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金曜日 その2
シノブはレオからもらったラインの場所に向かっている。もう時間は18時を過ぎていた。
”シノブ、今日急遽、知り合いのバンドとセッションすることになった。もし時間があれば、19時から始まるから、この店に来て。俺は18時位からいるから。オーディション頑張って”
シノブはレオからのラインを見てはニヤニヤしてしまう。この前の水曜から正式に付き合うことになった、初めての恋人だ。しかも相手はよく知っているレオ。中学時代からだから、気がつけば8年も一緒だ。(この2年ちょっとは離れてたけど・・・)
しかもいつも自分のことを好きだと言ってくれる。ただでさえ嬉しいのに、今日みたいに自分が出るライブに誘ってくれるなんて。レオがステージで歌っているのを聞くのは初めてだった。緊張もする。この前の水曜日には、バンドに参加するかも・・・みたいなことも言っていた。僕もメンバーに会ってみたい。恋人の参加するかもしれないバンドなのだから・・・。そんなことを考えていたら、あっという間にその場所に着いた。
“ライブバーJACKPOD”
ネオンの文字で書いてある。
地下に伸びる階段を降りていくと、分厚いあの独特の扉がしまっている。そろ〜っとドアを開けてみる。店はさっき開いたばかりのようだった。
「シノブ〜。こっちこっち」
前方のテーブルにレオがバンドメンバーらしき若い人と座っていた。
「レオ君」
そう言って近づいていく。
「初めまして。シノブです」
ぺこっとお辞儀をする。
「シノブさん、レオ君から話は聞いてます。俺たち、GreenEyesっていうバンドをしてます。
こいつがベースのジャンで、ドラムのコウ。そして僕がGt Voの翔です。よろしくです」
翔が気さくに挨拶をする。
「僕たちのデビューアルバムにコーラス入れてもらったのがきっかけで、
今僕らのバンドに入らないかって、レオ君を口説いてるんですよ」
「口説いてる・・・」
レオが慌てて、
「GreenEyesのデビューシングル。もうすでにアニメのエンディングテーマのタイアップ決まってるんだぜ。すごいよな!シノブ!」
「え?あ、はい!デビュー曲からタイアップってすごいですね」
「『探偵Rの苦悩』っていうアニメなんですけど、知ってますか?」
「え???『探偵Rの苦悩』ですか??僕今日、その声優オーディション行ってたんですよ!」
「ええええ!!!そうだったの?シノブ!」
驚いているのはレオだ。
「今日、その準主役のオーディションだった」
「で、手応えは???」
みんな一斉にシノブを見る。
「うん。仮だけど一応、取ってもらえて、今度の日曜に正式に発表があるみたい・・・」
「おおおお!!!!お前すごいじゃん!!!!」
一番興奮しているのはレオだ。
「じゃあ、もしそれ決まったら、一緒にお祝いしましょう!!
翔が言う。メンバーもうんうんと頷く。
「レオ君、尚更僕らのバンドに入りたくなったでしょ!」
綺麗な顔をしているジャンが意味ありげにレオに言う。
「うん・・・」
「そのエンディングで流れる予定のデビュー曲、レオ君コーラス参加してるんだよねー」
ジャンがすかさず言う。
「え??そうなの??レオ君、もうすでにメンバーみたい・・・」
「でしょ???だから俺らも結構本気で誘ってるんだよ。シノブ君からも言って!」
ジャンがシノブの腕を小突く。
「とりあえず、今日のこのセッションライブ成功させよう。それからだよ。俺、ステージとかで歌うの初めてだし・・・」
そうこうしている間に、時間は19時になった。スタッフに言われて、メンバーが楽器の場所に立つ。この店はステージといっても、どちらかとバーの要素が強い。ステージも10センチ程の小上がりになっているだけで、さほど、高さは変わらない。シノブはステージに向かって、左側の前の席に座った。
演奏が始まる。最初の曲はまだレオの出番はないらしく。シノブの隣に座って聞いている。
「レオ君、緊張する?」
「んー。まあまあかな。ちょっとはするけど、それより、お前に会えたことが嬉しい」
そういって、テーブルの下でシノブの手を握ってきた。その手は少し汗ばんでいる。シノブは両手でその手を握り返した。
一曲目の演奏が終わって、翔がレオを呼び込む。
「今日はもう一人ボーカルがいます。僕らのデビューアルバムでコーラスを担当してくれたレオ!大きな拍手をー」
その呼びかけに、店内から拍手がわく。店内は二十人ほどの客がすでに座っていた。
「では今日はセッションライブとのことなので、僕らが初めて会ったときに演奏した、この曲、スティービーワンダーの迷信です」
演奏が始まる。会場もアップテンポでみんながノリだした。レオがすかさず、会場を煽る。みんなの手拍子が始まる。シノブもレオの動きに合わせて手拍子をする。
その風景はもう何回もステージに立っているかのようだった。英語の曲だが、なんなくこなしている。きっとこのアレンジはこのバンドのアレンジで原曲とは違うのだろうが、とても格好いい。途中でドラムソロや、ベースソロが始まる。その時も忘れずにレオは会場を煽る。
5分くらい演奏が続いて会場は大盛り上がりだ。この勢いに乗ってそのまま3曲ほど、洋楽が演奏され、そして日本語の曲になった。
「次の曲は僕の好きな曲で、素敵な曲です。みなさん聞いてください。『歌うたいのバラッド』」
そうMCをしているレオを見つめていると目があった。レオはシノブにだけ分るようにウインクをしてみせた。
ライブが終わって、ステージからメンバーが降りてきた。バーは興奮の坩堝になっていて、ひっきりなしに、レオのテーブルに人が近づいてきては、
”君、かっこよかったよ!メンバーもいいね!!応援するからね!!”
