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第4話
目が覚め、セスは棺桶を開けた。窓のない物置から出ようとして、遮光カーテンを剥がしたことに気づいた。今は夜だと確認したが、扉から光が漏れている。時計が壊れたのだろうかと思い、もう少し棺桶にいようとすると、扉が開いた。
「おはよう。」
ロルフがいた。
「カーテン、なおしたから出て大丈夫。」
「え……え? 」
当たり前のようにいる。
「待って。なんで。」
「セスさんがドジやって焦げない様に。」
はぎとったはずのカーテンが戻っている。
「そうだけど、そうじゃなくて……俺、吸血鬼なんだけど。」
「知ってるよ。」
ロルフがじっと見つめ返した。
「怖く、ないのか? 」
昨日ニコラスに吊るされたばかりだ。
「あんたが俺を怖がらせるような何をしたよ? 」
痛い。あまりの痛みに眉毛がハの字になる。
「自分から銀触って火傷したり、遮光カーテン剥がして日光浴しようとしたり。目を離したら死にそうで確かにそこは恐怖だよ。」
痛い。あまりの痛みに口角が下がる。
「……あんたは、吸血鬼のまま生きていくのが、死にたいくらいいやなのか? 」
吸血鬼を殺すのが仕事のハンターにしては、あり得ない質問だ。
セスはソファーに座って、隣にロルフをうながした。
「俺が死んだ事件がこれ。ヒグマに襲われたことになってるけど、本当は吸血鬼に襲われたんだ。」
スマートフォンに映った古い記事を見せた。
「俺は、吸血鬼に足をもがれて攫われて、死にかけてたんだけど、ご主人様が俺を襲った吸血鬼から助けてくれたんだ。」
あまりに突然なので、その時は何が起きているのか分からなかった。
「ご主人様は、そのまま死ぬか、吸血鬼になるか選ばせてくれた。俺は……なんでだろう、あの時死にたくないって思ったんだ……。」
どうしてかわからない。あの苦しみと恐怖から解放してもらえるなら、殺してくれた方がマシだったのに。
セスは死にたくないと言った。
「せっかく生き延びたのに、何やってるんだろうって思う。吸血鬼にもなりきれないし、人間にも戻れない。」
若い少年のような相手に、情けない泣き言を言ってしまった。
ロルフの腕がセスを抱き寄せた。
温かい。生気に満ちた力強さがあった。
「……セスさん。デートしよう。」
「……え。」
「ほら、着替える。」
「まっ……脱がさないでっ。着替えるからっ。」
思い切り服をはぎ取られそうになった。
どこに連れて行かれるのかと思えば、ダーツバーだった。平日なので人は少なく、数人しかいないダーツバーで初めてダーツを投げた。
「セスさん、ダーツ投げたことないのか? 」
「……こういう遊びしたことなくって……。」
セスは灰色の学生時代を思い出してつらくなった。
「あのさ、吸血鬼ってすっげ早く動くじゃん。この前のおっさんみたいに。」
「ニコラスさんのことか? 」
見た目は人間的な感覚で言えばおっさんではないが、人間的な年齢でみればおっさんどころかお爺ちゃんなので、年上の男性としての表現は若い方だ。
「セスさんってああいうことできないわけ? 」
ロルフの投げたダーツが真ん中のやや横に刺さった。
「……できてたらもっとスマートに逃げると思わないか? 」
ビール瓶に口を付ける瞬間、ロルフが噴き出した。
「ちょ……前歯当たった。」
「そのまま折れてしまえ。」
セスはダーツを投げた。真ん中に刺さってダーツの盤が光った。
「刺さった! 真ん中っ。」
嬉しい。両手を上げて喜んでしまったが、即座にはしゃぎすぎたと気づき、恥ずかしい。
そっとロルフが抱き着いてきた。抵抗して引きはがした。
「今そういう感じじゃなかった? 」
「そういう感じじゃないっ。」
ダーツバーのカウンターの向こうで、店員たちの失笑が想像できた。
「あれ? ロルフじゃん。」
若者の集団がやってきた。その中の金髪の美女がロルフに近づき、セスを見た。
「デート中なんだよ。邪魔すんな。」
「あ、なにそれ。おねえさんに紹介してくれてもいいんじゃない? 」
ロルフはビールを飲み、空き瓶を置いた。セスの手を取る。
「今度紹介する。」
「約束よ。」
セスの手を取って店を出た。
「もしかして、ハンター? 」
セスがロルフは言った。
「ハンター。めちゃくちゃ強い。だからセスさんが吸血鬼だってわかるとめんどくさい。」
「挨拶しなくていいのか? 携帯に画像付けてるほど仲良いんだろ? 」
からかうと、ロルフが眉間にしわを寄せた。
「魔除けなんだよ。」
「ま、魔除け? 」
ロルフがはぁっとため息をついた。
「俺みたいな若いハンターは馬鹿にされることが多いんだけどさ、あの人の写真見せると結構すっと教えてくれるんで。」
「……そんなに強い人なの? 」
まだ二十代の、見た目の美しい女性にしか見えなかった。
「見た目通りの年齢じゃない。人間なのかどうかも俺も分からない。」
「……吸血鬼? 」
「いや、日光の下普通に歩いているから違う。」
遠い目をした。
「ロルフ、俺と一緒にいると、ハンターのID剥奪されたりしないのか? 」
ロルフが振り返った。
「俺のこと心配してくれるんだ。」
いつもの子供っぽい笑顔だ。
「心配だよ。俺のせいで、仕事失くすかもしれないなんて後味悪い。」
