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月曜日 夜その1

バーBitterは19時から開いている。 開店と同時に、芳樹はドアを開けた。 「いらっしゃいませ」 低音の渋いマスターの声が響いた。 「マスター先日はどうも。俺のこと覚えてますか?」 「はい。明石先生と一緒に来ていただいてましたよね」 「そうです。さすがだな〜マスター。ヨシキです」 「吉木さんでしたね。改めまして、先日はありがとうございました」 「いえいえ、こちらこそ楽しませていただきました」 「今日はお一人ですか?」 「ええ、まあ」 「今日はシノブ君はお休みですよ」 「え?あ・・はい。いやいや、違いますよ」 「あれ?違いましたか。とりあえずご注文をお聞きしますよ」 「あ、えと・・・じゃあ、ビールで。あと、何か食べるもの・・・」 「かしこまりました。こちらフードメニューです」 相変わらずマスターはそつない。 「じゃあ、このピザと、ソーセージの盛り合わせを」 「かしこまりました」 そういうと、マスターは芳樹の前にビールを出した。 「あれから、明石先生一度いらっしゃいましたよ」 「え?ああ、そうなんですね」 「なんでも霧島とばったりあったとかなんかで、お仕事帰りに顔を出してくださいました」 「え?じゃあ霧島先生と?」 「いえいえ。霧島はその前日?でしたでしょうか。別で一人で来ましたよ」 「じゃあ明石先生はお一人で?」 「はい」 それを聞いて芳樹は少し安堵した。霧島先生はとても色気のある声優界のレジェンドだ。 自分も憧れていると言っても過言ではない。男の色気が漂うその雰囲気は、一度共演すると、男でも虜になってしまう。霧島先生は、声優としても一流なのに、学校で講師も続けている。 そんな人柄に惚れる業界関係者も多いのだ。明石先生も、霧島先生の元教え子だと聞いている。自分は声優としてよりも、ボイストレーナーとして後輩の育成をした方が合っていると言って、声優をやめたと聞いている。 「明石先生のことが気になりますか?」 マスターが吉木に聞いた。 「あ・・いえ・・・そういうわけじゃあ」 「あの日の明石先生は、お一人でしたがだいぶ楽しまれていたようで、ここでカクテルを八杯ほど飲まれてましたね。うちのスタッフのシノブ君にもカクテルを作らせていただきましたし、シノブ君も、酔ってしまってね」 「え??そんなに飲まれていたんですか?」 「はい。どうも恋されているようで。シノブ君のこと揶揄いながら、ご自身の恋のお相手のことも楽しそうにお話しされておりましたよ」 「・・・そうですか・・・」 芳樹は恥ずかしくなった。 きっとその明石の恋の相手は自分のことだ。 「吉木さんも恋されてますか?」 「俺ですか?正直、わかりません・・・」 「そうですか・・。恋は盲目とも言いますし、自覚したとたん、輝き出すのかもしれませんね」 「・・・」 「お待たせしました。ピザとソーセージの盛り合わせです」 キッチンから圭吾が注文の品を持ってきた。 「ごゆっくりどうぞ」 そう言ってスマートに立ち去る。 「マスター、今日は僕に付き合って一緒に飲んでください」 「ありがとうございます。では私も一杯頂きます」 そういうと、マスターは芳樹と同じ飲み物を手にした。

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