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第8章:First Confession

青春か、と突っ込みたくなるくらい、 高校の時ぶりに全速力で走った。 汗がじわりと滲む背に 時々夜風が当たると 少しばかり涼しく感じた。 藍羽総合病院前には ちょうど3台ほどの救急車が止まっていて、 救命救急医たちが ストレッチャーに乗り救命センターに運ばれる 怪我人たちの意識を確認していた。 その一人に明らかに妊婦がいたのに気づいた俺は すぐさま駆け寄った。 「産婦人科医フェローの柏木です。」 妊婦を囲う救命救急医に話しかけた。 「ああ。ちょうどよかった。ちょっと手伝って。」 返事をしたのは 凄腕の救命救急医と噂の弥生先生だった。 「お腹が痛い」と泣き叫ぶ妊婦。 下半身から出血しているようだった。 「どうされたんですか?」 「交通事故らしい。」 「妊娠6ヶ月くらいですかね。」 「そうか。外傷はほぼないが、腹を強く打ったらしい。」 俺が反応に困っていると、 「・・・産婦人科の櫻井先生いらっしゃいました!!!」 という声がした。 櫻井先生は 「なんでここにいるんだ?」と言わんばかりの顔で 俺の方を一瞬見て 患者に寄り添った。 「とりあえず先に中に運んでください。」 櫻井先生も弥生先生も 急ぎ足でストレッチャーを押してはいたが 焦る俺には比べ物にならないくらい冷静に見えた。 何をしたらいいのか分からず おどおどする自分は やはりまだまだ半人前なんだなぁと思った。 俺は病院へと戻った本来の目的を一旦置き というか もうそれどころでは無く そのまま手伝うことになった。 初期研修の時以来の救命救急、 ここ独特の緊張感がある。 「このままだと母子ともに危険なので 帝王切開で取り出します。」 櫻井先生のその一声で そのままオペ室に流れ、 緊急帝王切開が行われることになった。 救命救急の看護師から渡された 控えのスクラブに急いで着替え、 俺は櫻井先生の補助に回った。 救命救急の弥生先生も 万が一の時に備え控えていた。 ベテランの麻酔科医の先生と 産婦人科から呼び出された助産師がオペ室に入ると 帝王切開のオペが即座に始まった。 不安定だった妊婦の意識が ゆっくりと遠のいていく。 いつもの手順で 帝王切開は進んでいき 725gで取り出された赤子は NICU(新生児集中治療室)へと運ばれていった。 麻酔から覚めた母親の状態は比較的安定していた。 赤子のことを話すと、 「夫は?」 と思い出したように彼女は呟いた。 その彼女の言葉に 弥生先生は声をかすめながら答えた。 「旦那さんは今ICUにいて重症です。」 彼女たちは 乗っていた乗用車に 大きめのバンが前方から突っ込んでくるという衝突事故に遭っていた。 そして乗用車運転をしていた彼女の夫の損傷は 後部座席に乗っていた彼女よりも酷かった。 「え!どういうことですか。」 傷口を縫ったばかりの腹を抑え 彼女は取り乱した。 周りにいた看護師が肩をさすり 落ち着かせようとした。 「小森さん、」 弥生先生は慣れているように冷静に患者と向き合った。 「旦那さんも頑張っています。 小森さんも今出産を終えたばかりなので 赤ちゃんのためにも体を休めてください。」 彼女はそう言われると 過呼吸になりそうな息を押さえ込むように 長く目を瞑った。 目にたまっていた涙は ゆっくりと頬をつたった。 一旦救命救急に患者を預け やるせ無い気持ちになりながら俺は 櫻井先生と 自分たちの仮眠室へと戻った。 俺たちに会話はなかった。 何を発しても適切ではない気がして 言葉をうまく選ぶことが出来ずにいた。 やがて、櫻井先生は無言でシャワーを浴びに行った。 俺は一人仮眠室の真ん中にあるベンチに座り 放心状態でいた。 今日はもう帰ろう、そう思った時に シャワーから出、新しいスクラブを着た櫻井先生が タオルで髪を拭きながらこちらへ近づいてきた。 「帰んないの?」 「・・・。」 「・・・?」 「あの櫻井先生も、弥生先生も、みんな、どうして患者相手に そんなに冷静でいられるんですか?」 「・・・え?あ・・・んー・・・」 「俺、医者に向いてないのかな・・・。」 「大丈夫。慣れだよ。」 とても柔らかく優しい声だった。 