62 / 70
第九章・7
事情聴取の結果、凌也はまだ恋人とは別れてはおらず、心路には単純な執着心で近づいたのだと判った。
よりを戻すつもりなど、無かったのだ。
研悟は裁判沙汰にする代わりに、凌也に離婚を勧めた。
今度ばかりは、凌也も素直に判を押した。
心路を奪われることは悔しいが、事を荒立てると勤めている会社内での信用問題にかかわる。
従わざるを得なかった。
「心路、これで君はもう自由だよ」
「パパ、よかったね」
晴れやかな顔の心路だったが、研悟の顔は未だひどい有様だ。
それを見ると、心の胸は痛んだ。
「私のせいで、こんな」
「痛くもかゆくもないよ。君のためなんだから」
「ありがとうございます」
ただ、と研悟はひとつ心路に願いがある、と言ってきた。
何だろう。
「何でも言ってください。私、何でもしますから」
「じゃあ、甘えるけど。僕の家へ、引っ越してきてくれないかな?」
彩人は跳ねて喜んだ。
「やったぁ。パパ、先生の所に行こうよ!」
「そんな。そこまで甘えるわけには」
「この顔で頼んでるんだよ?」
「……じゃあ、お世話になります」
三人に、みんなに、ようやく笑顔が戻った。
入道雲の輝く、暑い夏の日の夕方だった。
ともだちにシェアしよう!