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月曜日 夜その2

Bitterのドアが開いた。 二人ずれの男が入ってきた。 霧島と明石だ。 「いらっしゃいませ」 マスターが静かに言う。 二人を見た芳樹は思わす目を逸らしてしまった。 「あ・・芳樹君・・・」 明石が言う。 霧島は何かを察したのか、芳樹の席の横に明石を座らせ、その横に自分も座った。 「何になさいますか?」 そつなくマスターが二人に飲み物を聞く。 「俺は、いつものやつ。明石君は、何飲むんだ?」 「えっと・・・とりあえずビールで・・・」 そう言う明石は声がうわずっている。 「吉木君だよね。久しぶりだね」 霧島がすかさず吉木に声を掛ける。 「はい。ご無沙汰してます霧島さん。1年ぶりくらいですか」 「そうだね。前の作品だから、それくらいになるかな・・・」 「その後も吉木くんは活躍してるね」 「おかげさまで、なんとかやってます。皆さんによくして頂いてて、ありがたいです」 「そうかそうか。いい仲間がいるっていうのは財産だからな。大事にしろよ」 「そうですね」 「今度明石君が立ち上げる、イベント会社にも協力してやってくれよ」 「はい。こちらこそです。俺なんかが役になてるなら」 「俺なんかじゃないから!」 いきなり明石が声をあげる。 「ふふふ。明石君、まだ飲んでないだろ。どうした?」 霧島が意味深な笑みを浮かべてマスターと目を合わせた。 「お待たせしました」 そう静かに言うと、霧島と明石の前にお酒を並べる。 「では偶然の再会に乾杯だな」 霧島が低い声で言う。 「乾杯」 芳樹は、隣に座る明石にソーセージの盛り合わせを勧める。 「ありがと・・・」 明石はそう言って、ソーセージを摘んだ。 「今日、事務所のミーティング、休まれてたんですね」 吉木が明石に話しかけた。 「うん、新しく立ち上げるイベントのスポンサーとの打ち合わせがあったから・・・」 「そうですか・・。今度の作品、楽しみです。明石先生、頑張りましょうね」 「うん・・・。頑張る・・・」 そう明石はいいながらビールを飲み干した。 「明石さん、この前は大丈夫でしたか?帰りはちゃんと帰れましたか?」 「マスター、先日はすみませんでした。僕は大丈夫でしたが、シノブ君は大丈夫でしたか?」 「はい。うちのスタッフの圭吾がシノブ君の友達を呼んでくれて、一緒にタクシーで帰ってもらいました」 「そうでしたか・・・。ちょっとからかいすぎましたね。すみません」 「いえいえ。こちらこそ、新人にあんなにカクテルを作らせて頂いて、ありがとうございました。彼にもいい経験になったでしょう」 「そう言っていただけたら、罪悪感が消えます」 「罪悪感だなんて・・・。シノブ君ももう20歳は超えてますから、いい経験です」 マスターが言う。 「何?明石、シノブを潰したの?」 霧島が話題に入ってきた。 「えっと・・・結果的に潰しちゃったかな・・・シノブ君、キスマークを2つも首筋につけて 出勤してるものだから・・・つい・・・」 「ええっっ?!あのシノブが?!」 いつもは動じない霧島が、口から吹きそうになりながら目を丸くして、驚いている。 「ええ、どうも、片方は先輩に揶揄われて、もう片方は、嬉しがってたみたいですが・・・」 マスターが静かに言う。 「ついにシノブも自分に気が付いたのか?」 霧島がマスターに聞く。 「さあ・・・はっきり気が付いているかどうか・・・。なんせ小鹿ですから」 はははっっと霧島が笑った。 「少なくとも、キスマークをつけられても嫌じゃない人がいると言うことには気が付いた様子でしたよ」 マスターが静かに語る。 芳樹は内心焦る。 ”やばい・・・これって・・・俺のせい?俺がそのうちの一つ付けたってバレてないよな・・・?!” 「でもその嫌じゃなかった方は、女の子だったの?」 霧島がマスターに探りを入れる。 「いいえ。迎えにきてくれた男の子見たいですよ」 「やっぱりね・・・」 霧島がニヤリと呟く。 「まあ、見守ってあげようじゃないですか、霧島先生」 マスターが大人な対応をする。 「そうだな・・・。若いときは色々あるからなー」 そう霧島がマスターに意味ありげに返した。 「霧島先生にもあったんですか?」 隣に座る明石が霧島に聞く。 「え?もちろん、俺にも20歳の頃はあったよ。ははは。生まれてこの方ずっと40ってわけじゃないからな。