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水曜日の恋人はいじわる⑯ 今更の手繋ぎデートって順序が変

「もう、要らない!」 次々と詰め込まれるポップコーン、「もう、要らない!」と言うに言えない俺の頬はリスの頬袋並みに膨らんでいる。 映画とは毎度毎度、地球救ったり、ヒロインを助けに行ったり、普通の人生ではありえないイベントが高頻度で発生している。 その中でもアメリカ映画はイベントの規模の桁が違う、「普通に地球滅亡するよな」レベルのスペクタクルさが基本だ、登場人物のテンションも常人の比ではない、元気すぎて心配になるほどだ。 疲れないのかな?、どうしてそんなにアグレッシブ? 非日常を楽しむ為に映画があるとは分かっているが、男なのに男と付き合っていてJKコスプレまでキメている俺は自分が非日常すぎて映画どころではない。 駅前で副会長と会計に捕まった俺達、何故か一緒に映画を鑑賞するコトになってしまった。 朝イチに近い上映なので席はガラ空き、席が選び放題で4人並んで鑑賞するコトが実現してしまった、右から書記の遼太、生徒会長の俺、副会長の加藤葉月、会計の藤丸雨水の順で座っている。 マフラーを目下まで上げて、上映前に延々と続く予告編を眺めていると遼太がマフラーをずらしてポップコーンを口に突っ込んで来た。 超ニコニコして彼氏感半端ない様子で言った。 「トモちゃん、うまいから食え!」 俺の名前は友也だから「トモちゃん」はアリだと思うけど、JKコスプレしていて身バレをしたくないのに本名に近い名前で呼ぶのはどうなんだ?、顔隠しているのにマフラー下げたら隠せないじゃないか、遼太はやっぱりバカなのかもしれない。 マフラーを上げて塩バターポップコーンを咀嚼していると、グイッとマフラーを下げてキャラメル味ポップコーンを口に突っ込まれた。 突っ込んで来た手の主は、俺の左に座る副会長、超ニコニコして黒縁眼鏡を光らせている。 「こちらも美味しいですよ、トモちゃん。」 俺に告白して来た女の子でもある副会長、黒髪のセミロングウィッグを装着してJKコスプレをしている俺に幻滅するコトも無く隣席に座り笑顔を向けて来るのは何故?、俺のストーカーだから気にしていない?、いや、女装して学校行っているワケじゃないんだから好きな男がこんな格好してたらドン引く所だろう! 遼太と副会長にポップコーンを詰め込まれる俺、リス並みに頬が膨れている、俺に不審そうな目を向ける会計が居るから「もう、要らない」と男の声を出すワケにもいかない、接待されているか拷問なのか分からない状態だ。、 「もう、要らない!」の意味を込めて口を手で塞ぐと、遼太が「トモちゃん、デートだから手繋ごう!」と手をを剥がされて肘置きに手を固定して来た、副会長も「私も繋ぎたいです!、トモちゃん!」と言い出して肘置きに手を固定、二人とも日常生活が筋トレの人間だから力が強い、肘置きに前腕がへばり付いて動かせない、左右の手はガッツリ恋人繋ぎになっている。 俺を固定して、どうする? 遼太も副会長もバカ!! 映画館の椅子が身体拘束椅子になっている、ポップコーンを多く詰め込んだ方が勝ちなのか、また「食え!」と「どうぞ!」が始まった。 会計がいなければ「いい加減にしろ!」と言えるのにっ! 「要らない」の意味を込めてセミロングの髪を揺らして首を横に振っていると「席を変わりましょう。」の声、顔を上げると会計が虫を見るような目で俺を見下ろしている、二人に固定されている腕を剥がすと俺を椅子から立たせ、会計が座っていた席へ座らせた。 一応は映画デートなのに遼太と席が離れてどうする? 限りなく邪魔な副会長と会計、隣席になった副会長が俺を見て黒縁眼鏡の中の瞳を満足気に輝かせていると会計が「葉月は、横にズレろ!、映画見に来たんだろう?」と一喝して俺が座っていた席に副会長を座らせ、俺の隣には会計が「ドカッ!」と音を立てて座った。 右から遼太、副会長、会計、俺の席順に、席を離されて「お前ら邪魔しに来たのか?、トモちゃんは俺の横じゃないと変だろ?」と遼太が抗議している、「一緒に鑑賞するのは変わらないでしょう、もう始まります、静かにして下さい」と会計が一喝して映画鑑賞が始まった。 不本意な席順で、一般大衆向けアメリカ娯楽映画が始まった。 