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第6章:First Realization

あれから2週間が経った。 皮肉なことに、 あの夜のことは 俺と櫻井先生との間で 「酔っていたので覚えていない」事柄になっているようだ。 気持ちを自覚した俺は 忘れられもするわけないのに、 一方の先生は なかったかのように接してくる。 俺に気を使っているのか、 本当に忘れているのか 分からない。 ・・・聞けない。 だけど あの夜から、 確実に一線を引くように 俺に触れることを一切しなくなった。 今日も、午前の外来終了後、 櫻井先生とのいつもの午後からの予定の確認があった。 「三つ子の帝王切開、3時からだよな。」 「はい。」 「三つ子の帝王切開は初めて?」 「はい。」 「34週で、1400g程度の三つ子か・・・。」 「はい。」 「即NICUだから、 そっちとの連携も再度、確認しないとな。」 「はい。」 「あ、浮所先生も立ち会うんだっけ」 「はい。」 「・・・ちゃんと聞いてる?」 「はい、もちろんです。」 櫻井先生を意識し始めて、 うまく顔を見て喋れなくなっていた。 その様子に気づいているように先生は 時々こうして、尋ねてくる。 仕事と私生活は分けて考えなければと 思いつつ 毎日こうも好きだと自覚した人と顔を合わせると 意識しなくてもいいことまで意識したりしてしまう。 職場恋愛は 俺には向いてないなと思い知らされる。 三つ子の帝王切開は 俺たちの他に 麻酔科医、新生児専門の小児科医、そして小児科医の浮所先生 と共に行われた。 俺は執刀医の櫻井先生の介助に入った。 櫻井先生の器用すぎると言っても良いほどの手際に 圧倒され続けた。 手術も無事に終わり 俺の今日の仕事は終えた俺だったが、 最近は櫻井先生と二人きりになるのが どうしても気まずくて 仮眠室で長居することは避け 直で家に帰っていた。 しかし今日は初めての三つ子の分娩で、 気持ちが昂っていたので 少しお酒を飲んでから帰りたい気分だった。 「いらっしゃいませ。」 バー・レッドの重たい扉を開けると、 客は誰もいなく、 透くんがワイングラスをティータオルで磨いていた。 「あ、柏木先生、どうぞ。」 透くんは少し驚いた様子だったが、 優しい笑顔で出迎えてくれた。 二回目なのに、なぜかすごくアットホームな気がした。 病院だと、気が張ってしまって、息抜きが出来ず、 家に帰ると実家暮らしの為 家族がうるさくて、落ち着かない。 「今日はお一人ですか?」 「あ、はい。」 「アサヒのドラフトですか?」 「あ、ええ、お願いします。」 「柏木先生、お疲れですね。」 「あ、まぁ・・・。」 「あまり無理しないでくださいね。 先生が倒れてしまったら、 妊婦さんたち、大変ですから。」 「いや、俺なんて、まだ研修医なんで。」 「僕たち一般人にしてみたら 立派なお医者さんですよ。」 「そうですか・・・ね。」 透くんは、 前回と同じビールジョッキと 自家製ピクルスが入った小皿をスーッと俺の目の前においた。 「僕も一緒にいただいてもいいですか?」 「あ、はい。」 そう俺が答えると、自分には小さいグラスにビールを注いだ。 透くんは話し上手だ。 天気の話から、 最近の芸能ニュースの話、 趣味のウォータースポーツの話など、 次から次へと話してくれて、 俺を飽きさせない。 様々なジャンルの 彼の巧みな話を夢中で聞いていると、 背後で扉を開ける気配がした。 振り向くと、 眼鏡をかけたサラリーマン風の男性が店に入ってきた。 「いらっしゃい。」 透くんは、細い目をさらに細くさせて 彼を出迎えた。 「俺、奥座っとく。」 そう慣れたように言うと、透くんは 「オッケー。」 と返した。 「常連さんですか?」 「ああ。あれは僕の恋人です。」 恋人・・・!? 男同士・・・。 その後さすがに なんと答えたらいいのか分からなかった俺のことを 戸惑っていると感じたのか、 「僕ゲイなんですけど、 ここ、ゲイバーってわけじゃないんで。」 と透くんは笑いながら付け加えた。 「あ・・・はい。」 気を遣わせてしまった、と思った。 俺も人のことをとやかく思ったり、 言えたりする身ではないのに。 ゲイか・・・。 確かに俺は、櫻井先生が好きだが、 自分がゲイだと言う自覚は正直ない。 