ははは」 目の前でマスターがクスッと笑った。 「俺とこいつは大学からの付き合いだから、当時を一番よく知ってるのはこいつだよ」 霧島はそう言って、マスターに向かってクイッと顎を振った。 「まあ、そんな時代もありましたね」 マスターが答える。 「なんだか、想像つかないです。マスターと霧島先生の若い頃・・・」 明石はつぶやいている。 「そうだな、明石くんも初めて会ったのはもう10年くらい前か。君も20歳だったもんなー」 「そうですね。 僕も学校で霧島先生の授業とってましたから、ちょうど二十歳かな」 「明石先生って、どんな生徒だったんですか?」 すかさず吉木が霧島に聞いた。 「ん〜?気になるかい?明石君は、当時からモテていたよ。女の子にいつも囲まれていたかな〜」 「へ〜。女子にモテモテだったんですね〜」 吉木が茶々を入れる。 「モテてないですよ。あれは、どちらかというと、相談に乗ってたというか・・・」 「そうかもしれないな〜。当時の明石君は雰囲気が柔らかいからか、よく女子に囲まれてはスターバックスに入り浸っていたイメージかな〜」 霧島が答える。 「そうですよ。彼氏と初めてデートするから、服を選んでほしいとか。男が好きなメイクはどれか?とか。手料理を食べさせたいけど、とりあえず、簡単なの教えて、とか・・・」 「え?それってなんか、女子会・・・」 吉木が呟く。 「そうそう。そんな感じ。だから、霧島先生に、いつも相談してたかな・・・どうやったら男っぽくなりますかって。はははは」 「そうだったかもな」 霧島が相槌を打つ。 「で、先生に言われたのは、無理する必要はない。自分を受け入れろって。それで吹っ切れちゃったわけ」 明石は軽く笑った。 「でもその女友達の中の一人が、あの梶川由美だよ」 「ええっっっ!!!あのゆみみん?」 芳樹は驚いた。 梶川由美といえば、声優業界の女性人気ナンバーワンだ。 最近ではビジュアルも受けて、女優業もしている。 「そ!由美ちゃんが僕にボイトレの先生の道を勧めてくれた張本人」 「そうだったな。梶川は明石と仲が良かったもんな」 霧島が言う。 「霧島先生と、由美ちゃんが僕の転機の人ですね〜」 明石が嬉しそうに言った。 そんな話を芳樹は横で聞いていて、なんだか嬉しかった。つい24時間ほど前に僕の前で泣いていたこの明石にもいろんな歴史があるのだ。あまり苦労をしていない自分とは違う。そんな明石を見守っている人がこんなに近くにいるなんて、なんて素敵なことなんだろう。そして、その明石が自分のことを好きだと言ってくれている。これはますます、ちゃんと考えないといけない事なのだと思った。 ひとしきり飲んだところで、芳樹は会計を済ませ先に出ようとした。 「芳樹さん、今日は霧島がご馳走するとのことですので、お会計はもう頂いております」 マスターがスマートに言う。 「え?霧島さん、それはいけませんよ。僕の分は自分で・・・」 そこまで言いかけたところで、霧島が言った。 「いいんだよ。僕は君よりだいぶ大人だからね。だから、君は後輩に同じようにしてやってくれ。明石の新しい会社のことも協力してやってくれよ」 そう言われては、従うしかない。 声優の大先輩だ。 「はい・・わかりました。もちろん、明石先生のプロジェクト、僕も協力しますよ」 「頼んだぞ。明石は君のことをいたく気に入っているからな・・・」 ふふっと霧島は笑って、手のひらをひらひらさせた。 明石は、もうカウンターで酔っている。 「え〜、芳樹君帰るの〜」 もうフニャフニャだ。いつもは外ではこんな風にならない人なのに。 「いいよ。吉木君、明石は俺が送って行くから」 そう霧島が言うので、芳樹は店を後にした。 帰り道、少し苛立つ自分がいた。自分の前だけであんなにぐちゃぐちゃに泣いていたのに、今日の明石は何だ?霧島先生がいるから?えらく可愛らしく酔っているじゃないか!しかも霧島先生が送っていく??家まで知っているのか?? 霧島先生と明石の付き合いが長いのも、元生徒だと言うことも今日の会話でわかる。 だが、明石にとって霧島は転機の人と言うくらい好いているじゃないか。しかもどう見ても、霧島も明石の性的嗜好には気が付いている。心がズキズキ痛んだ。 ”俺、どうしたいんだろ?” わからないまま、家路を歩いた。

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