4 / 5

第4話

 目が覚め、セスは棺桶を開けた。窓のない物置から出ようとして、遮光カーテンを剥がしたことに気づいた。今は夜だと確認したが、扉から光が漏れている。時計が壊れたのだろうかと思い、もう少し棺桶にいようとすると、扉が開いた。 「おはよう。」  ロルフがいた。 「カーテン、なおしたから出て大丈夫。」 「え……え? 」  当たり前のようにいる。 「待って。なんで。」 「セスさんがドジやって焦げない様に。」  はぎとったはずのカーテンが戻っている。 「そうだけど、そうじゃなくて……俺、吸血鬼なんだけど。」 「知ってるよ。」  ロルフがじっと見つめ返した。 「怖く、ないのか? 」 昨日ニコラスに吊るされたばかりだ。 「あんたが俺を怖がらせるような何をしたよ? 」  痛い。あまりの痛みに眉毛がハの字になる。 「自分から銀触って火傷したり、遮光カーテン剥がして日光浴しようとしたり。目を離したら死にそうで確かにそこは恐怖だよ。」  痛い。あまりの痛みに口角が下がる。 「……あんたは、吸血鬼のまま生きていくのが、死にたいくらいいやなのか? 」  吸血鬼を殺すのが仕事のハンターにしては、あり得ない質問だ。  セスはソファーに座って、隣にロルフをうながした。 「俺が死んだ事件がこれ。ヒグマに襲われたことになってるけど、本当は吸血鬼に襲われたんだ。」  スマートフォンに映った古い記事を見せた。 「俺は、吸血鬼に足をもがれて攫われて、死にかけてたんだけど、ご主人様が俺を襲った吸血鬼から助けてくれたんだ。」  あまりに突然なので、その時は何が起きているのか分からなかった。 「ご主人様は、そのまま死ぬか、吸血鬼になるか選ばせてくれた。俺は……なんでだろう、あの時死にたくないって思ったんだ……。」  どうしてかわからない。あの苦しみと恐怖から解放してもらえるなら、殺してくれた方がマシだったのに。  セスは死にたくないと言った。 「せっかく生き延びたのに、何やってるんだろうって思う。吸血鬼にもなりきれないし、人間にも戻れない。」  若い少年のような相手に、情けない泣き言を言ってしまった。  ロルフの腕がセスを抱き寄せた。  温かい。生気に満ちた力強さがあった。 「……セスさん。デートしよう。」 「……え。」 「ほら、着替える。」 「まっ……脱がさないでっ。着替えるからっ。」  思い切り服をはぎ取られそうになった。    どこに連れて行かれるのかと思えば、ダーツバーだった。平日なので人は少なく、数人しかいないダーツバーで初めてダーツを投げた。 「セスさん、ダーツ投げたことないのか? 」 「……こういう遊びしたことなくって……。」  セスは灰色の学生時代を思い出してつらくなった。 「あのさ、吸血鬼ってすっげ早く動くじゃん。この前のおっさんみたいに。」 「ニコラスさんのことか? 」  見た目は人間的な感覚で言えばおっさんではないが、人間的な年齢でみればおっさんどころかお爺ちゃんなので、年上の男性としての表現は若い方だ。 「セスさんってああいうことできないわけ? 」  ロルフの投げたダーツが真ん中のやや横に刺さった。 「……できてたらもっとスマートに逃げると思わないか? 」  ビール瓶に口を付ける瞬間、ロルフが噴き出した。 「ちょ……前歯当たった。」 「そのまま折れてしまえ。」  セスはダーツを投げた。真ん中に刺さってダーツの盤が光った。 「刺さった! 真ん中っ。」  嬉しい。両手を上げて喜んでしまったが、即座にはしゃぎすぎたと気づき、恥ずかしい。  そっとロルフが抱き着いてきた。抵抗して引きはがした。 「今そういう感じじゃなかった? 」 「そういう感じじゃないっ。」  ダーツバーのカウンターの向こうで、店員たちの失笑が想像できた。 「あれ? ロルフじゃん。」  若者の集団がやってきた。その中の金髪の美女がロルフに近づき、セスを見た。 「デート中なんだよ。邪魔すんな。」 「あ、なにそれ。おねえさんに紹介してくれてもいいんじゃない? 」  ロルフはビールを飲み、空き瓶を置いた。セスの手を取る。 「今度紹介する。」 「約束よ。」  セスの手を取って店を出た。 「もしかして、ハンター? 」  セスがロルフは言った。 「ハンター。めちゃくちゃ強い。だからセスさんが吸血鬼だってわかるとめんどくさい。」 「挨拶しなくていいのか? 携帯に画像付けてるほど仲良いんだろ? 」 からかうと、ロルフが眉間にしわを寄せた。 「魔除けなんだよ。」 「ま、魔除け? 」  ロルフがはぁっとため息をついた。 「俺みたいな若いハンターは馬鹿にされることが多いんだけどさ、あの人の写真見せると結構すっと教えてくれるんで。」 「……そんなに強い人なの? 」 まだ二十代の、見た目の美しい女性にしか見えなかった。 「見た目通りの年齢じゃない。人間なのかどうかも俺も分からない。」 「……吸血鬼? 」 「いや、日光の下普通に歩いているから違う。」  遠い目をした。 「ロルフ、俺と一緒にいると、ハンターのID剥奪されたりしないのか? 」  ロルフが振り返った。 「俺のこと心配してくれるんだ。」  いつもの子供っぽい笑顔だ。 「心配だよ。俺のせいで、仕事失くすかもしれないなんて後味悪い。」  