「櫻井先生は、 なんで医者に・・・ いや、産婦人科医になろうと思ったんですか?」 櫻井先生は寄り添うように 俺の隣にゆっくり腰を下ろした。 そして何かを決心したような口調で 俺に問いた。 「・・・尚のお父さんが倒れた日のこと日覚えてる?」 **** お父さんが運ばれた病院の病室の前まで 櫻井先輩は一緒についてきてくれた。 病室に入る前に医者から過労だと告げられ 安心したものの 点滴を打たれながら横になる弱々しいお父さんを見るのは初めてで なんだか切なかった。 お父さんは部屋に入る俺に気づくと 「わざわざ悪いな。」 と謝った。 「いや。ゆっくり休んで。」 と起き上がろうとするお父さんを鎮めると、 「ああ。お前が継ぐまでは働かなきゃいけないしな。」 と答え笑っても見せた。 そこにノック音がし、看護師がお父さんの様子を見に入ってきた。 そんなのも気にする様子もなくお父さんは続けた。 「まぁ、お前や沙知子の結婚式にも出たり 孫の顔を見るのがお父さんの夢なんだから それを叶えるまでは死ねないなぁー!」 「はいはい。 そんな先のことを考えられるくらい元気なようで安心した。」 「あ、あれは、友達か?ずいぶん男前だな。」 看護師がドアを閉めるのを忘れていたらしく、 廊下で俺を待つ先輩が見えたらしい。 「あぁ。学校の先輩なんだ。」 「そうか。」 「じゃ、いったん帰るけど、なんか欲しいものとかある?」 「多分明日には退院させてもらえそうだし大丈夫だと思うけど またなんかあったら電話する。」 「うん。」 「先輩お待たせしてすみません。」 「もっとゆっくりしていけばいいのに。」 「明日には退院できるそうなので、大丈夫です。」 「そっか。 お父さんと仲良いんだな。」 「あぁ、はい。 ・・・なんか言うの恥ずかしいですけど、尊敬してます。」 「そうだよな。」 俺がなんとなく照れていると、 「・・・はぁ・・・夢か。」 と独り言のように呟いた。 「え?」 「いや、なんでも無い。」 **** 櫻井先生は過去の出来事を 頭の中で思い返すように 少し黙り込んだ後、話し始めた。 「あの時さ 俺気づいちゃったんだ。 俺はお前との未来は望めないんだって。」 俯いていた先生は 少し顔をこちらに傾けた。 「尚は、後継で、その上長男だろ。 俺みたいに親と不仲なわけじゃなく、 家族仲も良くって、 尚の家族の期待や夢を、 俺なんかが壊せるわけないんだって。」 「・・・そんな・・・」 言葉が詰まる。 「隣にいるのが俺じゃなくても 幸せになって欲しいって・・・」 櫻井先生の声は少し震えていてた。 「そう思うくらい ・・・好きだったんだ、尚のこと。」 少し驚いたように先生の方を向くと 目が合った。 櫻井先生は少し照れ下さそうに、 フッと笑い、目線を外した。 「だけどさ、 どんなにそう思ったって、すぐに離れるのは無理で、 卒業まで、卒業まではこのままで・・・て 自分の中で決めたんだ。 俺の自己中心的な考えだって分かってたけど、 俺も大学に進み、 尚も俺のいない学校で2年になり、 そうやって環境が変わったら、 お互い、いい思い出のまま前に進めるって思ってた。」 先生の思いががけない告白に 自分の目頭が熱くなるのを感じ、 俺はまた下を向いた。 **** 桜の蕾が色づき始めた3月の半ば、 開陵高校卒業式。 俺は呑気なもので 東京大学を無事合格した先輩が この学校からいなくなる寂しさよりも これから先輩とデートをしたりとか 一人暮らしをする家に遊びに行ったりすることとか そういうことに胸を膨らませていた。 その反面、卒業式までの先輩は 時折何か考え込むように黙り込んだり、 一緒にいても笑うことが少なくなったりしていた。 そんな異変に薄々気づいてはいたものの 大学へ進学するというプレッシャーや 一人暮らしへの不安なのだろうと、 自分たちの関係が一瞬にして崩れる 前兆だったことだとは思いもしなかった。 俺は放課後 約束通り先輩を生徒会室で待っていた。 窓から校庭を見ると 別れを惜しむ卒業生や下級生の姿で溢れていた。 ドアが開く音がして 後ろを振り返ると待ち焦がれた人が立っていた。 でもその表情に直感で何か嫌な予感がした。 俺は先輩の機嫌を伺うように 少し作った笑顔で先輩に駆け寄った。 「卒業おめでとうございます。」 