要約すると気のいい身体能力の高い男主人公が問題解決をしつつ美しいヒロインと恋をする話だ。 シリーズ『1』は、世界統一を目論む悪の組織から世界を救いつつヒロインの可愛らしい姫君を救った。 シリーズ『2』は、エイリアンの侵略から地球を救いつつボーイッシュなヒロインの女の子と共闘した。 シリーズ『3』は、地上征服を目論む海底人と闘って地上を救いつつ敵の人魚姫ぽいヒロインと恋をした。 ヒーローは変わらないけどヒロインは毎回違うこのシリーズ、旬の美しい女優を起用しているけど「前のヒロインとの関係はどうなったの?」と疑問が残りまくっている。 普通の人は同じヒロインと恋を続けるより、新しい恋をし続ける方が刺激的なのかもしれない。 「悪の組織」「エイリアン」「海底人」と闘う対象は変わっていて、シリーズ『4』の敵は「ゾンビ」でヒロインは「弱い女の子」だった。 「弱い女の子」をゾンビから守って守って守りまくる主人公、アクションと映像が凝っているから見てて楽しいけど大した内容ではない、守られるだけの「弱い女の子」が最後にちょっぴり強くなって主人公に惚れる所で終わりを迎えた。 大した内容でもないのに皆が号泣している、敵と戦って勝ちヒロインと結ばれる結末は決まっているのに、予定調和な物語、誰もが予想する結末を裏切ることなく魅せる所に人気があるのだろう。 「面白かったですか?」 隣に座り、終始仏頂面でスクリーンを眺めていた会計が俺に問いかけてきた、面白いと言えば面白かった、でも、このヒーローは次回作では違うヒロインと恋をするのだろう、「弱い女の子」のコトなど忘れて別の美しい女の子と、それが分かっているだけに手放しで「面白い!」とは言い切れない。 男の声を発するワケにもいかない俺は返事を返さないでいるのも失礼と悩んでいたら会計が独り言のように呟いた。 「全ての男が常に新しい恋を望んでいるのワケでは無いのに、何故か万人受けしている失礼な話ですよ、このシリーズの最終章は各シリーズのヒロイン達のバトルロワイヤルして誰が主人公を殺すかを決めて欲しいですね。」 気弱な風貌なのにサラッと毒を吐く会計、俺より1才下なのに心の闇を感じる、まあ、望まれたからと言ってJKコスプレをしている俺の方が心の闇が深い気がする。 エンドロールを見終わり席を立つ遼太が「今回のヒロインも可愛かったな!」と明るく話しかけてきた、泣いているだけの「弱い女の子」だけど最後は少しだけ強くなっていた、好きな男の為に強くなろうとするヒロインには心打たれるものはあった。 俺も変わりたいとは思っている、女装するとか外見では無く、遼太に優しくしたいと思っている。 上映が終わり室内から観客達がゾロゾロと外へ出ようしている、遼太が垂れた目を細めて当たり前の様に手を差し出す、躊躇う事無く手を取れば良いのに握ることが出来ない。 俺は男でヒロインに成れないから。 立ち止まる俺に「会長、帰りますよ。」と副会長の声が耳に入ってビクついた、「会長」、「会長」って言ったよな?、隠しているのに、会計に聞こえてないかとチラと見たら眉間にシワを寄せて仏頂面をしているだけで驚いている様子でもなさそう、歩を進めて座席横の通路に出ると遼太が俺の二の腕を掴んで引っ張りながら言った。 「カトちゃん!、もう邪魔すんなよ!、ここでバイバイ!」 引かれるままに映画館の外に、後ろに見た副会長は会計に羽交い絞めになっていた。 映画館が入っている駅ビルから走り気味に飛び出して来た俺達、悪いコトをしたワケでもないのに駅裏の飲食店が並ぶ通りの路地裏まで逃げて一息ついた。 「はぁ…、友也…、カトちゃんに映画行くって話した?」 「少し、少しだけ話した、着いて来るとは思わなかった、ごめん。」 「そう、俺、すんげぇ、つまんなかったんだけど?」 「ごめん…。」 「罰として、もう一箇所付き合ってもらうからな。」 「罰…、もう一箇所…、いいけど着替えていいか?、足が寒い。」 「このまんまで居なきゃ、罰にならないだろ?」 三月だけど雪残る街、履きなれないスカートの中の脚には容赦なく冷風が当たっている、「寒いからっ!!」と訴える俺を無視して「もう一箇所」の場所へ連れて行こうとする遼太、気が付けば手を握って街中を歩いていた。

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