セスは繋ぎ返した。 「まぁ、ハンターなんて危ない仕事しない方がいいのかもしれないけど。」 「そしたらセスさんのこと守ってやれないじゃん。」  人間に守られている吸血鬼がどこにいるだろう。彼が笑ってくれるたびに嬉しくなるし、もう少し一緒にいたいと思う。  若い彼はやがて自分に飽きてしまうだろう。それまでは、こんな風に遊んでも許されるのではないか。 「そうだ。買いに行きたいものがあるんだけど、いいか? 」 「いいけど、どこだ? 」 「あそこ。」  さした場所はアダルトグッズの店だった。  続きの気になっていたコミックスが欲しくて、本棚に行き、見つけて手に取った。 「セスさん、こういうところ普通に来るんだな。」  ロルフが隣にあったアダルト雑誌を手にした。黒髪の美女が表紙にいた。  よく考えれば、人を誘ってくる場所ではなかった。漫画に目がくらんで短慮な真似をした。 「本しか買わないから……。」 「DVD買ったりしねぇの? 」  ロルフがDVDのポスターを指した。全裸の女性がサンタクロースの帽子をかぶっている。 「……買わない。」 「いや、ああいうのじゃなくて。普通の映画。」  よく見るとアダルトDVDに混ざってヒーローものの映画のDVDがあった。 「え、気づかなかった。」  駆け寄ってセスは驚いた。  DVDがある。普通の映画のDVDがある。 「買う。」 「良かったね。ところでセスさんの部屋DVDプレイヤーっぽいものないけどいいのか? 」  夢中になりすぎてはっとした。 「セスさん、今度ポータブルDVDプレイヤーもってこようか? 」 「……お願いします。お金払うから。」  セスは深々と頭を下げた。  買い物を終えて家に帰る。こんなに満足のいく買い物は初めてだ。 「セスさんの家、部屋は多いのに物はあんまりないよな。この部屋だけそれっぽい。」  ロルフが部屋を見渡して言った。 遮光カーテンのある部屋は一応リビングなのでソファーと机がある。 「ニコラスさんが住んでいた部屋で、今は忙しいから別の場所に引っ越した。ここは日当たりが悪いから俺に譲ってくれたんだ。」  ロルフの眉間にぎゅっと皺が寄る。この前締め上げられたことを根に持っているのだろうか。 「セスさん、あいつとヤった? 」 「なんでだよ。」 「セスさんのことめちゃくちゃ可愛がってるじゃん。」 「そういうのじゃないから。あの人は元々面倒見良くて優しいから。」  セスは本棚にコミックスをしまった。 「セスさん。」  後ろから抱きしめられた。 「キスさせて。」 「だっ……だめ。かじるかもしれないから。」  ぎゅっと抱きしめられた。心地よいぬくもりに背中が包まれて無意識に腕を抱きしめた。  手が服の中に入ってきて、うなじに柔らかいものが当たった。  唇の感触だと気づいた瞬間、焦った。 「俺に、近づいちゃだめだ。」  手を拒もうと掴むのだが、ボタンを外して行く。 「あんたは俺を噛まない。」  指が胸の上を弄った。 「……っ。」  本棚にしがみ付きそうになって離れると、ロルフの胸に後頭部がぶつかる。  顎を掴まれて、キスされそうになった瞬間、拒んだ。 「……しょうがねぇな。」  唇に何か触れた、と思った瞬間口に枷が付いていた。 「買っといてよかった。」  DVDに夢中で気づかなかったが、アダルトショップでいつの間にか買っていた。  ひょいっと抱き上げるとソファーに落とされた。 「次ぎ来るときまでベッド買っておいてくれよ。」  枷をはめられて閉じれない唇にキスをして、ロルフはセスから服をはぎ取る。 「んっ。」  腕は自由になっているが、ロルフに触られるとどんどん力が抜ける。 「……セスさん。色白いからすぐ跡が付く。」  ロルフの唇が離れた肌に、赤い跡が残る。死体のように青白い肌なのに、そこだけ生きているように鬱血している。 「体温も低いけど、さすがに身体の中は熱いな。」  内腿を撫でたロルフの指が身体の中に入ってくる。 「うっんっ……っ。」  身体の中を撫でて、こじ開けようとする。指の体温で身体の奥がどんどん熱を持ち、もっと触ってほしいと強請るように締め上げた。  指が引き抜かれて押し当てられたものの大きさにゾクゾクした。ロルフの唇が額に触れて、愛し気に囁く。 「セスさん、欲しかったらソファーじゃなくて俺にしがみついて。」  背もたれを掴んでいた手に、ロルフの指が重なる。  拒むことを考えられなくて、ロルフの肩にしがみつくと、ロルフがふっと笑った。 「んっ。」  こじ開けて入って来たものが、腸壁をゆっくり抉る。指よりも大きく、奥まで押し上げる。 「っセスさん。」  臍の下を撫でて優しくロルフが言った。 「……気持ちいい? 」  熱も圧迫感もすべて、快感になって背筋を駆け上がる。  腰が蕩けてしまいそうだ。  抉られるたびに、声が喉の奥から漏れ、頭の中が快楽に支配される。  ロルフの唇が開いた唇の上から当たった。柔らかくて温かい、牙に力を籠めれば薄い皮を破って血が溢れだす。 「……涎すっげえ出てる。」  愛し気にキスをする柔らかい唇に、かじりつきたくてたまらない。。  血に飢えているからなのか、それとも別の欲なのか、自分でも分からなかった。

ともだちにシェアしよう!