セスは繋ぎ返した。
「まぁ、ハンターなんて危ない仕事しない方がいいのかもしれないけど。」
「そしたらセスさんのこと守ってやれないじゃん。」
人間に守られている吸血鬼がどこにいるだろう。彼が笑ってくれるたびに嬉しくなるし、もう少し一緒にいたいと思う。
若い彼はやがて自分に飽きてしまうだろう。それまでは、こんな風に遊んでも許されるのではないか。
「そうだ。買いに行きたいものがあるんだけど、いいか? 」
「いいけど、どこだ? 」
「あそこ。」
さした場所はアダルトグッズの店だった。
続きの気になっていたコミックスが欲しくて、本棚に行き、見つけて手に取った。
「セスさん、こういうところ普通に来るんだな。」
ロルフが隣にあったアダルト雑誌を手にした。黒髪の美女が表紙にいた。
よく考えれば、人を誘ってくる場所ではなかった。漫画に目がくらんで短慮な真似をした。
「本しか買わないから……。」
「DVD買ったりしねぇの? 」
ロルフがDVDのポスターを指した。全裸の女性がサンタクロースの帽子をかぶっている。
「……買わない。」
「いや、ああいうのじゃなくて。普通の映画。」
よく見るとアダルトDVDに混ざってヒーローものの映画のDVDがあった。
「え、気づかなかった。」
駆け寄ってセスは驚いた。
DVDがある。普通の映画のDVDがある。
「買う。」
「良かったね。ところでセスさんの部屋DVDプレイヤーっぽいものないけどいいのか? 」
夢中になりすぎてはっとした。
「セスさん、今度ポータブルDVDプレイヤーもってこようか? 」
「……お願いします。お金払うから。」
セスは深々と頭を下げた。
買い物を終えて家に帰る。こんなに満足のいく買い物は初めてだ。
「セスさんの家、部屋は多いのに物はあんまりないよな。この部屋だけそれっぽい。」
ロルフが部屋を見渡して言った。
遮光カーテンのある部屋は一応リビングなのでソファーと机がある。
「ニコラスさんが住んでいた部屋で、今は忙しいから別の場所に引っ越した。ここは日当たりが悪いから俺に譲ってくれたんだ。」
ロルフの眉間にぎゅっと皺が寄る。この前締め上げられたことを根に持っているのだろうか。
「セスさん、あいつとヤった? 」
「なんでだよ。」
「セスさんのことめちゃくちゃ可愛がってるじゃん。」
「そういうのじゃないから。あの人は元々面倒見良くて優しいから。」
セスは本棚にコミックスをしまった。
「セスさん。」
後ろから抱きしめられた。
「キスさせて。」
「だっ……だめ。かじるかもしれないから。」
ぎゅっと抱きしめられた。心地よいぬくもりに背中が包まれて無意識に腕を抱きしめた。
手が服の中に入ってきて、うなじに柔らかいものが当たった。
唇の感触だと気づいた瞬間、焦った。
「俺に、近づいちゃだめだ。」
手を拒もうと掴むのだが、ボタンを外して行く。
「あんたは俺を噛まない。」
指が胸の上を弄った。
「……っ。」
本棚にしがみ付きそうになって離れると、ロルフの胸に後頭部がぶつかる。
顎を掴まれて、キスされそうになった瞬間、拒んだ。
「……しょうがねぇな。」
唇に何か触れた、と思った瞬間口に枷が付いていた。
「買っといてよかった。」
DVDに夢中で気づかなかったが、アダルトショップでいつの間にか買っていた。
ひょいっと抱き上げるとソファーに落とされた。
「次ぎ来るときまでベッド買っておいてくれよ。」
枷をはめられて閉じれない唇にキスをして、ロルフはセスから服をはぎ取る。
「んっ。」
腕は自由になっているが、ロルフに触られるとどんどん力が抜ける。
「……セスさん。色白いからすぐ跡が付く。」
ロルフの唇が離れた肌に、赤い跡が残る。死体のように青白い肌なのに、そこだけ生きているように鬱血している。
「体温も低いけど、さすがに身体の中は熱いな。」
内腿を撫でたロルフの指が身体の中に入ってくる。
「うっんっ……っ。」
身体の中を撫でて、こじ開けようとする。指の体温で身体の奥がどんどん熱を持ち、もっと触ってほしいと強請るように締め上げた。
指が引き抜かれて押し当てられたものの大きさにゾクゾクした。ロルフの唇が額に触れて、愛し気に囁く。
「セスさん、欲しかったらソファーじゃなくて俺にしがみついて。」
背もたれを掴んでいた手に、ロルフの指が重なる。
拒むことを考えられなくて、ロルフの肩にしがみつくと、ロルフがふっと笑った。
「んっ。」
こじ開けて入って来たものが、腸壁をゆっくり抉る。指よりも大きく、奥まで押し上げる。
「っセスさん。」
臍の下を撫でて優しくロルフが言った。
「……気持ちいい? 」
熱も圧迫感もすべて、快感になって背筋を駆け上がる。
腰が蕩けてしまいそうだ。
抉られるたびに、声が喉の奥から漏れ、頭の中が快楽に支配される。
ロルフの唇が開いた唇の上から当たった。柔らかくて温かい、牙に力を籠めれば薄い皮を破って血が溢れだす。
「……涎すっげえ出てる。」
愛し気にキスをする柔らかい唇に、かじりつきたくてたまらない。。
血に飢えているからなのか、それとも別の欲なのか、自分でも分からなかった。
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