「レオく〜んん。寒い〜」
そう言ってシノブはレオに抱きついてきた。レオは、そんなシノブの頭を撫でながら、寒くないように抱いて寝た。
「これって、ほんと生殺しだよな。こいつ、小鹿ってより、小悪魔だな」
レオはぽつりと言った。
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