19 / 21

水曜日の恋人はいじわる⑲ 田んぼの真ん中でプロポーズですか!

「失踪して、結婚しよう!」 雪残る広い広い田園の真ん中で、プロポーズらしきコトを言われた。 つい先日会ったばかりの遼太の父親が亡くなった、長患いをしており回復が見込まれない病状の末に旅立って行ったそうだ。 生徒の親の葬式に生徒会が弔問に行くコトは通常ないが、同じ生徒会役員として弔問をしたいとの俺の申し出を顧問の先生が了解してくれた。 すこぶる晴れた午後、市街へ繋がるバイパス通りでバスを降りて、閑散として住宅街を抜けた先、360度のパノラマ、地球は丸いと分かるような広い広い田園の先に遼太の家がある、風を遮る建物がない広い空間、真っ直ぐな農道を延々と歩いた。 「三田書記のお父様、まだ幼い子供を残して旅立たれるとは、さぞお心残りでしょう。」 副会長が静かな声音で俺に話しかける、生徒会長の俺が一人で行くはずだったのに何故か生徒会役員が全員集合している、俺の横を歩くのは副会長の加藤葉月、後ろを歩くのは会計の藤丸雨水、その隣に会計監査の沢渡清明、ゾロゾロと何もない道を歩いている。 「君達は来なくても良かったのに、自宅が遠いのだから。」 「いいえ、仲間ですから私達は、悲しみを分け合うのも仲間の務めですよ。」 「そう、たくさんの人に見送って貰えた方が嬉しいのかもしれないしね、一緒に来てくれて、ありがとう。」 「ええ、会長が行く所なら私は何処でも着いて行きますよ!」 常識人ぽいコトをスラスラ言う副会長の加藤葉月は俺に告白して無理矢理にキスまでしてきたストーカー、実家が網元で日常生活が筋トレ状態なせいか女の子なのに腕力が強い、俺には従順な態度を見せているが襲われない様にする為に気が抜けない。 「かなり遠いですね、ずっと奥の田んぼの端に見える民家らしき家影のどれかが三田書記の家ですか?」 歩くのが飽きた様に言う会計の藤丸雨水、俺も歩くのは飽きた、一人だったら自転車で行ったのに、自転車で行けば10分もかからないのに30分は歩く羽目になったのは、お前らのせいだ、遼太の家の方角を指差したら盛大な溜息を付いて来た、どうしてくれよう。 「雨水は普段は歩かないからね、疲れたなら僕が背負ってあげようか、未来の若旦那の為に頑張るよ。」 背負う?、会計の藤丸雨水より小柄なのに背負って歩く事が出来るのか?、思わず二度見した会計監査の沢渡清明は若旦那と謎の呼び方をした会計の藤丸雨水をキラキラした目で見ている、今まで関わって来なかったら関係性が分からない、「背負う」「要らない」とジャレつく二人を後ろに従えて歩き続けたら、やっと遼太の家に辿り着いた。 この地域はお葬式を自宅にて取り行う、古くから代々住んでいる一族が構える家は冠婚葬祭を想定して襖を取り外すことにより20畳はある空間を保有しているコトが多い、遼太の家も代々続く農家だから仏間を中心に和室が連なっていた。 悲しくも綺羅綺羅しい仏具、喪服を纏う人達が続々と集まっている中、僧侶の読経が朗々と響く、焼香の手順を脳内で再生し、焼香台に向かうと喪主の遼太の母、遼太、まだ幼い遼太の弟が喪服に身を包み、弔問の客のお悔やみの言葉を受けて頭を下げていた。 遼太には話したいコトがたくさんある、ただ今は話す時では無い、焼香を済ませ「このたびは誠にご愁傷さまでございます。心からお悔やみ申し上げます。」とテンプレそのままの言葉を言うと「わさわざ来てくれて、ありがとな!」と思いの外に明るい返事を返す遼太に痛々しさを覚えた。 遼太は、もうすぐ高3になるとは言え17歳、母親は居るが一家を支える大黒柱を亡くした心細さは如何ほどなのだろうか?、田舎は男社会で稼業がある遼太は跡取り長男として家族を支えて生きていかねばならない、彼もまた先人の踏襲を受け継ぐ覚悟があるように見える。 俺も長男だが継ぐべき稼業はない、同じ長男だが自由な身でもある、田舎の濃密な人間関係に馴染めないから俺は大学進学と共にここから出て行く、遼太に寄り添いたい気持ちはあるが俺には寄り添う資格がない。 号泣する弔問客の姿に遼太の父親が生前、皆に愛されて慕われていたコトが垣間見える、遼太もまた明るく朗らかな性格で皆に愛されれている、全くもって無駄で無為な時間を俺に費やしてくれたものだ、もう遼太は手放すしかない、稼業を共に盛り立ててくれる伴侶を探して幸せに暮らして欲しい。 夕刻になろうとしている広い広い空、焼香を終えた生徒会役員がゾロゾロと来た道を戻っている、機嫌悪く押し黙る俺に気遣ってか誰も無駄口を叩かない、何か話してくれた方が気持ちも紛れるのだが、いや、会長として皆を気遣わなければいけないのは俺の方だ。 消えた方が良いのは俺、遼太を手放すと思っているのに、別の方法が無いかと巡る思考が動いている。 「友也!」 名を呼ぶ声の方へ振り向くと遥か彼方から走ってくる喪服姿の遼太、月曜日に預かった自転車の事だろうか?、学校の駐輪場に停めてあるけど自転車の鍵は俺が持ったままだった。 立ち止まる俺達、遼太が来て生徒会メンバーが全員集まった、息を切らせて「今日は来てくれてありがとうな、友也は話があるから残れ!」と言うと俺の腕をガッチリつかんで他の役員に明るく「帰れ!」と言う様に手を振り出した。 「会長と一緒に帰りたいです!」と喚く副会長を会計と会計監査がズルズルと引きずり、広い広い田園の中の長い長い農道には俺と遼太だけになった。 コートのポケットのままに入れたままにしていた自転車の鍵を取り出そうとしていたら「あのさ、友也。」の声、見上げた顔は夕陽の色で赤く染まっている、めずらしく躊躇いがちに口を開いた。 「失踪して、結婚しよう!」 雪残る広い広い田園の真ん中、好きな男からプロポーズらしきコトを言われたが嬉しさより驚ぎが上回った。

ともだちにシェアしよう!