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第七章・3

「凌也さんは2年間も私や彩人を放っておいて、許さないなんて言える立場ですか」 「何だと……?」  これまで俺の言うことなら、なんでも素直に従ってきた心路なのに。  見知らぬ男が、自分の所有物を盗ってしまった気がしていた。  見知らぬ男が、見知らぬ色に、塗り替えてしまった気がしていた。 「どんな男だ」 「え?」 「お前にちょっかい出す男、どんな奴かって訊いてるんだ」  面倒なことになった、と心路は眉根を寄せた。  ここで研悟さんの話など始めると、まとまるどころか泥沼化だ。 「彩人は私が引き取ります」  心路は、無理に会話を戻そうと必死になった。  だが、凌也は引き下がらなかった。 「男に会わせろ。来週の金曜に、家に行くからな」  それだけ言うと、凌也は通話を切ってしまった。 「凌也さん。凌也さん!」  もう一度コールしてみたが、もう二度と凌也は電話に出なかった。 「来週。あの人が来る」  どうしよう。  また、彩人に暴力をふるったりしなければいいけど。 「ヤだ。もう、頭の中ぐちゃぐちゃ……」  だけど、と心路はテーブルの上の書類を見た。  離婚届。  あれに判さえ押してもらえれば、私は自由。 「研悟さん、私がんばります」  心路は、来週の計画を練り始めた。

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