だからと言って、異性愛者なのかと聞かれたら、 それもよく分からない。 恥ずかしい話、 櫻井先生と付き合った以外経験もなかった。 大学の時に女性と一回そう言うことになりそうになったが、 全く勃たなかった。 だからと言って、 男性同士に興味があるわけでは無く、 生理現象として、勃ったりしたときに いつも思い出すのは 高校時代の甘い記憶だった。 「ちょっと彼の飲み物渡してきますね。」 「あ、はい、俺一人で飲んでるんで、 大丈夫ですよ。」 「じゃ、少しだけ失礼しますね。」 一番離れているところに座っていると言っても 小さい店なので 会話が途切れ途切れ聞こえてくる。 人目も気にせず仲慎ましい二人が 心の底から羨ましく、微笑ましいと思った。 俺と櫻井先生が付き合っていたことは 今まで誰にも言ったことがないし、 誰も知らない。 ましてや高校生だった俺たちは 誰に言えるわけでも無かった。 でも二人でいた時は 俺たちは恋人同士だったし、 甘美な時間がそこにはあった。 生徒会の会議の途中、 目を合わせて微笑みあったり、 廊下ですれ違うことがあれば、 そっと手を触れ合った。 あの頃の俺は毎日櫻井先生のことを考えていたし 毎晩櫻井先生の夢を見たいと思いながら眠りについた。 家にいても携帯電話を眺め、連絡を待ち焦がれたり、 たった一言で一喜一憂した。 異性だとか、同性だとか、 そんなのは関係ないと思うくらい 俺たちは 確かに愛し合っていた。 ***** 2学期になっても 放課後の勉強会は続いていた。 医学部を目指すものとして 2年後に自分もこんなに勉強をしないといけないのかと思うと 頭が痛くなりそうなくらいに 櫻井先輩の勉強量はすごかった。 それでも、 俺と付き合ったり、 そんな俺との時間を割いてくれたりしてくれる櫻井先輩は 俺にとっては超人としか 思えなかった。 「尚、また指止まってる。」 そんな先輩の方ばかり見る俺の視線にもよく気づく。 そして生徒会の方も、 10月に行われる文化祭に合わせて なんだかんだ忙しかったりした。 責任感の強い先輩は、 生徒会長として、 他の3年とは違い、 ちゃんとその準備にも参加をしていた。 俺は先輩の負担を 少しでも減らすためのサポートをすることしか 出来なかったが、 「助かってるよ」 と先輩は嬉しそうに言ってくれた。 文化祭での生徒会としての仕事は 各クラスの出し物や 割り当てを管理するのが 基本的なことだった。 そんなところでも何かと俺は 櫻井先輩と二人で行動することが多かった。 先輩の隣で、先輩の指示ばかり請う俺に 生徒会の2年で会計係の川添先輩から 『柏木って会長の金魚の糞みたいだよな』 と笑われたこともあった。 そして櫻井先輩も櫻井先輩で明かに 俺を可愛がるのを みんなの前で隠そうともしていなかった。 その堂々とした態度だったからこそ 俺たちが本当は付き合っていることを 隠せていたのかもしれない。 文化祭が近づくにつれ 普段部活動か委員会などをしている生徒しかいない 放課後の校舎がごった返しになり、 生徒会室にも毎日のように必ず誰か出入りしていた。 その為櫻井先輩と二人きりになることは 出来なくなっていた。 そして生徒会の中でも 櫻井先輩を含む受験生のことを気遣い 1、2年で仕事をこなすことが増えた。 櫻井先輩も集中して勉強ができるように いつものように生徒会室には残らず、 早く帰るようになり いつの間にかに二人で過ごす時間どころか、 単純に会える時間も減っていった。 毎日のように会えていたのが 3日に1回会えたらいいと言う日が3週間ほど続いた。 先輩と久々に 二人きりになれたのは 文化祭の後に行われた後夜祭でのことだった。 特に約束していたわけでなかったが、 「ここにいると思った。」 と先輩が 生徒会室で 先輩をなんとなく待っていた俺を見つけてくれた。 すっかり暗くなった空からの 生暖かい風が 窓から入る。 校庭の真ん中で燃えるキャンプファイヤーの炎が とても綺麗で それに釘付けになっている俺を 先輩は後ろから抱きしめた。 誰かに見られてしまわないかと 思わずしゃがみ込んだ。 つられるように先輩もしゃがんだ。 言葉を交わすこともなく 鍵の締まった真っ暗な部屋で、 俺たちは、競うように 互いのシャツを脱がし合い 素肌を重ね合った。 先輩の体温は俺の体温よりも いつも冷たいような気がする。 