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薫と隼人の場合 3

二日後、土曜日の午後。二階の自室にいた薫が一階に降りた時、リビングにいた智明に声をかけられた。 「薫、今日も隣に行くんだろ?」 「うん。アップルパイが出来たから取りに来いって、ハヤから連絡が来たから」 「じゃあ、これ渡してくれないか」 智明が小さな包みを薫に渡した。どうやら宅急便の荷物のようだが、宛名を見ると充彦の名前が記入されている。 「誤配かあ。わかった、持って行くからテーブルに置いてて」 自分で持って行けばいいのに、と思いつつも智明が充彦に持って行くわけないか、とため息をついた。智明と薫は小学生の頃まで一緒に古賀家へ遊びに行っていた。だがいつからか薫一人で行くようになっていたのだ。充彦と智明の仲がだんだんと悪くなってきたためだ。近所でも評判だった「仲良しお兄ちゃん同士」は高校生半ばには顔を合わすと喧嘩するような仲になっていた。 そのころ古賀家のリビングでは隼人と充彦が睨み合っていた。撮影出張から帰って来た充彦が学校から帰って来た隼人を引き止めて、先日のスタジオでの出来事について咎めている。 「たまたま見ていた人が居たんだよ。声かけた奴はお前が興味ないってのは知らなかったんだし、もう少し愛想よくしてくれよ。俺の職場なんだから」 「声かけてくる方が悪いだろ。あんなとこでスカウトするなんてさ」 「そりゃそうだけど。だいたい何でそんなに毛嫌いすんだよ。俺がいるからか?」 「違うよ、兄貴が頑張ってるのは知ってるさ。だけど俺は普通のサラリーマンになって、はやく母さんと兄貴を楽にしたいんだよ。隣のトモくんみたいに固い仕事に就きたいんだ」 そんな言い争いをしているとはつゆ知らず、薫が玄関を開けて家に入ってきた。そしてリビングの方へ入ろうとした時、リビングの方から隼人と充彦の声が聞こえた。珍しく言い合っているような雰囲気に、薫はギクリとする。充彦の睨む顔と、背中しか見えない隼人の姿。 (今、入らない方がいいかなあ) 恐る恐る首を伸ばしてリビングを見た薫。その時、隼人が充彦にいう。 「トモくんに憧れてんだ。あの人みたいになりたい」 (へ……) 充彦は隼人の肩越しに、薫の姿を見つけてハッとした。 「薫」 「……あ、ごめんなさい。取り込み中だったかな」 隼人が振り向くとそこには頭をかきながら半笑いしている薫がいた。 「ああ、ごめん。アップルパイ、すぐ用意するよ」 隼人は充彦のそばを通りキッチンへ向かう。その間も、薫は隼人を見つめている。 (……憧れって。あの人みたいになりたいって……) 一瞬だったがはっきりと聞こえた言葉を、薫は頭の中で反芻する。落ち着け、と自分に言い聞かせながらも、手に汗が滲んでいるのがわかる。自分とは全く正反対の兄に憧れているというその言葉を深読みしてしまう。 (それは本当に憧れなの?) 隼人がゲイでないことは分かっている。だが薫だってそうだ。隼人以外、男を好きになったことはない。それだけに怖いのだ。もしかしたら、隼人は智明にそういう意味で憧れているのだとしたら…… 一方、そんな薫の様子を見ている充彦は手を顔で覆った。隼人が大好きな薫は、さっきの言葉にきっと動揺している。 (どうにかしてやらないと) 隼人のことを楽しそうに喋る薫を知っているだけに、今の薫の顔が見られない。そう充彦が思っているところに玄関から突然、智明の声がした。 「薫、お前、宅急便持ってくの忘れただろ!」 トストス、と玄関から歩いてきてリビングに入って来た智明。薫は突然の智明の登場にギョッとして、充彦は思わず口を開ける。二人から凝視された智明はキョトンとしていた。 「薫、アップルパイ持って帰れ……、あれトモくん」 アップルパイを箱に入れて隼人がリビングへ戻ると、智明が来ていたので、驚く。四人が集まったところで、充彦がええい、こうなったら!と半分ヤケになって智明の前に立ちふさがった。 「な、何だ、みつひ」 その言葉を遮るように、充彦は智明の体を自分の方に引き寄せ、顔を近づけた。智明のメガネの先の瞳に、充彦は久しぶりに見るなあ、と一瞬思いながらもそのまま智明の唇にキスをした。 「〜〜っ?」 「隼人、悪い。トモトモは俺んだから!」 目を大きく見開いた智明は何か言いたげな目を向ける。触れただけのキスだったが、隼人と薫の体を硬直させるには十分だった。

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