14 / 31

土曜日の夜

その日のバーBitterは土曜の割に忙しくなかった。土曜はスタッフの数も多いのだが、この日はゆっくりしている。 「シノブ君。どうしましたか?今日はなんだか元気がないような気がしますが」 マスターが優しくシノブに声をかけてきた。 「え・・・あ、はい。大丈夫です」 「ならいいのだけど、今日はいつもより覇気がない気がしてね」 「はあ、すみません。ちょっと今週は色々あって、頭の中が、混乱してるんです」 「悩みがあるなら聞きますよ」 「いえ、大丈夫です。マスターすみません」 「そうですか。何か話をしたくなったら、いつでも言ってくださいよ。伊達に君の倍の年齢ではないからね」 「はい。マスターありがとうございます」 そんな会話をしている時だった。入り口から一人の男が入ってきた。明石先生だ。 「おーシノブ君。今日はバイト入ってたのか〜」 「先生、先日はありがとうございました」 「明石さん、先日はどうも。昨日霧島が来ましたよ」 「あ、マスター、そうそう。昨日ばったり霧島先生に駅のホームで会って、そんな話をしましたよ。電話で」 「え?駅のホームで電話?」 「ああ、そうそう。向かいのホームにいてて、気がついて電話したって感じかな」 「なるほど・・・」 「今度一緒に来ようって言ってたんですが、俺、たまたま、今日はこの近くの事務所で打ち合わせがあったんで。ちょっと寄ってみました」 「そうでしたか。明石さんならいつでもウェルカムですよ」 優しい笑顔でマスターが答えた。 「先生、今日は何を飲まれますか?」 「そうだな・・・今日はせっかくカウンターに座ったから、カクテルでも飲もうかな。  マスター、何か作ってくれます?」 「わかりました。どんなものにいたしましょうか。ショートカクテル?」 「そうだな・・・何か今の俺っぽいもので」 マスターは一瞬目を見開いたが、ふふふと笑い準備に取り掛かった。しばらくして明石先生の前にカクテルが出てきた。 「ウォッカギブソンです。カクテル言葉は、”隠せない気持ち”」 「おっと!さすが、マスターです。気づいちゃったかな?」 「はい。先日の飲み会の時になんとなく・・・。明石さん、恋されてるでしょ?」 「バレてたか〜。そ。もうずっと恋してるんだよねー。ほんと、この年でこんなになるなんて思ってなかったけど、わからないもんだね〜」 「恋するのに歳なんて関係ないですよ。それに明石さん、私よりだいぶ若い筈ですが」 「マスターよりは若いけど、俺もう30歳だし。まあまあでしょ?」 「三十歳は確かに男としても色々考える歳ではありますね。  でも、いつでも恋していいんですよ」 「え?じゃあ、マスターは恋してるの?」 「私には妻がおりますから。妻のことを愛していますよ。」 「わ〜お!愛してるとか言われちゃうと、もう何も言えないよね〜。ね!シノブ君」 「あ、はい。なんだか会話が大人すぎて。僕には・・・・」 「え?シノブ君こそ、恋しなきゃ!恋しまくる歳じゃない!!」 「恋しまくる・・・ですか・・・」 「あれ?その首筋、どうしたの?右も左も同じようなところ、虫刺され?」 シノブは両手で首を押さえた。顔は真っ赤だ。 「はは〜ん。な〜んだ。シノブ君も隅におけないねー。若いっていいよね〜」 明石先生は勝手に合点が入ったかのように、ウォッカギブソンを飲みながら僕の方をじっとみている。 「恋はいつでもいいものですよ。勝手に恋していることは自由ですから」 マスターがふと、そうつぶやいた。 「マスターも意味深な事、言いますねー! なになに??」 「いえいえ。幾つになっても恋すると、人間輝くと言う事ですよ」 「あ!なんか逃げられた気がする・・・」 そう明石は言ってぐいっとカクテルを飲み干した。 その日の明石はご機嫌だった。お店がゆっくりなこともあり、マスターにいろんなカクテルの作り方を教わることができた。ありがたいことに、明石がそれをオーダーしてくれる。一緒にどうぞと、お酒も進めてくれる。