勢いよく先輩をギュッと抱きしめた俺を 先輩も強く抱き返した。 温かい制服に包まれた俺は いつもの香りに安心感を得た。 でもそんなものなど すぐに消えてしまうような言葉を 先輩は小さな声で呟いた。 「尚、別れようか。」 数秒の間思考回路止まり  心臓の動きも止まったかと思うくらい 目の前が真っ白になった。 「・・・ぇ?」 あまりの衝撃でやっと出てきた言葉は 一文字にもならない半文字。 俺は どうにかして先輩を引き止めたくて、 背伸びをしてキスをせがんだ。 きっと、先輩の一瞬の迷いだ。 そう自分に言い聞かせながら 先輩を一心不乱に求めた。 先輩は俺に応えるように 無言のまま体を許した。 俺はこれを最後のセックスにさせないと、 思いながら、服を脱いだ。 先輩の肌を いつもよりも温かく感じて 涙が途中何度も出た。 先輩は終始優しかった。 残酷なくらい優しすぎる最後だった。 行為の後、先輩は 俺の頭をそっと撫で、 まだズボンしか履けていない俺を残し そのまま何も言わずに 部屋から出て行った。 俺は素早くワイシャツを羽織り 廊下に出て、 小さくなる先輩の背中に 「待って。」と叫んだが、 その言葉は届くことはなかった。 **** 櫻井先生は 言葉詰まらせながら 俺たちが別れた後の話を始めた。 「卒業して、尚も知ってる通り東京大学に入った。 正直1年目は学業や家事の忙しさで 恋愛どころではなかった。 2年目くらいでそれなりに人間関係も出来てきた。 だけど余裕がある時に思い出すのはいつも尚の事だった。 別れても、 会ってなくっても、 好きなもんは、好きなんだな、って思った。 3年になって、 そろそろ自分の専門を決めなくてはいけなくなって 正直俺は医者になりたいという茫然な夢だけあるだけで ちゃんとどんな医者になりたいってのは今までなかった。 だから 不純な動機かも知れないけど、 もし産婦人科医になれば いつか尚のクリニックで働いたりして 互いに家庭を持ったとしても、 ずっと一緒にいられるかもしれない、って 浅はかながらそんなことを考え始めたら なんだかんだそれが俺の目標になってたんだ。」 櫻井先生は片手を 先生の一言一言を聞き逃さないようにしていた俺の肩に置いた。 「だけど互いに家庭も恋人すら持たぬまま こんなに早く再会するなんて思わなかった。」 少し弾んだような声に つい先生の方に顔が向いた。 先生はゆっくりと俺の気持ちを確認するように顔を近づけた。 すると俺のまぶたは自然と閉じた。 そして唇に生暖かい温もりを感じた。 「俺が好き?」 高校の時と同じセリフに 俺は完敗だった。 「・・・ずるいです。」 「・・・ずるいな。」 心を許したように笑い合って、 もう互いに言葉は必要ない気がした。 櫻井先生は立ち上がり、 仮眠室の電気を全て消し、鍵をかけた。 そして俺の手を引き、 二段ベッドの下へと誘導した。 俺たちが再会したこの場所。 今ではもう先輩の匂いがして なんだか身体が落ち着かない。 スクラブの中に手を伸ばし、 互いの背中に直に触れる。 キスを交わし合うたび 薄い生地のズボンがきつくなっているのがわかる。 布数枚ごしに当たり合うそれらが 疼いている。 真っ暗の中先輩は 俺のバクバクと張り裂けそうな胸の 突起物を探し当て、執拗に弄った。 気持ちが良くて、キスする口が離れるたびに 甘い声が溢れた。 急かすように互いの服を脱がせあい、 露出した硬くそびえ勃つ二人のものを 櫻井先生は重ね合わせていたわるように上下に扱いた。 「・・・ぁあア・・・先生・・・それ・・・あァアん。」 櫻井先生の大きな手に、 先生の大きなものと一緒に包まれた俺は 恥ずかしさも加え、すぐイってしまいそうになる。 そして腰が先生の動かすリズムに合わせ 自然と動いてしまう。 「気持ちいと自分で動いちゃう癖変わってないね。」 「・・・もぉ・・・アァぁっ。」 「あぁ、、、きもちいよ。尚は?」 「はァっ・・・気持ちぃ・・・ァ・・・でス・・・ゥう・・・」 「可愛いなぁ・・・。」 激しい息遣いとその優しい言葉責めに 膨らみすぎた風船が破裂するように 俺は限界で果てた。 すると上がった息を整える暇もないくらいすぐに 先生は俺の液でグチョグチョになった手を 俺の後ろに躊躇もせずに伸ばした。 「ここ、使ってた?」 俺は首をふった。 