19 / 70
第三章・5
「あ、先生だけ絵を描いてる。ずるい」
「彩人くん、起きたのか」
「僕も、描く」
いいよ、と研悟は自分の絵を中断して、彩人の画材を整えた。
「……」
描き始めた彩人は、もくもくと指を動かす。
凄い集中力だ。
ちゃんとイーゼルを使い、絵具は水彩からアクリルに替えた。
紙も、アクリル絵の具に耐えられる専用のものを用意した。
彩人の心の中には、広い広い海が波を立てていた。
青い海、青い空、赤い貝殻に、白い雲。
楽しい。
楽しいな。
彩人は生まれて初めて、楽しい、ということを感じていた。
魚と泳ぐの、楽しいな。
貝殻拾うの、楽しいな。
パパとシャワーして、楽しいな。
お昼ご飯も、楽しいな。
そして。
絵を描くのって、楽しいな。
「できた」
そこには、きらめく海に魚や貝があしらわれた、楽し気な作品があった。
ともだちにシェアしよう!