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第五章・2
まだ生け簀で泳いでいる川魚を、研悟は手早く下ろしていく。
腹を裂き、内臓を取り、エラから顎まで取ってしまう。
「何だか、可哀想だね」
「うん。こうやって他の生き物の命をいただくんだ。だから食事の前には、いただきます、って手を合わせるんだよ」
「なるほど。そっか」
下ごしらえの済んだ魚に、口から串を刺し、たっぷりと塩を振る。
さて、もう少しの辛抱だ。
彩人のお腹は、ぐうぐう鳴っている。
始めは強火で、こんがりと。
後は弱火で、じっくりと。
そんな魚の焼き方に、心路は一人感心していた。
(恋と同じだね。初めは強火で熱しておいて、後はじっくり心の中まで火を通す)
結婚して、冷え切ってしまった私の恋は、もう二度と燃え上がることはないだろう。
こんなに素敵な、新しい恋人ができたんだから!
「さあ、焼き上がったぞ。彩人くん、どんどん食べて」
「いただきます」
ちゃんと律儀に手を合わせる彩人を、研悟は可愛く思った。
(こんなに素直でいい子を、心路さんのパートナーはどうして邪険に扱ったんだろう)
そして。
(心路さんは、まだ離婚には至っていないと言っていた。近いうちに、真面目な話をしないといけないな)
研悟は、心路との結婚まで視野に入れるようになっていた。
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