それよりも更にひんやりとした指先で 先輩は俺の小さな乳首を 優しく何度も摘んだ。 チクッと刺すような違和感が 次第に気持ちよくなった。 壁にもたれ床に座った先輩の膝の上に 跨がるように座ると、 立っている時よりも近い位置に顔がくる。 重なる息。 俺の反応を見つめるその瞳が 恥ずかしくてつい下を見る。 そんな逃げる俺の顔を 元の位置に戻すかのようにキスが迫る。 唾液が交わる音と その所々で漏れる自分のよがり声が 乾いた空気の中で響いた。 俺の下にある、先輩の下半身が 硬くなっているのを感じた俺は、 先輩のスラックスを緩め それを解放した。 先輩は俺のも同様に脱がせると、 裸で勃つ二つを重ね合わせ、 自分の掌に唾をつけ 上下に扱き始めた。 俺が無意識に 先輩の手に合わせながら腰を動かしていると 先輩は「尚は本当可愛いなぁ」と耳元で呟き するりと、もう一つの手を 俺の背中から下へ下へと滑らせた。 先輩から「可愛い」と言われるのが 俺はすごく好きだった。 「好き」と言う言葉と 同列に感じていた。 自分では自分の何が 先輩にとってそんなに可愛いのかはさっぱり分からなかったが、 先輩が愛しそうに言うので、 俺はそれに少なからず応えられているのかなと思っていた。 「指、入れてもいい?」 俺が頷くと、先輩は吐き出せるだけの唾を指に絡み付けた。 俺はゆっくりと腰を浮かせた。 俺の中でランダムに動く人差し指が 受け入れる準備をしてくれている。 長い愛撫。 初めての時の恐怖心や  痛みは少なく、 俺は昂ぶっていた。 「もういいかな。」 先輩はそういい トラウザーのポケットから 財布を取り出し その中に入っていたコンドームを自身につけた。 「このまま入れてみる?」 「はい。」 俺はとにかく早く繋がりたかった。 自分の真下にある大きなそれを 柔らかくなった穴に ゆっくりと突き刺すように腰を下ろした。 「ぁああ・・・」と同時にハモるような 二人の声が漏れた。 前した時とは違う感覚がした。 当たっている場所が違うのか、 前よりもキツい気がした。 上にいる俺が主導権を握っているため 思い切りがないと ぐんぐんと中には進めない。 「大丈夫?」 動けずにいる俺に気を使った先輩は 俺の乳首をペロリと舐めた。 「ぁあ・・・ァん。」 とても敏感になっていた俺の反応を見て、 先輩はそのまま俺の胸に 舌や唇で刺激を与え続けると 何も考えられないくらいに気持ち良くなっていった。 そんな俺を分かったように、 先輩は右手で俺の前を触りながら ぐいっと腰を上げ、 中途半端に刺されたものを突き上げ、 奥まで挿入した。 「・・・アぁああ!」 意識が戻ったかのように つい大きな声が漏れてしまう。 先輩は、 「誰かに聞かれちゃうよ」 と言い俺の口を湿った唇で塞いだ。 そして、下から何度も 激しい上下のピストンを繰り返した。 先輩が腰を突き上げるたびに、 とても気持ちいところに当たる。 俺は 先輩の背中にしがみ付きながら そのリズムに乗って腰を動かした。 声を抑えていた唇が離れると 「ァ、アン、ァん、あ、ァン」 動きに合わせるような小刻みな声が漏れた。 汗ばんだ俺の髪の毛を優しくかき揚げ、 先輩は、そんな我慢の出来ない俺の顔を見た。 そして先輩は両手で俺の両乳首を摘んだ。 「ぁアアァ!!!」 更に大きな声が出た。 「尚、声。」 「・・・先輩が・・・。」 「可愛い尚の声が聞けて嬉しいけど、 抑えないと。ね?」 「はい。」 俺は自分の右手を口に持っていき、塞いだ。 先輩は両二本の指で 俺の乳首を何回も何回も弾くように弄った。 「気持ちいんだね。」 掌から溢れる声を先輩は見逃さない。 先輩の言う通りだった。 先輩に任せていた上下運動も だんだん俺主導になるくらい 腰が自然と動いた。 バタバタバタと廊下を走る足音が 遠くで聞こえるのも構わない。 この快感を途絶えさせることは出来ず 絶頂に二人でたどり着きたくて その間の我を忘れるほどの快楽に 無我夢中だった。 16歳になった俺にとって この恋も、 先輩とするすべてのことが 初めてで、 どんな時でも、 何をするにも 先輩の愛に包まれていた気がした。 そして俺は そんなふうに この関係がこのまま一生続いていくんだと、 信じて、疑うことはなかった。 *****

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