マスターに教わりながら、全部で八杯ものショートカクテルを作らせてもらえた。 この日のシノブのシフトは、夜24時まで。まあまあ、酔っている。キッチンのバイトの圭吾と上がりの時間が一緒になった。 「圭吾、ちょっと、今日シノブ君、飲みすぎてると思うから、一緒に帰ってあげてくれないか?家、同じ方向だったよな」 「はい。マスター。同じ方向なので、一緒に帰りますよ」 「すまないな、圭吾。頼むな」 そんな会話が聞こえる。もうすでにシノブは少し眠たくなっていた。 「シノブ君!ここで寝ないでよ!荷物は?着替えないの?帰るよ?」 圭吾が呼んでいる。 「うーん。大丈夫だって。でも水欲しい」 「わかったよ。はい。水!これ飲んで」 圭吾は酔っ払いには慣れている。だがシノブのこんな姿はみた事がなかった。 「ほんと、どんだけ飲んだんだよ。今日」 水を飲むシノブの横で圭吾がぶつぶつ言っている。 「圭吾君、ごめん。酔ってるみたい」 「知ってる。さあ、ベストと、サロンと、ネクタイ外して」 そう言いながら、シノブの首に触れようとした。 「や!やめて!」 シノブが首筋を両手で押さえる。 「ネクタイ外すだけだよ。苦しいでしょ?着替えはいいから、ベストとサロンとネクタイ外してよ」 コクリとシノブがうなずく。圭吾がベストとサロンをとって、ネクタイを外していく。 「あ・・・そう言うこと・・・」 圭吾の目にも、あの両首筋にあるキスマークが目に入った。 「ラブラブなくせに、どうしたんだか・・・ほんと」 「ラブラブ??何それ?こっちは、先輩にやられたの。で、こっちはレオ君」 そう言ってそれぞれの首筋を指で指す。 「なんだかよくわかんないけど、そのレオ君は友達なんでしょ?  迎えに来てもらえたりしないの?今日、歩いては帰れないよ。こんだけ酔ってたら」 「ん〜〜〜。レオ君は友達・・・だけどドキドキする人。迎え・・・来てくれるかな・・・」 一気に気が抜けたのが、シノブはバーのバックオフィスでグダグダになっている。 「シノブ君、携帯かして!」 そういうと、シノブのポケットから携帯を取り出す。指紋認証のロックを解除させて、レオの名前を探す。幸い、レオの表記は、ラインのトップに来ていて、すぐにわかった。ライン電話をしてみる。 「もしもし?シノブ?どうした?」 「あ。もしもし。レオさんですか?僕、シノブ君と同じバーでアルバイトしている、圭吾といいます。今日シノブ君、酔い潰れちゃってて。迎えに来てもらうことできませんか?シノブ君から、レオさんの名前しか聞き出せなくて・・・」 「え?あ!はい。シノブは大丈夫ですか?すみません。なんだか・・・ あの、バーはどこにあるんですか?俺、行ったことなくて。シノブの家から近いですか?」 「えっと、シノブ君の最寄駅の一つ先なんですが、いつもシノブ君、歩いてきてるみたいで。  ただ、この状況だと歩いては無理かと・・・」 「わかりました。じゃあ、タクシーで向かうので、お店の住所教えてもらえますか?」 「はい。すみません。今、このラインで、現住所送るので、それで、お願いします」 20分ほど経った頃だろうか、シノブの携帯がなった。圭吾が出る。 「もしもし、今店の前まで来ました。そのままタクシーに乗せたいので、表まで出て来れそうですか?」 「あ、はいちょっとそのまま待っててくださいね」 そう圭吾は言うと、オフィスから出て、マスターに一声かけた。 「マスター帰ります。タクシーで迎えに来てもらえたので」 「おう、圭吾、悪いな。タクシー代、今日のは店が出すから、領収書もらっておいてくれ。頼んだぞ」 「はい。マスター」 実はこの圭吾はマスターの甥っ子なのだ。マスターの姉の息子。だから圭吾と話す時は、マスターも口調が変わる。裏口から圭吾はシノブを抱え、シノブの荷物を持って、外に出た。タクシーがハザードをつけて止まっている。すぐにこちらに気がついたのであろう。ドアが開く。 「圭吾さん、ですよね・・?すみません、シノブが迷惑かけました」 「いえいえ。こちらこそ、呼び出してすみません」 「圭吾さんは、自宅はどちらですか?