「・・・あれから一回も?」 「はい。」 櫻井先生は伺うように、 指先をぐるぐると回しながら、 ゆっくりとこじ開けるようとしていた。 さすがに10年以上も使っていないので 初めての時のような痛さを伴った。 俺が無意識に 先生の指から体を離すと 「ダメだよ。」 そう耳元で呟いた。 櫻井先生は俺の緊張を解くように もう一方の手で俺の胸を愛撫し始めた。 「こっちが気持ちいと 下もすんなり・・・」 先生の言う通りに、 ゆっくりだが確実に下に異物感を感じ始めた。 それでもなかなか広がらずに、先輩は、 「久しぶりだろうから、 もしかしたら、こっちの方が・・・」 そう言い、先生は俺を後ろにむかせ、 膝を立たせた。 すると、先輩のゴツゴツした指が すんなり入っていく感覚がした。 懐かしい感触が戻っていくと同時に それを強く欲しいと体が訴え始めた。 「自分から入っていったね。 もう一本もすぐ入るかも。」 尻を向けて、 こんな恥ずかしい格好をしているのに、 羞恥心は置き去りで 体は自然と揺れてしまう。 ローションを足し、3本がスムーズに入るようになるには 20分ほどかかったが、 中でクチャクチャという音を立てながら 出入りを繰り返していた太い指に慣れてしまうと、 もう早くその後ろにある大きなものを入れて欲しいと うずうずした。 その様子に気づいているように先生は 「どうした?」 と問いながら、喘ぐ俺を焦らした。 先生は俺の要望にやっと応えるように指を抜いた。 そして、 「・・・入れるよ」 と、ゆっくりと挿入を始めた。 先ほどとは違う 重圧感が下半身に走り 膝がガクガクした。 「・・・きついな。」 苦しそうにそう言い俺を気遣った。 「尚は、大丈夫?」 「・・・はぁ、、、ぁ、、、は、はい。」 震える俺の声は 恐怖なのか期待なのか 自分でも分からない。 でもただ強く 早く繋がりたい、と思った。 「アあぁんン・・・」 重い痛みに、つい大きな声が出てしまう。 先生は深い吐息の後に、 「全部入ったよ。」 と言い、少し汗ばむ俺の背中を摩った。 肌が弾け合う音と 中が混ざり合う音の上に 甘い掠れ声と、荒い息が重なる。 「・・・顔見たいです」 「体、大丈夫?」 「はい。」 先生は一旦離れ、 よれよれの俺を支え、上向きに寝かせた。 電気を消し忘れたシャワー室から漏れる光のおかげで 先生の顔が少し見える。 違う角度で一気に入る大きなそれは 何度も俺のいいところに当たり 俺は自然と大きくなる自分の声を殺すことに必死だった。 上で動く先生が 時折激しいキスで迫ってくると 俺の下半身の硬度は更に増した。 先生は俺のそれを掴むと 腰と同時に手も動かした。 どんどん速まるスピードが 俺の気を遠のかせる。 「ァ・・・待ぁってェ・・・」 精一杯の俺の言葉は どうやら先生の耳には入らずに 快感が倍増した俺は あっという間にイってしまった。 同じ瞬間、先生もギュッと俺を抱きしめて はぁはぁと刻むような息を吐き、動きを止めた。 そして呼吸を整えると、身体をゆっくりと離した。 櫻井先生は、 俺の隣の横たわると、 熱を持った俺の頬にそっと手を置き 目を細めながら微笑んだ。 その姿がすごく愛しくて、 「好きです。」 と、自然と気持ちがこぼれ落ちた。 「本当に、俺で、いいんだね?」 先生は何度も確認するかのように俺に尋ねた。 櫻井先生は心も体も通い合った今でも ここに確かにあるだろう互いへの恋愛感情より 俺の将来や家族のことを心配している。 昔からスーパーマンのように なんでもこなし完璧な人だと思っていた。 だけど、先生だって 俺みたいに悩んだり、間違えたり、後悔をしたり、 迷ったりしているんだ。 そんな先生に人間味を感じ やっぱり好きだと思った。 「先生は俺が好きですか?」 「・・・もちろん、好きだよ。」 「なら、大丈夫です。」 俺は少し照れ臭そうにする先生を抱きしめた。 先生の揺らぐ気持ちも受け止め、 もう一生離さない、そんな気持ちで 腕の力が強くなった。 「今以上幸せになんて、先生と以外、なれる気がしません。」 俺がそう言うと、 先生は俺の全てに応えるようにより 長くて逞しい腕で、強く抱きしめ返した。

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