14 / 18
バレンタイン
バレンタイン当日は町中が真っ赤に染まる。赤いハートのモニュメントや看板、それらが街に溢れるからだ。
MG事務所でもタレントなどにバレンタインのプレゼントが届く。吉木は2年前にフリーランスになっていたため事務所はない。だが、一応、MG事務所が窓口になっている仕事が多いからか、古巣だからか、バレンタインのプレゼントはここに届く。
「今年もたくさんきてますよ〜吉木さん」
女性スタッフに呼び止められた。
「あ〜。ありがとう。手紙とかとチョコレートと分けておいてくれない?」
「例年のようにですね」
「そうそう、チョコレートはそんなに食べられないから、いつものように寄付してくれる?メッセージは紙袋に入れておいて。持って帰るから。チョコ以外のプレゼントの食べ物も一緒ね。寄付ね。品物は、まとめておいてくれたら、考える」
「わかりました〜」
そうことづけて、収録スタジオに向かった。
シノブが先に来ていた。
「おはようございます。吉木さん。その後、体調は代わりなくですか?」
「ああ、その節は悪かったね。もうすっかり元気だよ。レオ君にも謝っておいてくれないか?すまないって」
「レオなら大丈夫ですよ。わかってくれてます」
「ほんとに??俺また睨まれない?」
「あーー。睨まれるのは・・・どうでしょ?でも、もう絶対手はあげないって僕と約束したから、大丈夫ですよ」
「ははは。そうか。睨まれるのは我慢するよ。俺が悪いし」
「あ!でも、もう、裏腹なこととかしないでくださいよ!僕が困るんですから!」
「裏腹ね・・・そうだな。そろそろ素直になる時かもな・・・」
「え?なんて言いました?」
シノブに最後の言葉は聞こえていなかったみたいだ。
「いや。なんでもない」
「それにしても、明石さん遅いですね〜」
女性スタッフが言っている。
「え?今日明石先生も一緒なの?」
「はい、その予定なんですが・・・・」
そこにプロデューサーの板東が走ってきた。
「おい!明石が倒れたみたいだ!!」
騒然とする。
「え??どこで??大丈夫なんですか?」
シノブが動揺している。
「ああ、前の打ち合わせに来なかったから、おかしいと思ってスタッフに見に行かせたら、玄関でぶっ倒れて頭から血を流してたって、連絡があった。今救急車で病院に運んでる」
吉木は血の気が引いていく感覚がしている。
「とりあえず、今日の収録はしなくちゃ締め切りに間に合わないから、予定通りこなしてくれ。また、様子がわかったら必ず知らせるから」
そう板東は言って、去っていった。
「明石先生大丈夫でしょうか・・・?」
シノブが不安そうな顔をしている。
”ここは自分がどうにか立ち回らないと・・・”
吉木はそう考えていた。
「皆さん落ち着いて、とりあえず、締め切りに間に合わせましょう」
そうみんなに言って、落ち着かせる。
「そうだな、よし、明石の分もやるぞ!」
そう言ってディレクターの田中が入ってきた。
「よし!録るぞ!!」
「はい!!!」
その日の収録は無事に終わった。
バレンタインのチョコレートの寄付はスタッフに任せて、プレゼントもお金になりそうなものはそのまま寄付をする。メッセージや手紙は袋にまとめてもらえていたため、それを持って事務所を出た。シノブも付いて来たがったが、まだ彼は仕事が終わらない。必ず連絡をするという約束をして、吉木は明石が運ばれたという病院に向かった。
病院に着くと、プロデューサーの板東と入れ替わる形になった。
「おお、吉木、ちょうどいいところに来た。俺は今から事務所に戻る。明石の命に別条はないようだ。ただ、過労が祟って、ぶっ倒れただけみたいだ。頭から出てた血は倒れた時に打っただけで、傷自体は大したことはないそうだ。よかったな。吉木」
そう言って出て行った。
病室には明石がすやすやと寝息を立てて寝ている。点滴をされていて、白い腕に管がつながっている。青白い血管がくっきりわかるくらいだ。
「こんなに細い腕なのに・・・。頑張りすぎなんだよ。ほんと」
そう言って、寝ている明石の手を握った。
そのまましばらく寝てしまっていたらしい。
吉木は自分の髪を触る感触で目が覚めた。
顔を上げると、明石が優しく笑っていた、
「吉木君、ごめんね。今度は僕が倒れちゃった」
「ほんとだよ!!お前が、倒れたら、回らないんだよ!しっかりしてくれよ!」
そう言いながら、きっと俺は涙目になっていただろう。
「うん、ごめんね」
そう明石が呟くもんだから、ますます手が離せなくなっていた。
看護師さんが点滴を抜きにきた。
「明石さん、今日はもう帰っても大丈夫ですって。でも、仕事はあと二日は大事をとって休みなさいとのことです。自宅にはどうやって帰りますか?」
そんなことを聞いてくる。
明石は自分でタクシーで帰るというではないか。そんなことはさせられない。
「俺が、付き添いますから、大丈夫です」
そう言って明石の顔を見る。
「え?でも吉木君も仕事・・・」
「今日はもう終えてきた。明日の昼までは空いてるから、この前のお返し。今度は俺が看病する番。これでもうおあいこにしよう」
そう言って手を握った。
明石はまた優しく笑った。
明石の家に連れて帰る。
本当は俺の家でもいいと思っていたのだが、それでは、仕事が全くできなくなるから嫌だと言って聞かない。ベッドの上でできる分の仕事しかしてはいけないと約束をさせて、その日は明石の家に一緒に帰った。
「何か欲しいものはある?今のうちに買いに行ってくるから」
そう尋ねると、
「んーと、桃の缶詰食べたい。あとヨーグルトと梅干し」
自分が倒れた時に、明石が持ってきたものだ。
「わかったよ。買ってくるな。大人しくしといてくださいよ、明石先生!」
そう言ってマンションを出る。
そうだ、シノブにラインを入れておかねば。
”明石先生は無事に退院しました。今明石先生の家に連れ帰りました。
今回は俺が看病する番だから、心配しなくていいよ”
すぐに返信が来た。
”わかりました。何かあればおっしゃってくださいね。遠慮せずに”
了解とスタンプを返す。
さて、桃の缶詰・・・梅干し・・・思い出しておかしくなった。きっと子供の時からこのセットなんだろう。なんだか可愛らしく思えた。
次の日も吉木は明石の家に泊まって、着替えだけ済ましに家に帰る。朝には梅粥まで作ってくれた。明石は、吉木がまさか料理までできるなんて思ってなかった。その日も仕事が終わり次第、直行で明石の元へ帰ってくる。
こんなに優しくされたのはいつ以来だろう?
この幸せが続けばいいのに・・・
なんて思ってしまう。
でもきっとまだ、淡い希望なんだろうな・・・
なんて明石は考えていた。
ともだちにシェアしよう!