一緒に送ります」 「ああ、ちょうど、そのつもりでした。マスターが、このタクシー代は店で持つから、領収書をもらってこいとのことだったので」 「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて、このまま一緒に帰りましょう」 「はい」 そう言ってグダグダのシノブを後部座席に乗せる。レオはシノブの横に乗って、圭吾は助手席に乗った。 「レオさん、シノブ君のマンションわかりますか?」 「はい。運転手さん、北公園の南端にある、北公園グランメゾンまでお願いします」 「承知しました」 タクシーの運転手が答える。 「そこで二人おりて、その後、僕の降りるところ、また言います。」 そんな会話の中、タクシーが動き始めた。シノブはレオの肩にもたれて寝息を立てている。 「圭吾さん、こいつ、今日何杯飲んだんですか?」 「いや〜、俺も詳しくはわからないんですよ。俺、キッチン担当なんで」 「そうですか・・・こんなにベロベロなんて、見たことなくって」 「僕も初めてみました。なんでも今日は暇だったので、お客さんとカクテルの作り方で盛り上がって、色々作らせてもらって飲んだみたいですよ。」 「こいつ、昨日色々あったみたいで、今朝も一緒にいたんですよ」 「ああ、どうりで。さっき、首筋についてるキスマークに敏感になってましたから」 「え??」 「カウンターでもそんな話になってたっぽいし。俺はキッチンなんで、はっきり会話は聞こえてないですけどね」 「そうですか・・・やりすぎたかな・・・俺」 「レオさんは、シノブ君の彼氏ですか?」 「え???なんで??」 「いや〜なんとなく・・・。ネクタイ外すときに首触られるの異様に嫌がってて。でも、キスマーク見つけて冷やかしたら、こっちはレオ君って嬉しそうに言ってたんで」 「え?嬉しそうでした?・・・今はまだ俺の勝手な片思いって感じです。こいつ鈍感なんで」 「そうなんだ。でも、レオ君はドキドキする人って言ってましたよ。酔っ払いながら。酔ってる時には嘘つけないから、きっとそれがシノブ君の本音ですね。レオさん頑張って!ほっといたら、攫われますよ!シノブ君。小鹿ちゃんって裏では呼ばれてますから!」 「小鹿ちゃん・・・確かに・・・」 そんな会話をしていると、シノブのマンションの下についた。 「すみません。圭吾さん。お金ほんとにいいんでしょうか?」 「大丈夫ですよ。マスターは俺の叔父なんですよ。だから、遠慮せずに」 「そうなんですね。すみません。なんだか色々迷惑かけて」 「シノブ君、早く落としちゃってくださいね。頑張って!」 そういうと、タクシーは走り去っていった。 「シノブ!大丈夫か?」 やっとのことで、玄関まで連れてきた。痩せているシノブではあるが、ここまで寝ている成人男性を抱いて、部屋まで来るのはガタイのいいレオでも大変だった。 「俺、もっと筋トレしよ・・・」 そうつぶやいて、もう一度シノブを抱き上げる。今度はお姫様抱っこだ。寝室まで連れてきたところで、ベッドに雪崩れ込んだ。 「ん〜〜〜。レオく〜んん。」 寝ぼけているのか甘えたな声を出す。レオはなんだかムカついてシノブの服を脱がせていく。 「なんで俺ばっかりこんなに好きなの??こいつほんとまじ、どうしてくれよう・・・」 そう言って、シャツを脱がせて、ズボンを脱がせる。露わになったシノブの肌が窓の外の光に照らされて、白く光っている。着ていた服をハンガーにかけ、いつも着ているパジャマを着せようとしたが、こんなに脱力している人間には、上手に着せられない。もう服を着せることは諦めた。レオも着ていたデニムを脱いで、Tシャツ一枚になった。ベッドに滑り込む。 「レオく〜んん。寒い〜」 そう言ってシノブはレオに抱きついてきた。レオは、そんなシノブの頭を撫でながら、寒くないように抱いて寝た。 「これって、ほんと生殺しだよな。こいつ、小鹿ってより、小悪魔だな」 レオはぽつりと言った。

ともだちにシェアしよう!