などと言っていく。
”何かみんな一杯づつ飲んでよ”
と言ってくれるお客さんもいる。シノブは嬉しくてたまらなかった。今日は何ていい日なんだろう。
「シノブ君って、レオ君の恋人??」
小声でジャンがシノブに聞いてきた。
「へえぇっ?!」
「大丈夫、僕ゲイだから。メンバーもこのことは知ってるし、僕の恋人もこの前レオ君に写真見せたし」
「え??そうなんですか?」
「うん。僕の恋人見る??」
ニコッと笑って、ジャンは囁いてくる。
「ほら、これが恋人」
そこにはモデルみたいな美形の二人が上半身裸で寝そべって撮っている写真があった。
「ふわぁぁっ!イケメンですね」
「レオ君もイケメンじゃない!まあ、僕の恋人は僕のものだけど!」
「レオ君、ゲイってわけじゃないだろうけど。恋人のこと聞いたら、片思い中って言ってたんだけど…今日の感じみてたら・・・恋人になったんでしょ?」
ジャンは鋭い。隠せそうもないので、シノブはコクリと頷いた。
「何か困ったことあったら、僕に言ってね。僕、ずっとゲイだから」
ニコッと笑ってみせる。そのジャンの顔も綺麗だ。
「じゃあ、ジャンさん、一つ教えてください・・・・」
「ん??なになに??」
「僕、初めての恋人がレオ君で・・・その・・・・どうしたら一つになれますか?」
「ぷっっっ!!大胆なこと聞くね・・・」
口に入れてた飲み物を思わずジャンは吹き出しそうになった。
「ごめんごめん。いきなりその相談だと思わなかったから・・・」
「え?すみません・・・僕、ほんといろいろ知らなくて・・・」
「どこまでしたの?もうお口ではした?」
「は・・・い・・・・。最後のとこだけ、どうしても痛くて・・・」
「ああ、そっちね。それはね、これがいるんだよ。特に最初はね」
そう言って、ジャンはカバンのポーチをゴソゴソと漁っている。
「はいこれ、ちょっとしか持ってなかった。僕は今遠距離恋愛中だからさ・・・あげる」
「これなんですか?」
「ローションだよ。いろんなのがあるんだけど、とりあえず、これ便利かな。小分けになってるし、男の子用」
「男の子用とかあるんですか??」
「あるよ。厳密には女性が使ってもいいんだけどね・・まあ、後ろ用って感じかな」
「ほほー!!なるほど・・・」
「シノブ君、そんなに感心してないで、早くしまって。レオ君に怒られちゃう」
「あ、ごめんなさい」
「大きいボトルでも売ってるから、それを使って自分でお風呂で練習してみたら怖くないと思うよ」
「どこに売ってますか?」
「うーん大人の玩具屋さんには絶対売ってるけど、薬局にも売ってるかな」
「勇気出して薬局行ってみます」
「頑張って!!応援してる」
そうジャンは言ってふふふと笑った。レオがやっとお客さんたちから解放されたようで、席に戻ってきた。
「ふうー。なんかこんなに受けると思ってなかった・・・」
「よかったじゃん!レオ君、ほんとかっこよかったもん。僕、感動したもん」
「そっか。ならよかった。退屈してない?」
「うん。ジャンさんと話してた」
「え?ジャンさんと?」
「うん。きいたよ。僕らのこと応援してくれるって」
シノブはレオの耳元で囁いた。その様子を見てたジャンは、レオに手をひらひらと振った。
「シノブ・・・煽るなって・・・」
「ん??」
「ところで、今日はお前この後用事ないの?」
「実は、オーディションの時に、お世話になった先生達もいたから、後でBitterにいくからおいでって誘われてる」
「え??それ大事じゃん!!まだBitterにいるのか聞いてみたら?俺ももうそろそろ帰れるだろうし、俺も行ってもいい??」
「え?一緒に来てくれるの??Bitterの中に入ったことないもんね。行こうよ。」
「とりあえず、シノブはまだ皆さんがBitterにいるのか聞いてみて。俺はメンバーに言ってくるから」
シノブはとりあえず吉木にラインをしてみる。
”吉木さん、まだ皆さんBitterにいますか?”
すぐ既読になる。返事が来た。
”いるよ〜。早くおいで〜”
シノブはレオに伝える。
バンドのメンバーは 翔はまだこの店に残らなくてはいけないらしく、ジャンが一緒に行くと言っている。ドラムのコウも一緒にBitterに行くことになったようだった。
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